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drop(改訂前)  作者: いつき
番外編
43/43

振り回して、振り回されて

 どっちが、どっちだろう、なんて。

 そんな二人です。

 優斗さんはよく、あたしを『人を振り回すやつ』と苦く笑う。そのたびに否定するし、それは優斗さんのほうだと思った。



「藍華ー。門の前にさ、イケメンさんがいるらしいよ」

「ふぅん。で?」

 授業が終わり、帰り支度をする。今日はこの後にあるはずだった授業が休講になったので、いつもより早く帰れるのだ。

 その旨を昨日連絡しておいたから、今日は優斗さんの家で彼の帰りを待てる。それはすごく、幸せなことだと思った。

「何? 興味ないの? イケメンだよ? ここにはいない、男だよ?!」

「いや、この学科にいないだけだし。大学自体に入るでしょ」

 そんなこと言いつつ、携帯を出して見る。

 不在着信? 朔姉だろうか、春姉だろうか。そう思ってボタンを押すと、不在着信をするはずのない人の名前が現れて、あわてて携帯を耳に押し当てた。

『あー、藍華? 今日お前、早めに終るんだろ。迎えにいくから、終ったら連絡な』

 これが一件目。

『藍華。お前、まだ携帯見てないのか? はぁ、相変わらずだよな。今大学まで来てるから、終ったら門のところ』

 これが二件目。

「ねぇ、そのイケメンってさ」

「あ、やっぱり興味ある?」

 友人に問いかけると、にっこりと笑われる。

 イケメン自体に興味があるかと言われたら、人並みにはある。が、わざわざ見に行くほどでもない。あたしの興味を引いたのは、そのイケメンが知っているかもしれない人だからだ。

 もっと言えば、彼氏かもしれないからだ。

「スーツだった?」

「そう、だね」

 スーツ姿で着たのかな。学校は、どうしたんだろう。いや、自分の彼氏だからと皆が皆あの人をイケメンと認定するのかどうかは気になるけど。

 でも少なくとも、整っているような気がする。

「……車近くにあった?」

「いや、どうだろう。よく見てないけど。メガネかけてて、ちょっと冷たそうな感じで。不機嫌そうに煙草ふかしてたけどって、藍華?!」

「ごめん、帰る!!」

 教室を飛び出し、階段を下りる。一階に下りてすぐさま携帯で番号をリダイヤルした。

 鳴り始めてすぐに取られ、彼がどれだけあたしのことをまってくれているかと言う事実を知った。

「お前なぁー」

「ごめんなさい! 今向かってるから。すぐだからっ」

 電話を切って、足を速める。門までの道が長い。まだ遠い。こんなに走っているのに、どうしてこんなに遠いんだろう。

 早く、早く彼の顔が見たいのに。

「平田」

 そう思ったとき、後ろから呼び止められた。振り向く時間さえ勿体無く感じてしまったが、聞き覚えが一応ある声だったので返事をした。

「あ、戸田くん」

 同級生。ついでに言えば同じ美術部(サークルじゃなくって、部)の人。

 学科は違うけど、何度か賞を取ったことがある人で、絵の趣味も合うから何度か話したことがある。

 とても気さくな人で、男女分け隔てなく接してくれる。……今回ばかりは、その性格が恨めしい。

「あの、急いでるから、えっと」

「あー、すぐ済むんだけど。今度の美術部の部会の話」

 彼が済まなさそうに言ってくれる。言ってくれるくらいならさっさと済ませてほしい。彼が待っているから、と素早く断れないのは、『彼』という単語を使うことに慣れていないからだ。

 彼が悪いわけではないと重々承知しているので、何とか文句を飲み込んだ。

 優斗さんも、もう少しくらいなら待ってくれるはずだ。あとでたくさん謝ろう。

「あ、部会」

「うん。今度先輩達がどこかでお茶しようって。お酒絡みだと夜遅くなるし。そうしたら出れない人多いだろ? だから」

 確かに。夜が遅くなるともれなく門限のおかげで辞退せざる得なくなる。なので、あまりそういう類の集まりに出ていなかった。先輩達が気を使ってくださったのだろう。ありがたいことに。

 それを、今日話すのが少しだけ恨めしいだけだ。

「そっか。いつ?」

「来週の土曜。部員全員に声かけるからって。で、平田、たまには飲み会にも来いよー。一年は俺とお前だけで寂しいからさ」

「うーん、そうだね。次は、行こう……」

 『行こうかな』と口に出そうとした瞬間、ふわりと体が浮き上がった。

 それはもう、何の前触れもなくだ。戸田くんからの距離が急に遠くなり、焦って体をばたつかせれば怒ったような声が聞こえる。

 心の奥まで震えてしまう、深い声だ。

「お前なぁ、藍華。人待たせといて、飲み会の相談とはいい度胸だな」

「せっ。優斗さん!」

 先生と言う言葉を飲み込んで、慌てて名前を口にした。

 目の前の戸田くんはぽかんとした後、くしゃりと顔を崩して笑った。人懐っこそうな笑顔は前々から好感を持っていたが、さすがにここまで笑われると少し恥ずかしい。

「平田、ごめん。急いでたって、彼氏来てたんだ」

「いやっ、あの!」

 言い訳しようとするのに、優斗さんは体を離してくれない。抱き上げられた体は熱くなって、顔まで真っ赤になっているだろう。

 下ろして、と小さく交渉してみるも、彼はどこ吹く風で聞こえないふりをした。

 いつもみたいな、余裕そうな笑顔はなくて、怖いくらいの爽やかな笑顔だった。そう、まだ高校生だった頃に『怖い』と思ったあの笑顔だ。

 絶対怒ってる。すごく怒ってる。あとでめちゃくちゃ怒られるに違いない。そんな笑顔。

「いいって。彼氏さんが嫉妬するのも分かるし。あー、だから飲み会に来なかったんだ。平田来るの楽しみにしてたのに」

「悪いな、予約済みだ」

 彼の不機嫌そうな声が響く。何人かの生徒が、物珍しそうにこちらを見ていた。明らかに好奇の目にさらされているのに、優斗さんは全く気にしていないらしい。

 それもとも何か、この手の視線には慣れているのか。

「ちょっ、優斗さん!」

「飲み会その他、お断りだ。先輩にも言っとけ」

 それだけ言って、優斗さんは歩き出す。戸田くんはまたあの笑顔を浮かべて、こちらに手を振ってきた。来週から、あたしどんな顔で彼に会えばいいの??

「ゆっ、優斗さん。下ろして、皆見てる」

「いいんじゃないか? お前が誰のものか、一目瞭然だろ」

 静かな声にびくっと体が跳ねる。低くて、冷たい声だった。嫉妬とか、そんな可愛らしいものじゃなくって、あたしの心をかき乱すような声だった。

「怒ってる?」

「当たり前だろ。折角仕事を早く切り上げてきてみれば、携帯に連絡はないし。女子大生は煩いし、探してみれば好青年と彼女が話してんだぞ? 

怒らない理由がどこにあるんだ」

 それは、そうなのかな。でもただ話してただけなんだけど。本当に、それだけなんだけど。

「言ったろ、かなり前に。嫉妬って、本当はこういうもんなんだよ。お前が平田次女やその彼氏に向けた感情とはワケが違う。そんなに、綺麗じゃない。理屈も存在しない。

ったく、本当に分かってんのか、お前」

 俺はお前に惚れてるんだぞ、真面目に。

 恥ずかしげもなくそう言われて、思わず彼の肩に顔を埋めた。

 恥ずかしすぎて、彼のほうを向けない。もう下ろしてもらわなくてもいいかもしれない。今彼に顔を見られたら、憤死する自信がある。

「優斗さんでも、嫉妬するんですね」

「当たり前だ。俺はお前の彼氏で、お前は俺の彼女だぞ。いい加減、自覚しろ」

 車が見える。キーでロックをあけた先生は、片手で助手席の扉を開いて、あたしを下ろした。

 その手つきは口調の割には優しくて、丁寧だった。そっと置かれて彼と離れれば、にやりと笑われた。悔しい、こういう顔で見られると。

「お前、顔真っ赤」

「なっ。だって」

 嬉しかったなんて、どうして言えるだろう。そんなこと、言えやしないと思う。

 でもそれもそれでなんだか申し訳なくて、仕事が終わってすぐ来てくれたんだろうと分かるスーツの裾を掴んだ。

「優斗さん?」

「何だ」

「あの、好き、ですよ?」

 謝ることもたくさんあるし、不機嫌にさせてしまったことへの言い訳もある。

 何でこんなに早く仕事が終わるのかと言う疑問もあるし、女子大生が煩いってどういうことだと問い詰めてやりたい気持ちもある。とりあえず、たくさん口に出すべきことはあるけど。

 言いたいことは唯一つだった。

「お前、真面目にときどき性質(タチ)悪いのな」

 その言葉に問い返すより早く、彼が私の視界を塞ぐ。肩を掴まれて、唇を奪われた。大学の近くなのに、色んな人がいるのに。

 それなのに抵抗もできずにいると、彼はそっと離れて運転席に向かった。触れるだけの口付けは、最初の頃でこそ一杯一杯だったが、今では少しだけ物足りなくも思う。

 完全に彼のせいだ。

「初めてさ」

「はい?」

 運転席に体を沈み込めて、彼は苦いそうなそうじゃないような不思議な笑みを浮かべて肩を揺らした。

「大学生に戻りたいと思ったわ。マジで」

「そうですか?」

 そりゃそうだろ、と優斗さんが煙草を出しかけてやめる。副流煙とかに気をを遣ってくれるのか、あたしの前で彼は煙草を吸わなくなった。

 ほんの少し感じていた、煙草の香りさえなくなるのは寂しく思う一方で、健康にはいいことだと思った。

 煙草の煙を感じるたびに、『先生』を思い出していたけれど。

 いつか、煙草の匂いと先生を結びつけなくなったら、他のものの匂いと優斗さんを結びつけるようになるのかもしれない。

「藍華?」

「何ですか、優斗さん」

「今日、泊まっていくか?」

 冗談交じりのその言葉に固まれば、『意趣返し』とにやりと笑われた。あたしを遊んで、面白がっている。

「帰りますっ!」

「そうか、残念だな」

 全く思ってなさそうな声で言われても、からかっているようにしか聞こえなくてそっぽを向く。

 そうやって、彼はときどきあたしを子ども扱いして楽しんでるんだ。

 分かっているけど少し悔しい。

「じゃぁ」

 意趣返し? されたらやり返しますよ、先生。

 あたしはもう、あの頃のように何もできない高校生じゃない。

 今はあの頃より少しだけ大人で、少なくとも優斗さんと付き合ってもいいような大学生で、それで外泊だってできるかもしれない年なんですから。

「今日、泊まります」

「へぇ――って、それ本気?」

「もちろんですっ」

 からかうような声が真剣みを帯びる。それに耐え切れなくなる前に返事をして、そのまま窓の外を見るふりをして彼から視線を外した。

 多分、今顔中が真っ赤だ。手も震えてる。ばれるかもしれない。だけど、子ども扱いばかりじゃ、あの頃と何も変わっていない。

 だから、『泊まる』なんて。

「藍華」

「何ですっ」

 何ですか! と強気に問い返そうとした瞬間、後ろから引き寄せられた。

 シートベルトしてればよかった、なんて後の祭りで、助手席と運転席の間にある様々なものを通り越して彼はあたしを抱きしめた。

「あんまり、からかうな。手加減できなくなる」

「望むところです。あたしは、もう、高校生じゃありませんから」

 無理やり後ろを向かされて、無理な体勢でキスされて。頭はくらくらとした感覚に襲われて、ここがどこでもいい気がしてきた。

 この感覚さえあれば、ここがどこだろうと関係ないなんて。彼の舌に翻弄されながら思う。

 深く絡むとふわりと煙草の匂いがして、あぁやっぱりあたしがいないところでは吸ってるんだと、そんなことを考えた。

 やっと開放されるともう頭は酸欠状態で、息を吸うことだけで精一杯になる。彼がどんな顔をしているだとか、自分の体勢がどうなっているだとか。

 そんなことは二の次三の次になっていた。

「俺を、翻弄するな。年下のくせに」

 悔しそうな彼の声が聞けたから、今日はもう、それだけでいいかもしれない。



 いつも振り回されてばかりだから。いつもあたしだけ、振り落とされないように必死にしがみついているから。

 たまには、そう本当にたまには、あなたが振り回されてもいいと思いませんか、優斗さん。

 大学生の藍華ちゃん。少し大人な二人。

 そんなリクエストを(別々の方から)頂いたことがあったので、さらっと書いてみました、が。菊池、お前は菊池じゃないだろ。そこにいるのはどこの偽者だ。

 そんな出来になりました。

 相変わらず口が悪くて済みませんでした。菊池先生はお口が悪いです。(設定に書いてある) そこはかとなく、色気を追求できませんでした。

 藍華ちゃんが思う以上に、藍華ちゃんは色んな人を振り回しています。

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