40話 「グミ村の戦い」 後編
20160322公開
「てんちょーさん」に関する1番古い記憶は意外とはっきりと覚えている・・・
あの人は小さな子供だった私に合わせる様にしゃがみこみながら、笑顔で言ったのだ・・・
『千恵ちゃんだったね? じぶんはおだのぶながと言うんだ。なかよくしてくれるとうれしいな』
『スーパーおだ』は小さい頃から毎日の様に行っていたから、見慣れない顔の店員ははすぐに分かった。
初めて会った時は幼稚園児だったが、今では私も中学生だ。お母さん曰く、他人よりも人の本質を見抜く感受性が強い為に人見知りになってしまった私にとって、「てんちょーさん」は小さい頃は何故か怖かった。
「千恵ちゃん、頼む!」
「てんちょーさん」が、一番安全な後ろの方に居る私に声を掛けた。
出来るだけ私に心理的な負担を掛けたくない「てんちょーさん」が、わざわざ私の為にくれた役割は発泡スチロールの柱を50本創るお仕事だった。
一気に体内の魔力(みんなは『ピコマシン』と言っていたが、私には『魔力』としか思えなかった)の5分の1を失った私は吐き気を抑えながら訊いた。
「てんちょーさん、これでいいですか?」
答えはまさに聞きたいものだった。
「上出来だよ、千恵ちゃん」
「てんちょーさん」ともう一人の男の人は、自分達は一番前で危険な場所に身を置きながらも、〝細長い鉄砲”を撃っていた。
その2人の背中は本当に頼もしく思えた。
私の顔には、命のやり取りをしている状況では考えられない笑顔が浮かんだ。
小さい頃は怖かった筈なのに、今の「てんちょーさん」は怖くなかった。
本当は、モンスターが迫っているから怖い筈なのに、「てんちょーさん」の背中を見ると怖くなかった。
5頭の『敵獣』は集中砲火を浴びながらも、尚も突進を止めなかった。
俺たちまで20㍍の場所まで迫る頃には2頭に減っていたが、遂に最大の脅威が発泡スチロールの林をすり抜けて来るのが見えた。
無傷なままの姿を現したのは、100頭の『害獣』の群れだった。
「士長、『敵獣』は俺が相手をする。『害獣』を頼む!」
「了解しました! 皆さん、『害獣』を狙って下さい!」
個体の脅威度も、最高速も『敵獣』に劣る『害獣』だが、『数は正義』だ。
100頭もの群れに飲み込まれれば、俺と士長は切り抜けられても、戦闘訓練も受けた事の無い『疎開支援チーム』が無事に済む筈が無かった。
それに遅いと言っても、秒速13㍍で走れるという事はここまで7秒で辿り着くという計算だ。
俺は注意を引きつける為にハチキュウをやや右手前の『敵獣』の顔面に狙いを付けながら前に飛び出した。
5発の炎弾を顔面に受けた段階で『敵獣』は遂に力尽きたが、残った最後の『敵獣』はもう目の前だった。そいつは4つの目を全て俺に向けて俺めがけて直進している。さすがにこの距離でハチキュウを撃っても、例え1発で脳を破壊しても激突は必至だった。
俺は覚悟を決めて、激突前の最後の一歩を前進速度を増す事だけに費やした。
衝撃は全身をきしませた。もし、地球に居た頃のままだったら、確実に死んだだろう。
なんせ、体長4㍍の500㌔を軽く超える巨体と正面衝突をしたのだ。
頭からぶつかろうとして顔を下げた『敵獣』の頭を覆う硬い皮に銃剣が食い込む。皮とその下の筋肉層の抵抗で速度を少し殺されたハチキュウが身体の速度よりも落ちて身体が前のめりになるが、手に力を入れて堪える。強引に体重を乗せる様に腰を入れて更にハチキュウを喰い込ませた。頭蓋骨に到達した時も抵抗されたが、俺も最後の力を振り絞って強引に突き破った。
俺以外の人間だったら、ここまで明確に認識出来ないだろうが、今の俺は時間感覚がおかしくなっている。だから、次に来る衝撃に備える事が出来た。
手の中のハチキュウを一瞬で消して両手を自由にした瞬間に『敵獣』の巨体がそのまま俺にぶつかって来た。お互いに秒速10㍍を軽く超える速度でぶつかったのだ。結局、運動エネルギーが少ない俺の方が吹飛ばされた。
だが、自由にした両手を『敵獣』の頭を叩く様にして身体を上向きに飛ばされるベクトルに変換する事に成功した俺は、前方に45度の角度で飛ばされる。もちろん無傷では済まない。右足の腿がヤツの肩口にぶつかって、俺の身体は回転を始めた。神経が痛みを伝えて来た直後に『細胞活性』の魔法を掛けて強引に治療を開始。ピコマシンが即座に反応して破損した俺の右足の筋肉断面を埋めようと活性化して、地面に投げ出される頃には深さ2㌢だった裂傷は半分ほどが埋まっていた。
何回も地面を転がった後で立ち上がった瞬間には俺の手には再びハチキュウが握られていた。
一瞬で戦況を確認して、みんなの援護射撃を始めた。
後に「グミ村の戦い」と呼ばれる戦闘は直後に終結した・・・・・
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