目覚めたらあの濃姫になってました!
「う…うーん…」 私が目を覚まして最初に見たのは見知らぬ木目の天井だった。 微かに頭痛がする。 なんだか身体が痛い。 次に目に入ってきたのは祖父の顔ではなく、優しい顔つきの中年女性だった。
「あれ…ここは…?」
私の頭の中にいっぱいの疑問符が湧く。 確か道路に飛び出した猫を追いかけて、そしたら車がきて… まさかこれが死後の世界ってやつ? それにしては妙に現実的だな…
と、ぐるぐる考えてぼーっと天井を眺めていると、私を覗き込んでいた、中年の女性が大声をあげた。
「殿!殿!姫様が目覚められました!」
「何!?誠か!?」
女の人の声を聞きつけ、私が寝かされていた部屋の襖が大きく開かれると、厳しい顔付きの中年男性が大急ぎで私の枕元に座り込んで、まだ状況が理解できてない私の頬を両手で包み込んで
「おお…無事であるか?胡蝶よ!何処ぞ痛むところはあるか?」
と心配そうに尋ねてきたので、私はつい
「はい。大丈夫です…」
と答えた。
男性はほっとしたように私の体に覆い被さると
「そなたに何かあらば、この美濃はどうなることやら…お前の亡くなった母にもどう申し開きをすればと、気を揉んだわい」
男性は体を起こし、私の顔を安心したように覗き込んだ。
男性──いや、この“殿”と呼ばれた人は、
私の返事を聞くと胸を撫で下ろし、深く息を吐いた。
「よかった……本当に……よかった……!」
その声は震えていて、
まるで本当に“娘”を失うところだった父親のようだった。
(……え? 誰? 私の父じゃないよね?
ていうか“姫様”って何?
私、ただの一般人なんだけど?)
混乱している私をよそに、男性は立ち上がり、
「医師を呼べ! 胡蝶の身体をすぐに診させよ!」
と部屋中に響く声で命じた。
すると、さっきの中年女性が慌てて走り去り、
ほどなくして白い着物を着た老人が駆け込んできた。
老人は私の脈を取り、瞳を覗き込み、
手足をそっと触って確認していく。
「ふむ……命に別状はござらぬ。
ただ、頭を強く打たれたようで……記憶が曖昧になっておられるやもしれませぬな」
(いやいやいや、記憶は曖昧どころか“人生ごと変わってる”んだけど!?)
私は心の中で全力ツッコミを入れながら、
必死に状況を整理しようとする。
そして──衝撃の事実……
診察が終わると、
あの厳つい男性が私の手を包み込むように握った。
「胡蝶よ……そなたが目覚めてくれて、父は……本当に嬉しい」
……父?
父って言った?
今、この人、父って言ったよね?
私は恐る恐る尋ねた。
「あ、あの……殿は……どなた、ですか?」
男性は一瞬驚いた顔をしたが、
すぐに優しく微笑んだ。
「……何を言う。
わしはそなたの父──斎藤道三であろう」
…………
……………………
…………え?
(ちょっと待って。
斎藤道三って、あの“美濃のマムシ”!?
歴史の教科書に出てくる、あの!?
てことは……)
私は震える声で聞いた。
「わ、私は……誰、なんですか……?」
道三は、まるで当たり前のことを言うように答えた。
「胡蝶。
そなたはわしの娘──胡蝶だ」
その瞬間、
私の脳内で何かが爆発した。
(えええええええええええええええええ!?
私、濃姫!?
信長の正室!?
歴史のヒロイン!?
いやいやいや、待って、心の準備が……!!)
頭が真っ白になった私の耳に、
道三の声が追い打ちをかけるように響く。
「そなたは間もなく、尾張の織田信長殿のもとへ嫁ぐ身。
美濃と尾張の未来は、そなたにかかっておるのだ」
(……え?え?え?)
(いや、無理無理無理……!信長って、あの信長だよ!?
第六天魔王って通り名で知られるようになる怖くて、ドジで、虚勢張ってて……って、あれ?
なんか私の知ってる信長と違う気がする……?
私信長とは会った事ないよな?どうして信長の性格知ってるんだ?)
──こうして私は、
猫を追いかけて死んだはずが、
気づけば戦国時代で“濃姫”として目覚め、
しかもこれから“織田信長の妻”になるという、
とんでもない人生を歩むことになった。
物語は、ここから始まる。




