第二十二話 蘇る記憶
第二十二話 蘇る記憶
1
雛鳥由美が中西雄二たちの元を訪ねる三日前。
自分の心臓の鼓動がだんだんと早くなっているのがわかる。それは好きな人とデートを楽しむ時や一目惚れした時にドキドキするのとは全く違うものだった。
「……」
私は声を出さないように口に手をあてながら、隠れていた自分のデスクの下から顔を出した。
「だ、だから私は何も……」
オフィスの一番奥、小山係長が首元を掴まれて宙に持ち上げられているのが見えた。持ち上げているのは大男じゃない。長身の女。それも超がつくほどの抜群のスタイルをした金髪の美女だった。
ほんの十分ほど前。いつものように仕事をしていると突然その女が入ってきた。他のみんなには目もくれずに、女は小山係長の座っているデスクにまっすぐ向かったかと思うと、いきなり彼の胸倉を片手で掴んで持ち上げてみせたのだ。
「知っていること全て話したほうが身のためデス。雛鳥由美さん、どこにいますか?」
カタコトの日本語で話すその女は確かに綺麗だった。海外の美人女優にいても不思議じゃない。けれど、何だろう。その女から感じ取る空気の重さが異質なものだった。何かが違う。普通に暮らしている人とは根本的に何かが……。
「本当だ。ここ一週間ほど連絡が取れてなくて、どこにいるか……」
女がぐっとさらに持ち上げる。小山係長が言葉を詰まらせた。
「知らない……本当に知らないんだ」
「……」
金髪女はしばらく黙っていたけど、やがて手を離した。小山係長は床に倒れて激しく咳き込んだ。
オフィス内にいた私を含む他の職員達はその様子をただ見ていることしか出来なかった。
出入口の付近にも長い黒髪の女が立っていて逃げることは出来ない。いや、恐らく逃げようとしたら殺されてしまう。絶対とは言いきれないけど、そんな予感がした。
「エリザ様」
長い黒髪の女が金髪女に話しかけると耳元で何かを伝えた。
「……なるほど。我々の動きを監視していた二人が一緒に。ふふ、これは面白くなってきましたネ」
流暢な日本語でそう言うと金髪女はにやりと笑った。綺麗な笑顔。けれど、何か裏のある。私の想像出来ないような裏がある笑顔だった。
「行きましょう、シャノン。ここにはもう用はありません」
「はい」
金髪女がふふっと笑いながら部屋を出ていく。近くを通った時に一瞬目が合った。ほんの一秒にも満たない時間なのにぞっとするような恐怖を感じた。
金髪女がオフィスを出たあともしばらく身体の震えが止まらなかった。
あの女は危険だ。危険すぎる。それに狙われてる由美はいったい何をしたの……。
そう聞きたかったけど、今はどこにいるのかわからない親友から答えが返ってくることはなかった。
2
「RUPAの一団が来ています」
貝堂の言葉を聞いて唄音ちゃんが立ち上がった。
「どうやら話はここまでのようね。敵があなたを追ってきた」
そう言いながらあたしのほうを見る。敵と言われて真っ先に思い出したのは鴨目緑の家で見たあの金髪の女だった。一目見ただけで危険なやつだと思った。捕まったら何をされるか……。
「私たちのことは気にせず、早く行ってください」
雄二さんがあたし達を見回して言った。
「けど……」
「奴らの狙いは恐らく雛鳥さん、あなたです。そして私と唄音の任務はあなたと千登勢の護衛です。ここに残っていると二人を巻き込む危険があります」
貝堂がメガネをかけ直して言った。ぼんやりとしている余裕はないらしい。
「雄二さん、紗栄さん、短い時間でしたがお世話になりました。どうかお元気で」
「こちらこそありがとうございました。どうかお気をつけて。吉丘さんの思い、必ず他の皆さんに届けてください」
「はい」
はっきりと言うと、あたしは立ち上がった。既に貝堂と唄音ちゃんが家の外に出ている。
玄関に向かう途中で服の裾を誰かに掴まれた。後ろを振り返ると千登勢ちゃんが立っていた。
「千登勢ちゃん?」
「由美さん、わたし。まだちゃんと思い出せてないけど……由美さんを守るために戦います。絢音おばあちゃんがわたしに思いを託してくれたから、今こうして生きている。必ず由美さんを守ります」
身体は少し震えていたけど、その瞳には強い光がこもっていた。あたしは彼女の手を握りしめた。
「ありがとう、千登勢ちゃん。さ、行きましょ」
「はい!」
二人で雄二さんの家を出ると、既に唄音ちゃんが車の後部座席に座っていた。
「雛鳥さん」
車にエンジンをかけて出発する準備をしていた貝堂があたしのほうに歩いてきた。
「本当はこんなことさせたくありませんが、護身用にお願いします」
そう言って、貝堂が差し出したのは拳銃だった。
「こ、これって本物?」
「この状況でおもちゃは用意しませんよ」
貝堂は苦笑いを浮かべたけど、すぐに真剣な表情になった。
「もちろん、、私と唄音は全力で雛鳥さんたちを守ります。戦わせるつもりはありません。ですが、万が一の時は雛鳥さんに引き金を引いて貰わなければなりません」
貝堂はそう言うとあたしの手の上に拳銃を置いた。
「無茶なことをお願いしますが、自分自身に危険が迫った時は使ってください」
銃の感触が重く伝わってくる。もちろん、こんなもの使ったことないけれど、貝堂の言いたいことは理解していた。
「……わかったわ」
貝堂から手渡された拳銃を受け取って腰に差した。
「雛鳥さん、助手席に!千登勢は後ろにお願いします」
貝堂に言われた通り、あたしと千登勢ちゃんが車に乗り込むと、車が発進した。
「予想していたより奴らの動きが早かったようです。雛鳥さんを自宅に帰すことは難しくなりました」
「あいつらがあたしの家に?」
そう聞くと貝堂は頷いた。
「鴨目緑さんが殺されてから、奴らが彼女の関係者を調べるのは想定の範囲内でした。彼女の働いていた会社にも来たと連絡を受けています」
「そんな……」
アドセンスにも来たということは紫もあの女を見た可能性がある。危ないことをされていないといいけど……。
「……」
あたしのせいで他の人に迷惑をかけている。もしかしたら死んでしまっている人も出ているかもしれない。鴨目緑が真相を突き止めたせいで殺されたように。
「自分のせいだと責めても現実は何も変わりませんよ」
貝堂の声が聞こえてきて運転席のほうを見る。貝堂はハンドルを操作しながら前を見ているままだった。
「今までの自分を悔いるのではなく、これからの自分が何をするべきなのかを考えるんです。偉そうに言いますが私自身も最近になって理解したことですけどね」
「これからの自分が何をするべきなのか……ね」
あたしは鞄に入れた日記の束に手を触れた。
絢音さんが自分の命をかけて必死に残したもの。これを必ず伝えなければならない……。
その時、車に設置されていた小型のモニターから大きな電子音が鳴り響いた。
「刀人の反応が複数探知されました……もう山の麓に!?」
貝堂が驚いた様子で言う。刀人の反応。つまり敵がもう近くまで来てると言う意味だ。
「強行突破は出来ないの?」
唄音ちゃんが後部座席に置かれたケースに手を伸ばしながら、聞いた。
「出来ればそうしたいのですが、相手はかなりの手練です。こちらも無傷という訳にはいかないでしょう」
貝堂がメガネをかけ直して言った。
「それは充分わかってるわ。突破するにしても全員である必要はない。私と貝堂が足止めして、二人だけでもここから脱出させる」
「そんな……唄音ちゃんが犠牲になるってこと?」
「全員がここで死ぬより、誰か一人が犠牲になった方が良い」
唄音ちゃんは一番後ろに置かれていたヴァイオリンケースを手に取った。中から取り出したのは歴史の教科書や博物館でしか見たことがないような……銃?マスケット銃って言うんだろうか。それを手にした唄音ちゃんはどこから取り出したのか、鋭く尖った金属の弾丸を銃に装填した。
「唄音ちゃん、それは?」
「本来、刀人は刀や剣、槍と言った種類の武器を持つのが主流だと考えられてました。ですが、刀人の存在が確認されてから半世紀以上過ぎているので特殊な例もあります。その例が唄音です。彼女は刀人の能力として、武器そのものではなく、銃の弾丸になるフレシェット弾を作り出すことが出来る。刀人としては珍しく遠距離で戦うことが出来るんです」
「貝堂、どうでもいい説明はしなくて良いわ。来るわよ」
唄音ちゃんがそう言ったのとほぼ同時に、前方から別の車のエンジン音が聞こえてきた。 その音は数秒も経たないうちにに大きくなったかと思うと、一台のジープカーが姿を現した。物凄い速さであたし達の車に向かってくる。
「貝堂!」
「わかってますよ!」
唄音ちゃんの呼びかけに応じて、貝堂がハンドルを横に切る。寸前のところでジープカーとの正面衝突を避けることが出来た。けれど、完全に避けることは出来ず、車の側面にぶつかったせいで衝撃がはしる。
「皆さん、何かに捕まってください!」
貝堂が大きな声でそう言いながらハンドルを回してそのまま前に進んだ。
後ろを見ると、さっきのジープカーがUターンしてきて、あたし達の車を追いかけてくる。その時、ジープカーの天窓が開いて誰かが出てきた。顔を黒い布を巻いて隠していて、目だけが見えている人だった。体格からして女だったけれど、その手には大きなライフルみたいな銃がある。
「嘘……」
「伏せて!」
唄音ちゃんの声が終わるか終わらないうちに女がライフルを構えた。狙撃音と同時に車の窓が割れる。反射的に身を屈めていた。本物だ。本物のライフルだった。それを何の躊躇いもなく撃ってきた。
「顔をあげたらダメよ。撃たれたくないならね」
唄音がそう言うと、マスケット銃を構えて、銃口を後ろのジープカーに向けた。ライフルを持っていた女がそれを見て直ぐに車内へ戻る。どん、と大きな音が鳴って、唄音ちゃんが銃を発砲した。弾丸がジープカーの運転席の窓ガラスに命中して、ヒビが割れる。ジープカーの運転が少し乱れたけど、すぐに態勢を立て直して、あたし達の乗る車に突っ込んできた。
「皆さん、何かに掴まってください!!」
咄嗟に身を屈めたのと同時に車全体に物凄い衝撃がはしった。車の窓ガラスが全て粉々に砕け散って、ガラスの破片が車内に飛び散った。
「くっ!」
貝堂が必死にハンドルを操作していたけど、衝撃を受けた車は道を外れて、山の急斜面に落ちていく。
どうすることも出来ないまま、車は斜面に並んだ木々に激突した。その衝撃で視界がブレてしまった。
3
身体中が痛い。さっき崖から落ちて、木にぶつかった衝撃で身体を強く打ったせいだろう。
痛みにこらえながら辺りを見回す。
どん、とまた銃声の鳴る音が響いた。唄音ちゃんが外に出て山の上の方に向かって銃を撃っている。視線の先には何人かの人が駆け下りてくるのが見えた。誰かはわからないけど、さっき私たちを追いかけてきた人たちだろう。
「困りましたね。この車はもう使えません」
貝堂は何度か車のエンジンをかけようとしていたけれど、さっき木にぶつかったせいで車から煙が出ていた。
「仕方ありません。雛鳥さん」
貝堂が視線をあたしの方に移す。
「私と唄音で奴らを足止めします。その隙に山を降りてください。麓に私たちの仲間が待機しているはずです」
「で、でも、そうしたら貝堂と唄音ちゃんは?」
「心配ないですよ」
貝堂はスーツの内ポケットから拳銃を取り出した。
「こういう事は日常茶飯事です」
それだけ言うと、貝堂はドアを開けて、外へ出ていった。
あたしはシートベルトを外して後部座席を見た。千登勢ちゃんはさっきの衝撃で頭を強く打ったせいか、呼吸はしていたけど、気を失っていた。
「千登勢ちゃん!千登勢ちゃん!」
必死に彼女の身体を揺らした。掠れるような声で「由美さん……?」とつぶやいた。
「逃げるわよ!このままじゃ、あいつらに殺されるわ」
あたしは一旦外に出て、後部座席のドアを開けると、千登勢ちゃんを外に連れ出した。今どの辺にいるのかわからなかったけど、とにかく山を降りるしかない。あたしは彼女の手を引いて山の斜面を下った。
後ろの方から銃声が何度も聞こえてくる。貝堂と唄音ちゃんが戦っているんだろう。音が段々と遠ざかってきたので追っ手はいないようだった。
「はぁ……はぁ……」
走り続けていて息が切れ始めたけど、足を止めなかった。千登勢ちゃんもしっかりついてきてくれている。こんなところで死ぬ訳にはいかない。雄二さんと紗栄さんのために、千登勢ちゃんや唄音ちゃん達刀人のために、そして何より絢音さんのためにも、あたしが真実を伝えないといけない。
「あら、そんなに走ってどこに逃げるつもりですか?」
「!」
後ろから声が聞こえてきて立ち止まる。とても静かな声。このまま、走り続けないといけないのに、無意識のうちに身体が止まっていた。後ろに振り返って言葉を失った。
金色の長い髪、驚くほど整った顔立ちの女。袖なしの迷彩柄のTシャツや黒いズボンなど、以前見た時と格好は違っていたけれど、間違いない。鴨目緑の家で見たあの女だ。
「Nice to meet you.ミス雛鳥由美、そしてミス秋野千登勢。私の名前はアダムス・エリザベート。気軽にエリザと呼んで頂いて構いません」
エリザと名乗った女は丁寧に頭を下げて挨拶した。
あたしと千登勢ちゃんは何も出来ずにそのままエリザのことを見ていた。
「お二人のこと、とても探しました。とても、とてもね。出来るだけ早く会いたくて。そう、会いたかったんですよ、私」
流暢な日本語でエリザは話を続ける。
「二人を警護していたガードマンとガードレディは上で交戦状態。つまり、今、あなた達を守る人は誰もいないということですね」
エリザはペロリと舌を出して、自分の唇を舐めた。
「さぁ、私と楽しみましょう」
「……っ!」
あたしは咄嗟に後ろに回していた右手を出した。ここで躊躇っている場合じゃない。貝堂から渡された拳銃をエリザに向けて引き金を引いた。
ぱん、と銃声が鳴り響き、身体に衝撃がはしった。無意識のうちに目をつぶっていた。
「……ダメですよ、ミス雛鳥」
目の前からエリザの声が聞こえてきて、目を開ける。エリザがあたしの手首を掴んでいた。握りしめていた銃口が空を向いている。
あの一瞬で近づいてきたの?
「銃を撃つ時はちゃんと狙わないと……」
エリザがあたしの手首を掴んでいた手を離す。次の瞬間、左側からものすごい速さで蹴りが飛んできた。
「!」
咄嗟に左腕でガードしたけど、受けた瞬間に全身に衝撃がはしった。身体が支えきれずに横へ吹き飛ばされて、地面に倒れた。
「う……」
痛い。痛すぎて声が出なかった。学生時代に男と喧嘩したことはあったけど、そんなのと全然比にならなかった。
「由美さん!!」
千登勢ちゃんが傍に駆け寄ってきたけど、何も言えなかった。ただ、彼女のことを見つめることしが出来なかった。
「あらあら、ごめんなさい。手加減したつもりだったんですけど、つい力を入れてしまいました」
エリザがふふ、と笑いながらあたし達の方に歩いてくる。危険だ。この女は危険すぎる。
とても、あたしじゃ、対抗出来る相手じゃない。
「由美さん!しっかりしてください!由美さん!」
千登勢ちゃんがあたしの身体を何度も揺する。
「に……げ……て」
掠れる声でそう言うのがやっとだった。蹴られた痛みがまだ続いている。
「そんな……由美さんを見捨てるなんて……私はまた……」
「はいはい、ミス秋野は後からね〜」
どん、と音がして千登勢ちゃんがエリザに蹴られて横へ吹き飛ぶ。普通の人間とは思えない力だった。
「残念でしたね〜、ミス雛鳥。やっとの思いで真実にたどり着いたのに、ここで死ぬなんて。でも、怖がることはありません。私、気の強い女性とても好きです。あなたはそれに当てはまっている。可愛がってあげますよ。じっくりと……ね」
エリザがニヤリと笑って、あたしを見下ろす。
逃げないといけないのに、痛みが激しくて起き上がることも出来なかった。
千登勢ちゃん……ごめんね。ここから生き延びて真実をみんなに伝えようと決心したのに、あたしには戦う力が無かった。それと、もう一度会ってあんたと話がしたかったな……秀平。
頭の中に秀平の顔が思い浮かぶ。あいつはあたしの方を見て、似合わない笑った顔を向けていた。
どん、と音が鳴ったのはその直後だった。
頭上にいたエリザの姿が消えていた。見ると、少し離れたところにある木に吹き飛ばされていた。そして、エリザの代わりにあたしの目の前にいたのは……。
「千登勢ちゃん……?」
4
一年前。
アサガオ本部の戦いから数ヶ月後。
わたしは三重県の堀坂山の道を歩いていた。
他には誰もいない。みんな、ダルレストの追跡から逃れるために地方に隠れている。だから、今わたしがやってる事は自殺行為に等しいかもしれない。
「……」
しばらく歩いた先に見慣れた建物が見えてくる。アサガオ本部の施設だ。建物の中を通り過ぎて、中庭を抜けて、奥にある紫弦館に足を踏み入れる。
あの死闘で横たわっていた遺体や、周りに飛び散っていた血は跡形もなく消えていた。創路の率いている後片付け専門の部隊の手際の良さが出ているのだろう。
そこには私以外の人は誰もいなかった。
「鶴香さん、雨森さん、渡井さん……」
あの時に死んだ人達の名前を呟く。今でも鮮明に思い出せる。特に鶴香さんは夏の海に出かけた時の思い出がある。
短い時間ではあったけど、凄く楽しかった。みんなといっぱい笑って楽しい時間を過ごしたい。それだけを願っていたのに……。
みんな……みんな死んでしまった。わたしに少しでも戦える力があれば、誰か一人でも助けることが出来たかもしれない。そうすれば、お母さんも奴らに捕まることも……。
「……」
そのまま、立ち尽くしていると誰かが走ってくる音が聞こえてきた。呆然としたまま、後ろに振り返る。
「ちーちゃん!」
うたちゃんが肩で息をしながら、立っていた。その後ろからは昇おじさんもやってくる。
「何も言わずに出ていくなんて……自殺行為ですよ、千登勢」
「……」
「ちーちゃん、早く帰ろ。ここにいたら奴らに襲われる危険が……」
「襲われる?」
うたちゃんの言葉を聞き返す。
「わたし達は奴らと戦うために生きてきたはず。そうじゃないの、うたちゃん?わたしに力が無かったせいで、みんな死んでしまった。今のわたしに出来ることはみんなの無念を晴らすことだけ。違う?」
「ちーちゃん……」
「貴方の気持ちはわかります、千登勢。ですが、ダルレストの戦力は強大です。それに今回の件でRUPAが介入してくる可能性も……」
「そんなの関係ない」
わたしは拳を握りしめた。
「わたしはこれ以上何も失いたくない。うたちゃんも昇おじさんも、他のみんなも。わたしから大切なものを次々と奪っていく奴らを絶対に許さない。逃げるぐらいなら、戦って一人でも多く道連れにする」
「そんなの自殺行為よ。ちーちゃん1人で戦うことなんて……」
「止めても無駄。わたしはもう……逃げない」
わたしは無力だった。刀人として、昇おじさんとうたちゃんの二人から訓練を受けていて、ずっと期待に応えようと頑張っていた。日本に戻ってきてからも、みんなの足を引っ張らないようにって思っていたのに……。
わたしが無力なせいで、葉作おじさん、あいちゃん、松藤さんが死んだ。
わたしに力が無かったせいで、鶴香さんや文仁さん、そして他のみんなが殺されてしまった。
ただ、何も出来ずに怯えていることしか出来なかった。
わたしが自分の力を使いこなしていれば、誰か一人だけでも助けることが出来たはずなのに……。そして、お母さんも……。
ああ、そうだった。思い出した……。わたしの大切なものを次々と奪っていく奴らに復讐するためにわたしは死にものぐるいで努力してきたんだ。
でも、生き残ったみんなは戦うことよりも逃げるほうを選んだ。
みんなの気持ちもわかる。けれど、わたしは……。
ふと意識が現実に戻る。さっき私を蹴り飛ばした金髪の女が倒れている由美さんを見下ろして笑っていた。
また、あいつらはわたしから大切な人を奪おうとしている。
許さない。わたしはお前たちを許さない。
アサガオのみんなが戦わないのなら、一人だけでも戦う。奴らを一人残らず殺すまで。
5
ああ……思い出した。
あの時から、わたしは自分の手を血で汚すって決めたんだ。
「……」
思い出すと身体が自然と早く動いた。
由美さんを殺そうとしたあの女を蹴り飛ばした。力を込めた攻撃だったけど、あの女がこれぐらいで死ぬとは思えない。
「ふふ……ふふふ……」
ほら、やっぱり。こいつはこういう女だ。
「いい一撃ですね。さすがはミス千登勢」
エリザがにやりと笑いながら立ち上がる。口から血を流していたけど、舌でペロリと舐めとった。
「刀人の力、使いこなせるようになったようデスね。しかし、残念です。あなたは強大すぎるその力を制御しきれていない」
「……黙れ」
「無謀にも、あなた一人が暴れたせいで、潜伏している他の皆さんにも危険を晒している。少し考えたら、わかりませんか?」
「黙れええええ!!」
大声で叫びながら、地面を蹴って、エリザに突進した。平然としているけど、さっきの攻撃のダメージは少なからずあるはず。
今度は顔面に蹴りを入れる。右足を突き出して、エリザに向かう。
「ふふ」
だけど、エリザは笑っていた。目で追い切れないはずの速さなのに、あの女はわたしの攻撃を軽やかに避けた。
「!」
避けられたのと同時にエリザの右手が目の前に来た。そのまま、頭を掴まれて地面に叩きつけられる。
「くっ!」
背中に痛みがはしる。
「貴方の攻撃は確かに強力ですが、直線的なのが弱点です。一度受けたらすぐに分かりました」
わたしの頭を掴んでいるエリザの手の力が更に強くなっていく。声を出せないくらいの痛みがはしった。
「貴方、とても強い目をしていますね。目的を達成するためなら、自分の命すら惜しまない。そんな目です」
淡々とした口調でエリザは話す。
「ワタシを殺したいんでしょう?なら、もっと恨まないと、憎まないと、ワタシを殺せませんよ」
「くっ……お前は……お前だけは!」
右足を上げて地面に向かって振り下ろした。その衝撃で周りの土が舞い上がって視界が遮られる。見えなくなったけど、それはエリザも同じだった。頭を掴まれていた手が離れた一瞬の隙を見逃さずに抜け出した。
立ち上がると土煙の中にエリザの影が見えた。今だ、今ならやれる!
「死ねぇぇぇぇーー!!」
大声をあげながら影に向かって飛び蹴りをした。
「んふふ」
だけど、聞こえてきたのはあの女の笑う声だった。ガシッと突き出した足を掴まれてそのまま地面に叩きつけられる。
「ワタシ、同じことを二度言うのはあまり好きじゃありません」
「ち、千登勢ちゃん!」
倒れていた由美さんの声が聞こえてくる。自分のことはどうなってもいい。けど、由美さんは、由美さんだけはこの女に殺させてはいけない。これ以上、大切な人を失いたくない。
「ふふ、良い。すごく良い目をしていますね、ミス千登勢。誰かのために戦うその目、ワタシとても好きです。でも、そんな目をしている人をいたぶって、苦しませて殺すことはもっと好きです」
そう言うと、エリザを私の頭を掴んでいた手の力を強めた。信じられない力だった。
痛みが伝わってきて視界がブレていく。
ここで死ぬ訳には……まだ、私には……。
ぎりぎりと締め付けられていたけれど、急にその力が緩くなった。見ると、エリザが目を見開いて自分の手首のあたりを見つめていた。何かが巻きつかれたようにも思えた。
もう片方の手に持ったナイフで何かを切ると、エリザは私から離れた。いったい何が……。
「驚きました……ワタシ、全く気づきませんでした。この数年で腕をあげたみたいデスね、ミスター伊月」
エリザが遠くのほうを見る。同じ方向に視線を向けると、木々の間からゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる人が見えた。灰色のソフトハット、黒のジャンパーに青いズボンの格好の男。以前、会ったことがある。一度、うたちゃんたちのいるアメリカへ戻るため関西国際空港へ向かう途中。その時に襲撃してきたダルレストの刀人。確か伊月という名前だった。
どうして、ここに……?
6
「久しぶりだね、エリザ。出来れば、その顔は二度と見たくなかったけど」
「フフ、ダルレストとガードレディ、両方を敵に回しているはずのあなたがわざわざこんな所に何の用デスか?」
「悪いけど、君の思い通りにさせるわけにはいかない。彼の協力を得るためにも、その二人は殺させないよ」
「あら、とても自信があるみたいデスね。あの時、ワタシに怯えていたアナタがそこまで言えるとは」
エリザは可笑しそうに笑ったが、すぐに無表情になった。
「ここで死にマスか? ミスター伊月」
「いいや。まだ死ぬわけにはいかないんだ」
「そうですか……」
エリザはフッと鼻で笑った。その直後、彼女の姿一瞬で消えた。左目のほんの数センチ先にサバイバルナイフの先端があった。そのナイフを握りしめているエリザの右腕を僕の糸が何重にも巻いている。
「……」
「……」
お互いに何も言わずに視線を交わす。エリザは表情一つ変えずにナイフを更に押し込もうとしていた。
「君は昔と本当に変わらないな、エリザ。常に相手の表情を観察し、痛めつけ、苦しめ、命を奪う」
「……」
「そうすることで君は高揚感を得られるんだろう。そうした人間は他にも確かにいた。君があらゆる感情を奪いつくした桜夢でさえ、そうだった。僕にはわからない。わかりたくもないけど」
話を続けてもエリザは表情を変えない。糸にぐるぐるに巻かれた右腕をなおも押しこもうとしてくる。糸が皮膚に食い込み、血が流れ始めたけど気にもしていなかった。
「エリザ、君は何のために生きている? 人の命を奪いつくした先に何があるっていうんだい?」
「……ふっ」
少しの沈黙の後にエリザはただ笑った。
「ミスター伊月、以前にも言いましたけど、あなたの生き方は本当に……本当に……」
それは大笑いするのをこらえるかのようだった。
「本当にあなたは自分を苦しめるのが好きなんデスね。あなたは自分が思う以上に恵まれています。声も顔も身体も、そして普通の人とは違い刀人という異能力も手に入れた」
「……」
「その気になれば、ダルレストもワタシたちの手を逃れることも出来た。自由を手に入られる素質があなたにはあります。けど、なぜでしょう? 今のあなたは酷く思い悩んでいる。自分で殻に閉じこもって、その狭さに苦しんでいるように見えます」
エリザは笑うのをやめて、ぐっと顔を近づけてきた。
「もっと自分のために生きましょう! せっかくそれだけの力を手に入れたんですから。欲しいものは無理やり奪えばいいじゃないデスか! 少なくともワタシはそうして生きてきました。一度たりとも、誰かのために力を尽くしたことはありません!」
言い終わったのと同時に右側からエリザの蹴りが飛んできた。咄嗟に右腕で防いだけど、勢いまで抑えられなかった。そのまま、横に吹き飛んで、後ろにあった木に激突した。
「くっ」
肺から空気が絞り出されたようだった。咄嗟に受け身も取れないとは……。よく考えたら、ここ一年浜家たちから逃げるのに徹していたせいで、まともに戦っていなかった。
「他の人の為に力を出すなんて愚かなことデス。それはその人を守らなければならない、救わなければならないという余計な感情を誘発させマス。だから、あなたはワタシに勝てないのデスよ、ミスター伊月」
エリザがゆっくりと歩いてくる。右腕に巻きついていた僕の糸はほどけていた。今度は全身を拘束するべきだろうけど、同じ手を二度許してくれる相手ではない。
「さ、ワタシたちと来てもらいますよ。ミスター浜家から生きたまま、連れ帰るように言われています。ワタシの楽しみを邪魔した礼は後でたっぷりしましょう」
「ふ、忘れていないかい、エリザ。浜家から連れてくるように言われたのは僕だけじゃないはずだ」
エリザは首を傾げたが、すぐに僕が言おうとしたことを理解したようだった。すぐに後ろに振り返る。その時には既に花麗が手にした棍棒を横に振っていた。
がん、と打ち付ける音が鳴ってエリザの身体が横へ吹き飛んだ。
「伊月、無事!?」
「助かったよ、花麗。エリザの注意を僕に集中させるの大変だった」
花麗が差し出してくれた手を取って、起き上がる。エリザが吹き飛んだ方向を見ると、木々が何本か倒れていて、土煙が舞っていた。手ごたえのある一撃だったけど、彼女が死んでいるとは思えなかった。痛みを快楽と感じ、手足を失っても戦い続けるような女だ。
「逃げるが勝ちだ。二人を連れて戦線離脱しよう」
「伊月、でもあの子は……」
花麗が何かを言いかける。その表情は少し不安げに見えた。無理もない。秋野千登勢はダルレストを憎んでいる。元構成員だったとしても、僕たちに牙を向ける可能性は高かった。
「わかってるよ。けれど、彼女がいないと雛鳥由美は交渉に応じてくれないかもしれない。いざとなったら、僕と君で対処しよう」
「あなたがそういうなら、何も言わないわ」
こうして僕と花麗は雛鳥由美と秋野千登勢を連れてその場から離脱した。
7
夜、電気を消して部屋を真っ暗にした後に布団に入って目を閉じたのに、なかなか眠ることが出来ないことはよくある。昼寝をしていたり、次の日仕事があるのに、と焦って逆に眠れないなど、色んな原因がある。
今日は眠ることが出来ないんだなと一時間、二時間と時間が過ぎていき、ふと我に返ると窓から朝日が差し込んでいて、いつの間にか寝ていた経験はこれまでに何度もあった。
そんな状況と同じようにあたしは目を開けた。
「う……」
ぼやけた視界の中に茶色の板を張り巡らしたような古い天井が見えた。どこかのアパートだろうか。けれど、あたしの部屋ではなかった。
「ここは……」
「あ、目が覚めたみたいですねぇ〜」
声が聞こえた方を見る。千登勢ちゃんと同い年ぐらいの女の子が立っていた。両手にお盆を持っていて、その上に湯のみが乗っている。
「気がついて良かったです。今の状況だと、雛鳥さんを病院に連れていくことも出来ませんからね」
そう言いながら、女の子はお盆に乗せた湯のみをあたしの方に差し出した。
「どうぞ飲んでください。ただの熱いお茶ですけどね」
「……ありがとう」
あたしは呆然とそれを受け取って、湯のみを見つめた。お茶が入っていて、湯気が立ち昇っている。けど、そこですぐにハッと目を開いた。
「そうだ! 千登勢ちゃんは!? みんな無事なの!?」
「あわわ、お、落ち着いてください! お茶がこぼれますよ!」
女の子がそう言って、あたしは手に持っていたお茶をこぼしそうになっていたことに気づいた。
「……」
一度息をついて、湯呑みに口をつける。暖かいお茶で喉が潤った気がした。
「少し落ち着きましたか?」
「うん、どうもありがとう」
女の子にお礼を言って、湯呑みを返した。
「申し遅れました。うちは創路 朋子と言います。いや~色々と大変でしたね、雛鳥さん」
創路は頭を下げて挨拶した。
「ここはどこなの? 他のみんなは?」
「ここはうちのアパートです。ご心配なく。あの場にいた人たちは誰も死んでいません。遺体の処理を担当しているうちが言うので間違いないです」
「……」
「さて、雛鳥由美さん、連れて行きたい場所があります。ついてきてもらえませんか?」
「どこにいくの?」
「……」
「真実を知りたいのではないですか?」
「うん……」
あたしは頷いて立ち上がった。
「あ、雛鳥さんの着ていた服ボロボロになっていたので、勝手ながら衣服は用意しておきました。どうぞ、着替えてください。外は冷えるので厚めに着ましょう」
8
創路から渡された服に着替えたあたしは外に出た。最初に気づいた通り、そこはアパートの一室だった。外は真っ白な雪に覆われていたけれど、近くを走る電車、賑わう繁華街、そして通天閣。それらの景色でここが大阪市内だということがわかった。
「さ、こちらです」
「……」
「あ~、ご心配無用です。RUPAの人たちはこの地域には来れません。うちの本拠地があるこの地域は絶対不可侵の領域に定められています。いくら彼らでも、法は破れません」
「あなたはいったい……」
「ふふ、ただの遺体回収屋さんですよぉ」
明るく笑いながらそう答えた彼女は近くに止めていた大型のトラックの助手席のドアを開けた。
「ささ、どうぞ、どうぞ」
言われるがまま、助手席に乗ると、創路は運転席のほうに座った。見かけからして、中学生……高校生ぐらいにしか見えない。
「あ、本当にこの子、運転できるのか?って感じの顔してますね~。ご心配なく、うちこの仕事六歳からしてるんでちょちょいのちょいです」
「……」
「ふふ、やっぱり似てますね」
あたしの顔をちらっと見て、創路は笑った。
「どういうこと?」
「以前、うちの話を聞いて、梨折さんも雛鳥さんと同じ顔をしていました」
「梨折って……秀平のこと!?」
「ええ、もう一年以上前になりますけどねぇ~」
創路はそう言いながらトラックを走らせる。方角からして大阪湾のほうに向かっているようだった。
「あの時もうちがこの話をしたら、梨折さんはどうしてお前みたいな子供がそんなことを……と言ってました。同情するような、憐れむような、そんな感情の混じった顔でした。うちは雛鳥さんや梨折さんの考える日常を知りません。両親はうちが産まれて間もない頃に死んでしまいました。元々、うちの家系は戦争で亡くなった人たちの死体処理や葬儀などを稼業として営んでいて、形は変わってもその活動は今でも続いています。うちも例外ではありませんでした。他の人と一緒にただひたすら死体の処理や現場の清掃作業。学校に行くことはおろか、仲の良い友人もいませんでした」
そう話す創路の表情は嬉しいわけでも、悲しいわけでもなく無表情だった。この子とあたしとじゃ、生きてきた世界が違うということなのだろうか。
「ですけど……」
創路はちらっとあたしのほうを見た。
「それは少し前の話です」
「え?」
彼女は控えめに笑った。
「今なら梨折さんの言っていたこと、それに雛鳥さんがそんな顔をする理由が何となくわかります。こんな人生を過ごしてきたうちでも優しく接してくれる人がいます。彼と話している時の自分は胸がドキドキして、上手く話すことが出来ません。他の女の人と仲良くしているのを見ると、モヤモヤします。なかなか連絡が来なかった時も、どうしたのかと不安に思います。そんな感情今まで抱いたことはありませんでした」
「……」
「人はこれを恋と呼ぶんでしょうね。そして、雛鳥さんも同じように梨折さんの身を案じている。自分が危険な目に遭ってもあきらめない、そんな顔をしています。なら、うちに出来ることはその背中を押してあげることです。何より、彼からの頼みなら断るわけにはいきません」
「その彼っていうのは?」
「ふふ、これから会うことになりますよ」
9
それからしばらく進んで、大阪湾の埠頭に到着した。まだ朝早いのか人通りはなく、海の向こうで漁船が何隻か行き来してるだけだった。
「さ、こちらです。外は寒いのでマフラーをどうぞ」
創路が素早く降りて、あたしの座ってる助手席のほうのドアを開けた。いつの間にか両手に赤いマフラーを持っている。
あたしはトラックから降りて、そのマフラーを受け取って首に巻いた。出発した時と同じく外は肌寒かった。空からも雪が降り始めている。
「うう、さすがに寒いですねぇ〜」
創路もぶるぶる身体を震わせながら、黄色のコートを上から着て、歩き始めた。その先には一定間隔に建ち並んでる倉庫がある。どうやら、そのうちの一つに向かうようだった。
「よし……左から三番目。ここですねぇ」
創路は小声で何かを呟きながら、倉庫の大きな両開きのドアに手をかけた。
「うんしょ、どっこいしょ、えっせこいしゃ!」
変な声を出しながらドアを開けて中に入った。
あたしもその後についていった。中は大きな木箱が山積みになっていた。貨物列車が運んでいるのと同じコンテナもいくつか置かれている。
右奥に小さなドアがあって、その前に誰かが立っていた。
シニヨンヘアーの髪型に青いコートを着た女性だった。整った顔立ちでスタイルも良くて美人だ。けれど、何か普通の人とは違う雰囲気がする。
「あ……」
そうだ。あたしや千登勢ちゃんを襲ってきたあの金髪の女と同じ雰囲気だった。直感でわかった。この女も刀人だ。
「時間通り。さすがね、創路」
「ふふ、待ち合わせに遅れたことはこれまでに一度もありませんからね。もっと褒めていいんですよ、字倉さん」
腰に手をあてて、ドヤ顔をする創路に対して、字倉さんと呼ばれた女のほうは何も言わなかった。視線をあたしのほうに向ける。
「あなたが雛鳥由美。色々と災難だったわね」
「あ、その……」
「ああ、私は字倉花麗。一応あなたの敵ではないから、警戒しなくていいわ。襲われていたあなたを助けたのは私たちだから」
「私たち?」
そう聞くと、字倉は後ろのドアを指さした。
「詳しい話は彼から聞いて。あなたの知りたいこと色々と教えてくれるわよ」
字倉と創路のあとに従ってドアの中へ入る。そこにも入った時と同じようにいくつかのコンテナが置かれていた。そして、そのうちの一つに女の子が手足を縛られて横になっているのが見えた。その桃色の髪で誰なのかすぐにわかった。
「千登勢ちゃん!」
「すまないね。僕が説得しても話を聞いてくれなかったから気絶してもらった」
上のほうから声が聞こえてきた。見ると、コンテナの上に誰かが座っていた。黒いコートに青いジーパン、そして灰色の帽子を被った少年だった。少年は何かの小説を読んでいるようだった。
「君の安全が確認出来れば、少しは落ち着いてもらえるだろうけど、暴れないように拘束させてもらったよ。創路、連れてきてくれてありがとう」
「ふっふ~、これぐらいお安い御用です!」
創路にお礼を言うと、少年は読んでいた小説を閉じて、あたしのほうを見た。
「こうして会うのは初めてだね、雛鳥由美」
「あなたは?」
「僕の名前は伊月。色々と事情があって、君をRUPAから助けた。君がいれば、彼らの協力を受けることが出来る」
「彼らって……」
あたしがそう言いかけると、伊月はコンテナから降りてきた。潤一くんと同じくらいの背格好だった。年齢も同い年ぐらいだろうか。
「真相を追い求めた君ならもう知っているんじゃないかい?ガードレディとガードマンと呼ぶ彼らのことを」
「!」
「以前、僕達はガードレディたちと敵対し、何度も戦ってきた。けれど、一年ほど前の大きな戦闘でガードレディたちの戦力は大幅に削られ本部から追いやられる形になった。僕と花麗はその戦闘に参加しなかったけど、色々と不満が募ってね。しばらく前に組織を抜けて今は追われる身ってわけさ」
「ダルレルストに所属してた刀人って事?」
「ご名答。そこまで調べるのはかなり苦労したでしょ?」
「実際、殺されかけたからね。あなたに聞きたいこと色々あるけど、あたしをどうするつもり?ただ、助けたわけじゃないでしょ?」
相手は刀人で、貝堂や唄音ちゃんのように味方であるとは限らない。気を引き締めて、あたしは拳を握りしめた。
「そうだね、君の言う通り、僕達はただ助けたわけじゃない。君たちの身柄を引き渡すのを条件にガードレディたちに協力を求めるつもりだ」
「協力?」
「ダルレストとRUPAに捕らえられている僕の大切な人……皐月を取り戻すためだよ」
第二十二話 蘇る記憶終
次回へ続く。




