表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/26

そして現代へ

 眩しい。

 最初にそう思った。

 炎の熱ではない。

 爆発の閃光でもない。

 柔らかく、優しい光だった。

 私はゆっくりと目を開く。

 見慣れない白い天井。

 硬い床。

 そして耳に飛び込んできたのは――

 車の走る音だった。


 

「……え?」


 

 思わず呟く。

 私は上半身を起こした。

 そこは広い公園だった。

 芝生に街路樹。

 遠くに見える高層ビル。

 巨大な電子広告。

 走る人々。

 誰も刀を差していない。

 誰も甲冑を着ていない。

 誰も戦を恐れていない。

 私は震える手で自分の身体を見る。

 着ているのは見覚えのある服。

 白いブラウス。

 黒いスカート。

 スマートフォン。

 腕時計。

 懐かしい。

 あまりにも懐かしい。


 

「戻って……きた……?」

 


 その時だった。


 

「胡蝶」

 


 聞き慣れた声。

 私は勢いよく振り返った。

 そこにいた。

 二十五歳ほどの青年。

 黒髪。

 鋭い目。

 整った顔立ち。

 だが私は知っている。

 その目を。

 その声を。

 その魂を。


 

「……信長」


 

 青年が少しだけ笑う。


 

「やはりお前か」


 

 涙が溢れた。

 走った。

 考えるより先に。

 何百年分もの想いを抱えて。

 私は彼に飛びついた。


 

「信長!」


 

 青年は驚いたように目を見開いたが、すぐに私を抱きしめた。

 強く。

 強く。

 離さないように。

 失わないように。


 

「生きておるな」


 

 震える声。

 私は何度も頷く。


 

「うん……うん……!」


 

 涙が止まらなかった。

 本能寺で終わったと思った。

 あの炎の中で。

 あの爆発の中で。

 でも。

 終わっていなかった。

 私たちはまた会えたのだ。

 戦国の果てで。

 歴史の向こう側で。

 奇跡のように。

 再び。

 しばらくして。

 落ち着いた私たちは街を歩いていた。

 信長は終始きょろきょろしている。


 

「なんだあの巨大な城は」


 

「マンション」


 

「空を走る箱は」


 

「モノレール」


 

「火も使わず動く馬車は」


 

「車」


 

「未来とは恐ろしいな」


 

 私は思わず吹き出した。

 戦国最強の覇王が。

 スマートフォンに負けている。


 

「笑うな」


 

「だって」


 

「俺は真面目だ」


 

「うん、知ってる」


 

 そう言うと。

 信長も少しだけ笑った。

 あの頃にはなかった笑顔だった。

 天下を背負っていた頃より。

 ずっと軽い。

 ずっと自由な笑顔。

 やがて二人で高台へ登る。

 眼下には夜景。

 無数の光。

 どこまでも続く街。

 争いではなく。

 営みの光。

 人々が平和に暮らしている証。

 信長は静かに街を見つめた。


 

「美しいな」


 

「ええ」


 

「戦の気配がない」


 

「ありません」


 

 長い沈黙。

 そして信長はぽつりと言った。


 

「作ったのか」


 

 私は隣を見る。

 信長は夜景を見つめたままだった。


 

「戦のない世を」


 

 私は微笑んだ。


 

「ええ」


 

 信長が目を閉じる。

 桶狭間・美濃・京・包囲網・天下布武――そして本能寺。

 全てを越えて。

 ようやく辿り着いた答え。


 

「あなたが目指した世界です」


 

 信長は何も言わない。

 だが。

 その横顔はどこか満たされていた。

 やがて彼は私を見る。

 戦国の覇王ではない。

 一人の男として。


 

「胡蝶」


 

 私は首を傾げる。


 

「今度は」


 

 信長が笑った。


 

「誰にも邪魔されぬな」


 

 胸が熱くなる。

 側室も、政略も、家の事情も、戦も――血も。

 死も。

 何もない。

 ただ、私と信長だけ。


 

「はい」

 


 私は微笑んだ。


 

「今度こそ」


 

 信長がそっと手を差し出す。

 私は迷わずその手を取った。

 戦国では叶わなかった未来。

 夫婦として。

 恋人として。

 一人の男と女として。

 共に歩く未来。

 信長は私の手を握りながら言った。


 

「ならば改めて申そう」


 

 少し照れたように。

 だが真っ直ぐに。


 

「胡蝶」


 

「はい」


 

「俺と共に生きてくれ」


 

 私は笑った。

 泣きながら、笑った。


 

「喜んで」


 

 夜風が吹く。

 無数の光が輝く。

 遠くで電車が走る音が聞こえる。

 戦国は終わった。

 血に染まった時代は終わった。

 天下布武も。

 本能寺も。

 全て過去になった。

 でも――私たちの物語は終わらない。

 これから始まるのだ。

 戦のない世界で。

 誰にも引き裂かれない世界で。

 愛する人と共に。

 私は信長の手を握る。

 もう二度と離さないように。

 そして心の中で静かに呟いた。

 戦国は終わった。

 でも――私たちの物語は、終わらない。


 そして。

 これは、新しい時代を生きる織田信長と胡蝶の、もう一つの恋物語の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ