雑談と余暇
お待たせしました。どうも筆が止まってしまい、中々更新できませんでした。すいません。
「どうやら死刑の話題では、君たちの集中力は長続きしないらしい。ということで、二限では軽めの話題を……そうだな。比較的有名な少年犯罪でもざっと紹介しようか」
一限の早すぎる終わりから四十分後。二限が始まるや否や、高倉教授はそう言って黒板に向き直った。もうパワーポイントは使わないようで、スクリーンは既に仕舞われていた。
あと教授……。その話題は果たして軽いんでしょうかね……?
「面倒だから戦後のだけでいっか。……一九四六年九月十六日、発生。死刑制度合憲判決事件。死刑は執行されたと思われる。正確な資料が無いんだろうな」
……さっき死刑の話題避けるようなこと言ってなかったっけ?視線をふと横に向けると、朱音さんも同様のことを思ったのだろう。呆れたような顔でノートを取っている。
その表情とは裏腹に、シャーペンは早送りのようなスピードで文字を生み出していたが。
「一九四九年九月十四日、発生。小田原一家五人殺害事件。死刑確定したがその後、恩赦で無期懲役になってるな。で、二〇〇九年十月二十七日に獄中死っと」
黒板に意外と達筆な行書でスラスラと言葉通りの文章を書いていく高倉教授。書いている内容に反して、彼の口調は軽い。それに何処か呆れのようなものも窺える。……それもそうか。犯罪などという、彼からすれば“馬鹿をやらかした人間”について語っているのだ。呆れが湧き起るのも頷ける。
「一九五九年一月二十七日、荒川連続自転車通り魔殺傷事件。これは未解決だな。ちなみに通り魔ってのは、意外と解決が難しいらしい。多くの場合が被害者と何ら関係の無い人間が犯人みたいでな。脈絡が無いんだと」
小説や漫画のように、動機が確立されている犯罪は意外と少ない。それは一限の冒頭の方でも出た話だ。彼の話は、通り魔事件とは違って繋がりがあって面白い。
「一九六七年一月二十三日、逮捕。混血少年連続殺人事件。こいつは無期懲役だな」
詳しく詳細を語ってるわけではないので想像でしかないが、刑期からおおよその被疑者の年齢を推定すると……十六~十八歳ぐらいだろうか。律渦はそういう想像さえ嫌になったらしく、黙々とただノートを取っている。それでいいのだろうか……?彼女は法に携わろうとしている人間にしては、少し善良すぎる気がする。
「一九六九年四月二十三日、発生。高校生首切り殺人事件。捕まってからは初等少年院に送致」
「一九八八年二月二十三日、発生。名古屋アベック殺人事件。主犯の少年は無期懲役」
声が冷たい、平淡だ。最早呆れさえ無いのだろう。
何がどうしてそうなったのかは、本人ではないので理解出来ない。
「二〇〇〇年四月五日、逮捕。名古屋中学生5000万円恐喝事件。中等少年院送致又保護観察処分。金欲しさに詐欺や薬物売買に手を染める若者が、ここ数年ちょくちょく検挙されてるらしい。この事件はその皮切りになったとも言えるかもしれんな」
高倉教授はようやくチョークを置いた。
「これらはあくまで代表的な少年犯罪だ。過去の判例ってのは法律並に参考になるから、各自ネットやなんかでもいいから調べといて損は無いぞ」
それからは雑談で時間を削り去り、講義は終わった。法学とは関係の無いアイドルの話や、新しい映画の話。釣りの話に、美味しい炊き込みご飯の話など。話題は多岐に渡り、そのどれもが私の知らない話だった。
周囲の学生をチラッと見てみると、もう関係無いとばかりに突っ伏して寝ている人がちょろちょろといた。確かに、もうメモするようなことは何も無いだろう。
だがだからといって寝るのはどうだろう。
雑談は無駄でしかないという学生は不幸だ。
これからの人生で役立つものは、教科書の中の知識ばかりではない。むしろ友人にパンを頬張りながら言われた何てことない一言であったり、昔読んだ漫画の一節だったり、教師や教授が盛大に脱線した授業で語った昔話だったり。そういう「思い出」としての知識だろう。大学の場合は教員免許を得た人間が殆どいないから、自然、雑談にコロッと転がっていくことが多い。
なので、講義においては雑談こそ神髄だと、私は思う。
お昼ご飯は学食で―――という麻里さんの提案に従い、私達四人は学生でごった返すテーブルの中に突っ込んだ。運良く四人席を確保した朱音さんを残し、私を含めた三人はお盆を手に、食べ物を求める若人達の列に並んだ。
「姉さん。何食べる?」
「そうねぇ……。油そばにしよっかな」
「麻里さんは?」
「私はいつものBセット」
「そうですか……。では私は、購買でおにぎりを買ってきます」
「そう……。ってちょっと待って列から出ないで早まらないでっ」
列から外れ、購買へ行こうとした私の手ががっちりと掴まれた。
「どうしたんです?麻里さん。トイレならそこにありましたよ?」
「いやいやトイレ違うから。……さっき皆で学食って言わなかったっけ?」
「学食で食べますよ。購買で買ったものを」
「だからそういうことじゃなくて……」
「―――ふふっ」
なんとか一緒に学食を堪能してもらおうと頑張っている麻里さんが、可笑しくて可愛くて、つい堪えていた笑いが漏れてしまった。
「あっ!笑ったなこの~!」
「すいません。冗談だったんですけど、麻里さんが面白くって」
「私ってそんなに翻弄しやすいか……」
それも人徳だと思いますよ。
「さぁっ!姉さんはもう行っちゃったし、朱音さんが早くしろって目つきを悪くしてそうなので、はやく注文しちゃいましょう」
「その言い方じゃあ私が悪いみたいじゃんっ」
麻里さんはぶつぶつと文句を呟きつつも、私の後ろに並んだ。
さて。私は何にしようかな……。
ふざけていたせいで待たせてしまったため、若干慌ててお盆を手にテーブルへ戻ると。
「待ったわ」
「二人とも遅かったね~」
アジフライに嚙り付いた律渦と、携帯端末を操作している朱音さんに目も合わせず言われてしまった。既に食べ始めていて全く待っててくれなかった律渦はともかく、麻里さんのその態度は台詞も相まって……ちょっと怖いです。
「すいません。私が少し悪ふざけしてしまいまして」
そんな朱音さんにやばいと感じたのか、麻里さんが反射的に謝ろうとする―――のよりも一拍子早く、私が謝罪の言葉を吐き出した。だがしかし、そんな私には目もくれず、朱音さんは首を振り、麻里さんに目を向ける。
「どうせ麻里が何かしたんでしょう?」
「メニューの解説をあることないこと喋ったりとかね」
私の配慮は意味を成さず、敢え無く麻里さんは糾弾されてしまった。律渦まで適当なことを言っている。
「麻里さんって信用無いんですね……」
「やっぱ髪染めたから?ねぇそうだよね?」
人柄だと思います。
とりあえす食べ始めないと食事は終わらない。ということで律渦を除き、各々が眼前の食べ物に箸を伸ばし始めた。ちなみに、私は五目炒飯にした。麻里さんは和食が揃ったBセット。律渦はアラカルトの揚げ物を適当に選んだだけ。朱音さんは“ほっともっと”の特のりタル弁当。
…………………………。
「あの、麻里さん。あれはどうなんでしょう……?」
先程あれだけ学食学食と喚いていた麻里さんに、特のりタル弁当を視線で指しつつ訊ねる。すると彼女は妙に澄ました顔で、
「ありゃ仕方無い」
そう言って味噌汁をズルズルと啜った。……まぁ、いいですけど。
私もそれ以上考えることを止め、炒飯を口に運ぶ。うん、まぁ不味いわけではないんじゃないかな。
「食べてるところ悪いけれど、少しいいかしら」
皿の上の炒飯が三分の一程胃の中へ消えた頃だった。携帯端末を操作していた朱音さんが言った。
「この後にあった三限だけれどね。無くなったわ」
「えっ、マジ?」
真っ先に反応したのは麻里さんだった。
「えぇ、マジよ」
私は食事と会話の同時進行に慣れていないため、反応するまでに幾らか時間を要した。
「挨拶したときには、特に不都合は無さそうでしたけど」
「どうも急な仕事が入ったようね。詳細は書かれてないけれど、刑事関係みたい」
朱音さんが携帯端末を確認しつつ答える。
「現役ではないのですから、アドバイザーか何かでしょうか……」
そのあたりの知識は十分ではないので、私には推察さえも難しい。
「ま、無くなったんならそれでいいじゃん。ねぇねぇ、食べ終わったら何処か遊びに行かない?」
「レポートあったでしょう。終わったの?」
麻里さん深く考えることをやめる以前に始まってさえいないようで、不意に出来た余暇をどう堪能しようかと、律渦の心配を無視して携帯端末で近場のアミューズメント施設を検索している。
「………………」
私はそんな三人を眺めながら、内心で呟く。
私が喧嘩売ったから、休講になったとかじゃない……よね?
多分次はもう少し早く更新できると思います。どうにか話をまとめようと思いますので、よろしくお願いします。




