決戦へ向けて
当初頭で思い描いていた展開と少し変わってしまいましたがまぁ知りません。そういえば姉弟いちゃいちゃのタグがついてたのに、最近はあまりいちゃいちゃしてませんねぇ。次々回ぐらいに頑張りますかね。
律渦と夕食を作った日の週末。
“私”は朝からおめかしして、一人、駅前のスタバにいた。足元には網籠風の可愛らしい鞄(何故か自室の押入れの中にあった。昔の私物らしい)が置いてあり、まるでデートの待ち合わせ中の如き女子力の高さを発揮している。
「…………」
窓ガラスの向こうに流れる人波を眺めながら、ぼんやりとアイスコーヒーを啜る。砂糖もガムシロップも入れてないので、何処か水っぽい苦味が舌を滑るだけだった。
「ふぅ……」
コーヒー味の息を吐いて、視線を左手首に移す。そこに輝く可愛らしいアナログ時計を見て、そろそろ約束の時間であることを確認した。
そう、約束である。
私はただここでぼぅっとしているわけではない。人を待っているのだ。
先日朱音さんから受け取ったメールには、こう書かれていた。
『件名:律渦について
本文:あの娘ことで相談したいことがある。今週の土曜日に駅前のスタバで』
色気も素っ気無い文章からは、それだけの真剣さが窺える。
この前の会談―――名付けて、☆第二次♪不登校少女律渦ちゃん対策会議★での記憶から察するに、どうやら私が動き出すことになりそうだ。あの時は結局、私の出番は見送られた形になった。が、あれから約二週間が経った今でさえ、状況に進展は見られない。彼女達には時間が限られているのだ。もう、躊躇などしていられないということか。……もしくは諦めたか。
ところで第一次っていつだったっけ……。
「神楽ちゃん」
と、割と真剣なことをふざけて考えていた私に、不意に肩口から声がかかった。この聞き覚えのある声と今の状況から、誰だかは見なくても解る。しかしこの距離で顔を合わせずに挨拶をするのは、礼儀として問題がある。ということで、私は身体をくるりと回転させて振り返り、その姿を認めた上で返事を返した。
「おはようございます、お二方」
「おはようっ」
「えぇ、おはよう」
私の挨拶に、各々飲み物を持った二人が律儀に挨拶を返してくれる(ちなみに前者は麻里さん、後者は朱音さん)。これが男子高校生とかなら「おぉ」とか「ん」とかで済んでしまうのだが、流石は大学生……いや、流石は律渦の友人といったところか。ついでに女子高生だと、大抵「おはっぴ~」とか「やっはろ~」とか偏差値の低い会話になる。他にも色々とあるようで、憶えている限り十個近いバリエーションがある。
「挟んで座っていい?」
朱音さんが麻里さんの後ろから訊ねてくる。
「えぇ、その方が話しやすそうですし」
「ありがとう」
受け答えの後、二人が私の両脇に座る。右が麻里さん、左が朱音さんだ。
「………………」
二人とも、座ったはいいものの喋り出す気配は無い。朱音さんなら解るものの、麻里さんもだんまりとは……どういうことだろう。
私は二人の慣れない雰囲気に困惑した。しかし、ただ待っているわけにもいかない。こちらも時間を割いてここへ足を運んでいるのだ。無意味な沈黙に時を費やしたくない。
私は仕方無く、自分から話題を提供することにした。
「二人とも、何を注文してきたのですか」
目線を左右に振って、双方に話を向ける。最初に応えたのは、意外にも朱音さんだった。
「ミルクコーヒーよ」
ミルクコーヒーって、確か牛乳が入ってるコーヒーだっけ?
「美味しいですか?」
「ん……まぁまぁ、ね」
微妙な答えだが……まぁ、所詮はスタバですしね。左側に作り笑いで会話の終了を告げてから、自然なタイミングで右側に顔を向ける。そこにあるストローを咥えた横顔目がけて、私はそっと水を向けた。
「麻里さんは何を頼みました?」
「ん?うん……」
一瞬驚いたように反応してこちらも見たが、すぐに視線を逸らして黙り込んでしまった。……えっ、無視ですか?
「あの、麻里さん……?」
心配になって再度問いかけるも、その声が意識に届いている様子は無い。心此処に在らず、といった感じだ。一体何が……。もしかして、律渦と何か関係が?
「…………」
朱音さんに心を籠めた目配せをすると、彼女は溜息を吐いて頷き、こちらにちょいちょいと手招きしてきた。それに従い顔を寄せると、彼女の方もぐいっとこちらに身を寄せてきた。
「っ……」
その近さに思わず息を呑んだものの、驚いたのはその一瞬だけで、すぐに平静を取り戻した。朱音さんはそんな私の変化に気付かなかったのか、私ではなく麻里さんの方を向いて口を開いた。
「どうやら最近、私達とばかり過ごしてることを彼氏に文句言われたらしいのよ」
えっ?ちょ、ちょっと待って。
「文句って……もしかして、その彼氏さんとの用事を蹴ってたってことですか?」
「そうみたいね」
私は先程とは違う意味を籠めて麻里さんを見つめた。今だけは、私の視線にも気付かない状態なのが幸いだ。何故なら私の目は、非難の色を湛えていたから。
―――貴女は何がしたいんだ?
―――律渦のために彼氏を蔑ろにしていたなんて、そんな……残酷なことをしていたのか?
いくら気の合う友人でも、彼氏以上に優先されるなんて荷が重い。何か他の目的でもないと―――今回の件で言えば、律渦が復学することにこだわる理由が無ければ納得出来ない。
「ねぇ、麻里さん―――」
―――と、声をかけかけたところで唐突に、私は根本的な原因を思い出した。それは運命の神様の零した温情なのかもしれない。先程とは違い声に反応した麻里さんが「ん?」と返事をしながら振り返る。
「一つ、訊きたいことがあります」
「何?」
私は脳裏に用意していた質問を急いで挿げ替えると、なるべく答え易いよう口元を緩ませてから唇を開いた。
「麻里さんは、今も男性が怖いですか?」
「えっ―――」
本人からすれば藪から棒な質問だったのだろう。一瞬思考が止まったのが見て取れた。だが別に隠していたわけではないようで、返答は思いの外早く返ってきた。
「まぁ、ちょっとね……。自分があんないやらしい目でばかり見られてるのかと思ったら、何だか男の人全般が苦手に感じてきちゃって……」
見られてる、ときたか。つまりは現在進行形で、男性からの目線をそう定義付けているということだ。
彼女の容姿と性格から判断して、決して自分がそういう対象として見られていないとは、事件前だとしても思っていなかった筈だ。ただそれは無意識下での、曖昧なものだったのだろう。これまで接してきたことから判断して、彼女にも自意識はちゃんとある。が、鼻につくような過剰なものではない。あくまで彼女の年齢、立場に見合ったものだ。
「そう感じるのは、仕方無いかもしれません。一応事実でもありますし」
かく云う私も、粘着くような……所謂性的な眼差しを向けられていると感じることはある。
「神楽ちゃんもやっぱり、そういうの感じる?」
「えぇ、たまには」
大抵は無視出来るものだが、たまにいつまでも離れない視線というものもあって、あぁ……女性とは斯くも世の中を生きているなんて、強い生き物であるなぁ。と、一人感心したものだ。
―――という自分の事情は一先ず置いておいて。
「で、何でこんなことを訊いたかというとですね」
「ふむふむ」
胡散臭い相槌には反応せず、私は自分の考えた推論をさらりと述べた。
「姉さんのことを優先してくれるのは、もしかして麻里さん自身の意識改革のためでもあるのかな―――って思いまして」
あくまで律渦の妹として、手伝ってもらっている立場としてを意識して言った台詞。自分としては最大限の配慮をした言い方であったつもりである。
―――しかしそれが通じなかった場合は、勘違いして解釈してしまうかもしれない内容だ。
私は過信していた。律渦を姉さんと呼び、しかもそこに弱くさり気ないながらもアクセントを置いたのだ。こちらの思いに気付いてくれるだろうと。しかし―――
「それは……っ……」
私の笑みを見て、言葉を詰まらせる麻里さん。
私はその反応を見た瞬間、自分の中に居座っていた愚かな過信が脆くも崩れ去るのを感じた。……いや、この表現は少々大袈裟だったか。何故なら私は、それで動揺などしていなかったからだ。むしろ「やっぱりか……」という思いが脳内を蔓延っていた。どうやら過信の片隅に、「もしかしたら……」という懸念もちゃんとあったようだ。
私はそこで自分のことは打ち切り、目の前の年上の女性のことへと意識をスライドさせる。
私の懸念通りなら、彼女はきっと、こう解釈しただろう。
―――律渦を一心に心配して、手伝ってくれているのではないのか?
と。非難されたように。
そんな可愛らしい感情至上主義は約三年前に捨て去った“俺”としては、心外こと極まれり、といった心境なわけだが。こと彼女たちはそんなこと知る由もない。そもそも“俺”のことを知らない。樋江井神楽として認識されているのは“私”の方だ。
だから私は、その誤解を慎重に解かなければならない。言い方が悪かったのは私の方だ。
私はそんな目的のために、敢えて作り笑いを消すことを決めた。
表情を心境の通りに映し出し、言葉を紡ぐ。
「―――麻里さん。私は、貴女が好きです」
「えっ……?」
いきなり何を言い出すのかと思うだろう。しかしそんなことを気にしてはいられない。台詞にはまだ、続きがあるのだから。
「初めの頃は、姉さんの友達として接してきました。でもいつの間にか、私自身の友達のように感じるようになってきたんです」
「友達……」
「先輩に向けて図々しいかもしれませんがね」
そうお道化て見せた私に、麻里さんは首を左右に振った。
「図々しいなんて、全然だよ」
「……ありがとうございます」
私は感謝を述べながら、頭では言葉を整理することだけに専念した。……でないと、感じてしまいそうだったから。
「そんな友達が、立ち直ろうと頑張っているんです。自分の姉と一緒に。―――応援こそすれ、後ろ指を指そうなんて考える筈在りませんよ」
「あ…………っ―――うんっ」
安堵と嬉しさと、自分の勘違いに対する羞恥の入り混じった複雑な笑みを浮かべる麻里さん。どうやら誤解は無事解けたらしい。
私はもう大丈夫だという意味を込めて、左隣を振り向く。
「………………」
ストローを咥えたまま、眠たそぅ~に目を細めている朱音さんがそこにいた。
「あ、朱音……さん?」
「んぅ?ん…………っ、何かしら」
僅かに間があったものの、いつも通りシャキリとした調子―――を取り戻して返す朱音さん。……どうしたのだろうか。心配になって注意深く見つめると、目の下に薄っすらと隈が見て取れた。
「もしかして……寝不足ですか?」
化粧で隠しているものの、それは紛れもなく寝てない証だった。
「あぁ、やっぱり気付いた?流石は神楽ちゃんね」
そう言ってミルクコーヒーをズルズル吸う姿は、カフェインに希望を託す締め切り前の小説家のような空気を纏っていた。
「今日までに仕上げなきゃいけない資料があってね……。昨日から寝れてないの」
あの、その口振りだとまだ終わってないですよね。何で今日ここにいるんですか?
「さて。そろそろ今日の本題に入りたいのだけど」
大丈夫なんですか?と訊きたかったものの話を進められてしまい、心配することも出来ないまま本題へと突入する。私は色々と不安の出てきた二人を横目に、心配の溜息を吐いた。
中途半端なところで引っ張っちゃってすいません!続きもちゃんと書き始めてるからとりあえず安心だけはしててください!