41話 「戦いの後」
20160324公開
僕は初めて、生き物を自分の意志で、自分の力で殺した。
唯一の救いは、その生き物が人間を殺して食べる生き物だった事だった。
僕は命の危険に晒されている人たちを助ける為に父さんと一緒に志願したが、自分の手を汚してしまった事で少しだが罪の意識に苛まれていた。
そんな意識に囚われていた僕の耳に、あの人の言葉が聞こえた。
「全ての責任は自分に有ります。もし、苛立ちや不満や不服が有れば、全てを自分にぶつけて下さい」
そう言った織田店長の外観は誰よりも壮絶なものだった。
右足から大量に出血した跡が痛々しい。しかも土が付着しているせいか、生々しさも感じる。
革鎧を着けていた筈だが、幾つかのパーツが見当たらないし、かなり全体的に汚れている。
そんな外見なのに、何故か威厳というか、覇気というか、力強さを感じた。
僕が知っている店長の筈だが、店で見ていた姿はどこにも無い。
何処から見ても戦士と化した店長がそこに居た。
「そして、皆様を危険な目に遭わせた事をお詫び致します。誠に申し訳御座いませんでした」
そう言って、俺が頭を下げた時だった。少し離れた丘の上に退避していた村人が歓声を上げながら、俺たちの方に駆け寄って来た。
「凄い! 実際に見たのに信じられない!」
「やはり、『女神様が遣わしてくれた神の兵』だ! その戦いを見れたんだ、自慢出来るぞ!」
「ありがとう! 本当にありがとう!」
グミ村の村人は、口々に感謝やら称賛やらを言いながらみんなの手を取って喜んでいた。
俺の許に村長がやって来た。
「ノブナガ様、本当に感謝します。村を去る事に不満を抱いていた者も居ましたが、これですっぱりと諦めがつきます。我々ではとても相手に出来る様なものじゃ無いのがよく分かりました。ナジド王の言う通りに、ヤツラに勝てる力を蓄える為にも大人しく『中の国』に行きます」
周囲の村人も頷いていた。
「いえ、自分よりも戦闘に参加してくれた他のみんなに感謝をして下さい。本当なら戦わない筈だったのに、協力してくれたのですから」
その時、『敵獣』たちがやって来た場所から341中隊と342中隊の前衛部隊が姿を現した。
その集団の中から両部隊の中隊長以下、数名がこちらに駆けて来るのが見えた。
『敵獣』と『害獣』の死骸に目を丸くしながらだったので1分ほど掛けてやって来たが、その顔には信じられないものを見たという感情が貼り付いていた。
「バロ中隊長、ヤカ中隊長、被害は?」
「は、それぞれ10数名の戦死者を出しました。負傷兵は更に数倍に達しています」
「そうか。我々の作業が終わり次第に退こう。遺体はどうする?」
「こういう場合、死体を喰われない様にする為に遺品だけを回収して魔法で焼却して埋葬します」
「手伝いは?」
「いえ、我々だけで済ませます」
「こちらの作業も未だ残っているので、その間に済ませて欲しい」
「は、了解しました」
俺は2人の中隊長の無念が分かっていた。
想定以上の数の『敵獣』の突進に晒されては、どの様な陣形を組もうが、被害は甚大になる。
壊滅しなかっただけでも頑張った方だろう。
もちろん、一直線にやって来たヤツラの行動から推測した事だが、狙いが俺たち召喚者だったという側面も強い気がする。でなければ、今も両部隊は蹂躙されていただろうからだ。
「店長」
声を掛けられたので振り返ると、渡辺武君がこっちを見ていた。
「作業に戻っていいですか?」
「あ、そうだね。それと、すまん。命を危険に晒してしまった。気分がすぐれないとか無い?」
去年入社した彼は、どちらかと言えば寡黙な方だった。
もっとも、根暗と云う感じでは無く、大人しいというのがしっくりくる青年だった。
仕事も手を抜く事無く真面目にするし、担当している精肉部門の知識を真剣に勉強する子だ。
俺の謝罪と問い掛けの言葉を聞いた彼は、ちょっと考えた後で答えた。
「いえ、大丈夫です。それに・・・」
彼は後ろを振り向いて、もう一度向き合った後にはにかみながら答えた。
「よく考えたら、ボランティアって、いつも何か災害とかが起きた後に行く事が多いんです。でも、今回はその何かを阻止出来たと考えれば、これまでで一番役に立った気がします」
「そう言ってくれると助かる」
「てんちょーさん、傷、大丈夫?」
千恵ちゃんが近付いて来て、俺の右足を覗き込むようにしゃがんだ。
何故かその後ろに、村の住人の男の子と女の子がくっついている。
こっちの世界に来てから、千恵ちゃんはどんどんと変っている気がする。
それは成長と云うよりも開花という言葉を連想させる気がする。
裂けた綿パンもどきを拡げた彼女は、俺を見上げながら言った。
「傷はもう治ってる・・・ 痛くない?」
「うん、もう大丈夫だよ」
「なら、いい。じゃ、作業に戻る」
そう言うと、興奮冷めやらぬ兄妹らしき子供たちと会話しながら自分の受け持ちの家に向かった。
「あの子を何度か店内で見掛けた気がしますが、雰囲気が変わりましたね」
渡辺君が千恵ちゃんの後ろ姿を見ながら小声で言った。
「まあ、僕も他人の事を言えないか。なんか吹っ切れた気がします。多分、日本じゃこんな経験出来ないでしょうから、その影響かな?」
最後は自分自身に対する問い掛けの様になっていた。
彼は小さく頷くと、俺の方に目を向けた。
「このチームに参加して良かったと、今なら言えます。では、作業に戻ります」
渡辺君の背中は今までよりも大きく見えた。
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