過去のレイズを知る③メルェ 画像付
ヴィルはゆっくりと息を吐いた。
その吐息は、まるで胸の奥に何年も積み重ねてきた重荷を、ほんの少しだけ外へ逃がすかのように長く、静かだった。
部屋に深い沈黙が落ちる。
誰も言葉を発しない。
窓から差し込む夕暮れの光だけが、室内を淡い赤色へと染めていた。
レイズは何も言わず、ヴィルを見つめ続ける。
普段のヴィルならば、問いかけに対して迷うことなく答える。
どれほど難しい問題であろうとも。
どれほど答えにくいことであろうとも。
レイズが必要としているのならば、必ず言葉を返してくれる。
だが、今は違った。
何を伝えるべきかではなく。
どこから話すべきなのか。
それを探しているように見えた。
レイズは膝の上で拳を握り締める。
知ることが怖くないわけではない。
村の者たちが自分へ向けていた視線。
恐怖。
怒り。
憎しみ。
あれほど強い感情を向けられるだけのことを、過去のレイズは行っている。
それだけは、すでに理解していた。
だからこそ、聞かなければならない。
知らないままでは、何も償うことなどできない。
「ヴィル……」
レイズは静かに呼びかけた。
その声に、ヴィルがゆっくりと瞼を開く。
「俺は村で……何をした?」
逃げることなく、真っ直ぐに問いかける。
ヴィルは一瞬だけ目を伏せた。
言うべきではない。
まだ早いのではないか。
そんな迷いが瞳の奥を過ぎったように見えた。
だが、やがて覚悟を決めたように息を整える。
「……貴方に隠し続けることは、もう難しいでしょう」
静かな声だった。
しかし、その一言には、長い間抱えてきた迷いを断ち切るような覚悟が滲んでいた。
ヴィルはゆっくりと顔を上げ、レイズの瞳を正面から見据える。
「まずは、一人の少女について話さなければなりません」
ほんの僅かな間。
ヴィルの唇が静かに動く。
「――メルェ」
その名前が部屋へ落とされた瞬間だった。
レイズの胸が大きく脈打った。
「……っ」
息が詰まる。
知らない名前のはずだった。
少なくとも、今のレイズには、その少女と過ごした記憶など存在していない。
それなのに。
身体だけが、その名を知っているかのように反応した。
胸の奥が締め付けられる。
懐かしいような。
苦しいような。
何か大切なものを失ったときのような、説明のつかない喪失感が込み上げてくる。
「……メルェ……?」
レイズは確かめるように、その名を呟いた。
口にしただけで、喉の奥が震える。
「その子は……誰なんだ」
ヴィルは静かに目を閉じた。
「彼女は……貴方にとって、かけがえのない存在でした」
レイズの指先が僅かに震えた。
「かけがえのない……?」
「はい」
ヴィルは小さく頷く。
「魔族の少女です。まだ幼く、身寄りもなく……ある事情から、アルバード家で保護していました」
「魔族……」
その言葉を聞いた瞬間、レイズの脳裏に一つの名前が浮かぶ。
メルェイェイラ。
以前目にした墓に刻まれていた名前。
忘れようとしても、なぜか忘れることのできなかった文字。
メルェという名。
そして、メルェイェイラ。
偶然とは思えない。
「もしかして……」
レイズは掠れた声で問いかける。
「墓に名前が刻まれていた……メルェイェイラ……」
ヴィルの瞳が僅かに揺れた。
それだけで答えは十分だった。
「……そうです」
短い返事。
だが、その言葉は重くレイズの胸へ沈んだ。
墓がある。
それはつまり。
彼女は、もうこの世界を生きてはいない。
レイズは唇を僅かに開いたまま、言葉を失う。
ヴィルはそんなレイズを見つめながら、ゆっくりと話を続けた。
「貴方とメルェは、よく一緒に過ごしていました」
「俺と……?」
「ええ」
ヴィルの視線が遠くなる。
まるで、もう二度と戻らない過去を眺めるように。
「当時の貴方は、今以上に不器用な子供でした。人との接し方も分からず、自分の気持ちを素直に言葉へすることもできなかった」
「……今以上にって、余計だろ」
思わず漏れた小さな反論。
だが、ヴィルは笑わなかった。
表情を僅かに和らげただけだった。
「ですが、メルェの前では違いました」
その言葉に、レイズは黙る。
「貴方はリアノと共に彼女へ食事を運びました。文字を教え、自分の持っている本を貸し、屋敷の庭を案内した。誰かに命じられたわけではありません」
ヴィルの声には、確かな懐かしさが含まれていた。
「貴方自身が、そうしたいと望んだのです」
記憶はない。
それでも、その光景を想像すると胸が痛んだ。
幼い自分。
その隣を歩く魔族の少女。
どのような顔をしていたのか。
どのような声で笑ったのか。
何一つ分からない。
それなのに、失ってしまったことだけが苦しい。
「メルェは……どんな子だった?」
レイズは静かに尋ねる。
ヴィルは少しだけ考え、穏やかに答えた。
「明るく、素直な少女でした……」
「最初は人間を恐れていました。無理もありません。魔族であるという理由だけで、これまで何度も酷い目に遭ってきたはずです。」
ヴィルの目に影が落ちる。
「ですが、貴方には次第に心を開きました」
「俺に……」
「はい。貴方は彼女が魔族であることを、ほとんど気にしていませんでしたから」
レイズは眉を寄せる。
「ほとんど?」
「角を触ろうとして、何度も怒られていましたね……」
「……それは俺が悪いな」
僅かに苦笑する。
だが、その笑みはすぐに消えた。
ヴィルの表情が、再び重くなったからだ。
「貴方は、メルェを守ると約束しました」
その言葉に、レイズの心臓が強く跳ねる。
「守る……?」
「はい……」
ヴィルは頷く。
「幼いながらも、貴方は真剣でした。メルェを傷つける者がいるのなら、自分が必ず守るのだと」
静かな声が部屋へ響く。
「その想いは、貴方を強くしました」
「しかし同時に……」
ヴィルは目を伏せた。
「貴方を、あまりにも脆くしてしまった」
レイズは息を飲む。
「……それで」
聞くのが怖い。
だが、逃げてはいけない。
「メルェは……どうなったんだ?」
ヴィルはすぐには答えなかった。
沈黙が、答えそのもののように思えた。
やがて、重く唇を開く。
「彼女は……それから……命を落としました」
短い言葉だった。
だが、その一言だけで部屋の空気が変わった。
胸の奥に鋭い痛みが走る。
記憶などない。
悲しむ資格があるのかすら、レイズには分からない。
それでも、涙が込み上げそうになる。
「村で起きた、不幸な出来事の中です。」
ヴィルは続ける。
「メルェは、罪を犯した者として捕らえられました……」
「罪……?」
「あの村では、当時盗難が相次いでいました。食料や金品。僅かなものではありましたが、住民たちにとっては生活に関わる問題です」
ヴィルの声は静かだった。
だが、奥底には今なお消えない怒りが滲んでいた。
「そして、ある日。村の者たちは、見慣れない服を身に纏ったメルェを見つけたのです。」
「見慣れない服?」
「彼女は、アルバード家が用意した衣服を着ていませんでした。」
レイズの目が細められる。
「では、何を?」
「ボロボロの服を着せられていたのです」
その言葉に、レイズの喉が鳴る。
明らかに不自然だった。
「さらに、その衣服の中から盗まれた品が見つかった」
「……っ」
「誰かが、彼女へ罪を擦り付けたのです」
レイズの拳が膝の上で強く握られる。
「魔族であること」
「村の者たちにとって見慣れない存在であったこと」
「そして、盗まれた品を持っていたこと」
ヴィルは一つずつ事実を並べる。
「すべてが、彼女を犯人に仕立て上げるために整えられていた」
「ふざけるな……」
低い声が、レイズの喉から漏れる。
自分でも驚くほど冷たい声だった。
「それだけで……殺されたのか?」
ヴィルは苦しそうに目を伏せた。
「村人たちは、最初から彼女を殺すつもりだったわけでは……なかったのです。」
「ですが、魔族への恐怖と怒りが重なり、誰かが彼女へ手を上げた」
「一人が手を出せば、次の者も続く」
「誰も止められなくなったのです。」
ヴィルの声が僅かに震える。
「そして、私たちが事態を知ったときには……遅かった」
レイズは何も言えなかった。
頭の中で、見たこともない光景が形を作ろうとする。
大勢の村人たちに囲まれる少女。
何度説明しても信じてもらえず。
逃げることすらできず。
助けを求めても、誰も来ない。
「俺は……」
レイズは唇を噛む。
「そのとき、何をしていた……?」
ヴィルの表情が苦しげに歪む。
「屋敷にいました」
「……屋敷に?」
「メルェは、貴方へ何も告げずに外へ出ていたのです……」
レイズの胸に疑問が浮かぶ。
「なぜ?」
「分かりません」
ヴィルは首を横に振る。
「ですが、メルェが自ら進んで村へ向かったとは考えにくいです。」
「誰かに呼び出された」
「あるいは、連れ出された可能性があります。」
レイズの拳が震える。
最初から仕組まれていた。
服を替えさせられ。
盗品を持たされ。
村人たちの怒りが集まる場所へ連れて行かれた。
「俺は……間に合わなかったのか」
「はい」
ヴィルの返事は、残酷なほど静かだった。
「私も……間に合いませんでした……」
その一言だけで、ヴィルがどれほど自分を責め続けてきたのかが伝わった。
「メルェが亡くなったと知ったときの貴方の姿を、私は今でも忘れられません」
ヴィルはゆっくりと目を閉じる。
その表情には、過去へ引き戻されるような痛みが浮かんでいた。
「貴方は、泣いていました」
「声が枯れても」
「涙が出なくなっても」
「何度も、何度も彼女の名を呼び続けていた」
レイズの胸が締め付けられる。
知らないはずの光景。
だが、なぜか鮮明に想像できてしまう。
何かを失った子供が、失ったことすら認められずに泣き続ける姿。
「そして貴方は、私へ言いました」
ヴィルの声が僅かに掠れる。
その瞬間。
部屋の景色が揺らぐように感じられた。
ヴィルの記憶の中にある、幼いレイズの声が蘇る。
『じいさまもいたのに!』
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、幼いレイズが叫んでいる。
『なんで助けてくれなかったんだよ!』
小さな拳を握り締め。
震える身体で。
目の前にいるヴィルを責める。
『彼女が魔族だからですか!?』
その言葉は、今もヴィルの胸に深く突き刺さったままだった。
ヴィルは過去の自分へ戻るように、静かに言葉を続ける。
『レイズ』
『メルェが魔族であることは関係ありません』
『ですが……貴方は、自分で彼女を守ると言ったでしょう』
その言葉に。
幼いレイズは目を見開いた。
ヴィルは責任を教えようとした。
悲しみへ飲み込まれた少年に。
守ると誓った言葉の重さを伝えようとした。
だが。
あのときのレイズには。
その言葉を受け止める余裕など、どこにもない。
『……分かったよ』
少年は震える声で答えた。
涙は止まっていた。
だが、その瞳には、それまでとは違う光が宿っていた。
『そういうことなら……僕がメルェの無念を晴らす』
『村の連中だろ!?』
『あいつらがメルェを殺したんだ!!』
『絶対に許さない!!!!』
ヴィルは即座に声を強めた。
『レイズ!』
『何をしようとしているのか分かっているのですか!』
『村の人間が行ったことは決して許されることではありません』
『ですが、村の者たちも――』
『うるさい!』
幼いレイズの叫びが、ヴィルの言葉を遮った。
『うるさい! うるさい!!』
『誰も助けてくれなかった!』
『じいさまも!』
『村の奴らも!』
『みんなメルェを見殺しにしたんだ!』
言葉を叩きつけるように叫ぶと、レイズは身を翻した。
『レイズ!』
ヴィルが手を伸ばす。
だが。
その手が届く前に、少年は部屋を飛び出していた。
『待ちなさい! レイズ!!』
廊下を駆け抜ける足音。
追いかける者たちの声。
泣きながら。
息を切らしながら。
それでも止まることなく。
幼いレイズは、夜の闇へ向かって走っていった。
やがて、ヴィルの声が現在へ戻る。
「……そうして、悲劇は起きました」
重く。
低い声だった。
「私たちはすぐに貴方を追いました」
「ですが、間に合わなかった…」
ヴィルは強く拳を握る。
「貴方は、夜遅くに一人で村へ向かい……怒りのまま、村の者たちを襲ったのです」
レイズは息を詰める。
聞かなければならない。
だが、一つ一つの言葉が重い。
「村人たちは、メルェへ手を上げた者たちです」
「しかし、真犯人ではない」
「誰かに利用され、怒りを向ける先を誤らされた者たちでもありました」
ヴィルの声が震える。
「ですが、あのときの貴方には、誰の声も届かなかった」
「剣を振るい」
「魔法を放ち」
「止めようとした者すら、敵と見なした」
レイズの視線が落ちる。
「死者は……?」
声を絞り出す。
ヴィルは一度だけ目を閉じた。
「幸い、死者は出ませんでした」
レイズの肺から、詰まっていた息が僅かに漏れる。
「ですが、何人もの者が重傷を負いました…」
「今も傷が残っている者もいます。」
安堵などできない。
死者がいなかったというだけだ。
自分を憎むには十分すぎる。
「私たちは、貴方を力ずくで取り押さえました」
ヴィルは苦しげに続ける。
「何度呼び掛けても、貴方は止まらなかった」
「だから私は……貴方を傷つけてでも止めるしかなかった」
レイズの脳裏に、時折ヴィルが見せていた鋭い眼差しが浮かぶ。
あれは嫌悪ではなかった。
失望だけでもない。
再び同じことを起こさせてはならないという、警戒だったのだ。
「屋敷へ連れ戻した後」
「私たちは、しばらくの間、貴方を部屋へ閉じ込めました」
「監禁せざるを得なかったのです」
重い沈黙。
「それからです」
ヴィルの声音に、深い寂しさが混ざる。
「貴方が、私と口をきかなくなったのは」
レイズは黙ったまま、膝の上の拳を見つめた。
過去の自分が行ったこと。
自分自身の記憶にはない。
今の自分が直接やったわけでもない。
だが。
この身体で。
レイズという名で。
確かに行われたことだった。
なかったことにはできない。
「……俺が村を襲ったのか……」
呟く。
「はい」
「メルェを守れなかった怒りを……村人にぶつけた……?」
「……はい」
「本当は」
レイズの声が震える。
「俺が一番許せなかったのは……守れなかった自分だったのか?」
ヴィルは答えなかった。
だが、その沈黙が肯定だった。
守ると誓った。
それなのに守れなかった。
その無力さを認めることができず。
誰かを憎むことでしか、自分を保てなかった。
幼い子供が背負うには、あまりにも大きな悲しみだった。
だからといって。
村人を傷つけた罪が消えるわけではない。
「そうだったのか……」
レイズは深く息を吐く。
「だから、あの村の人たちは……」
店で向けられた視線。
男が机を叩きながら叫んだ言葉。
よりによって、この場所へ来るな。
あれは当然の怒りだった。
突然、自分たちを襲った貴族の少年。
その少年が、何事もなかったように再び現れた。
恐ろしくないはずがない。
許せるはずがない。
「俺は……何も知らずに」
ジュースを飲んでいた。
美味いと笑っていた。
自分がかつて血と恐怖を残した場所で。
「……最低だな」
レイズの呟きに、ヴィルが顔を上げる。
「それは違います」
「違わないだろ……」
「今の貴方は知らなかった」
「でも、あの人たちには関係ないだろ」
レイズはヴィルを見る。
「今の俺だろうが、昔の俺だろうが」
「彼らにとっては、同じレイズだ」
ヴィルは何も言えなかった。
レイズは静かに理解していた。
過去の自分が荒れた理由。
ヴィルと距離を取るようになった理由。
村人たちが自分を恐れる理由。
それらが、ようやく一本の線として繋がった。
だが。
すべてを理解したからこそ。
新たな怒りが胸の底から湧き上がってくる。
「メルェを……」
レイズの声が低くなる。
膝の上で握った拳が、強く震える。
「メルェを嵌めた奴は……」
顔を上げる。
その瞳には、これまでヴィルが見てきた今のレイズとは異なるほど、鋭い怒りが宿っていた。
「許せねぇ……」
ヴィルは深く息を吐く。
「ええ」
静かに頷く。
「私も許せません」
迷いのない言葉だった。
「だからこそ、私はこの件が偶然ではないと考えています」
レイズの目が細められる。
「誰かが意図して仕組んだ」
「はい」
ヴィルは頷く。
「メルェが着ていた服」
「盗難の起きていた時期」
「彼女の持ち物から見つかった盗品」
「そのすべてが、あまりにも整いすぎていた」
「誰かが、メルェを村人たちに殺させた」
「そして……」
ヴィルの声がさらに低くなる。
「貴方が怒りに任せて村を襲うことすら、見越していた可能性があります……」
その言葉に。
レイズの背筋へ冷たいものが走った。
メルェを殺すだけではない。
レイズを壊し。
村人を傷つけさせ。
アルバード家と領民の間に、修復の難しい溝を作る。
それが目的だったとするなら。
恐ろしく周到な計画だった。
「じゃあ……」
レイズは唇を噛み締める。
「真犯人はどうなった」
「捕まったのか?」
「処分されたのか?」
ヴィルはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ」
「はっきりとは分かっていません」
「痕跡は、ほとんど残されていなかった」
レイズの怒りが強くなる。
「そんな……」
「ですが」
ヴィルが真っ直ぐレイズを見る。
「だからこそ、貴方には乗り越えていただかなければなりません」
「乗り越える……?」
「感情のままに動けば、再び同じ悲劇が起きます」
ヴィルの声には、厳しさが宿っていた。
「怒りは、力になります」
「ですが、怒りだけで振るう力は、必ず誰かを傷つける」
「敵だけではありません」
「守りたい者すら」
「自分自身すら傷つけます」
レイズは奥歯を噛み締める。
正しい。
ヴィルの言葉は正しい。
頭では理解できる。
「過去の私も、同じ経験をしています」
ヴィルの表情に、一瞬だけ深い影が落ちた。
「私は怒りに任せて、多くのものを失いました」
「だからこそ」
ヴィルは一つ一つ言葉を置く。
「貴方には、私と同じ道を歩んでほしくない」
「真実を求めることと」
「復讐を求めることは違います」
「憎しみによって正義を曲げれば」
「結局、誰も救うことはできません」
レイズは目を閉じる。
メルェの姿は思い出せない。
声も。
笑顔も。
交わした約束も。
何一つ記憶には残っていない。
だが。
失った痛みだけが、身体の奥に残っている。
「……分かってる」
レイズは静かに答えた。
「俺は、守れなかった」
「その事実は消えない」
「村の人たちを傷つけたことも」
「なかったことにはできない」
ゆっくりと目を開く。
「でも、今度は逃げない」
怒りは消えていない。
むしろ強くなっている。
だが、その怒りに呑み込まれるつもりもなかった。
「必ず真実を掴む」
「メルェを陥れた奴が誰なのか」
「何のために、こんなことをしたのか」
「全部……俺が突き止める」
ヴィルの瞳が僅かに和らぐ。
それでも、声には厳しさを残したまま告げる。
「一つだけ、忘れないでください」
「真実を知ることが」
「必ずしも、貴方の望む救いになるとは限りません」
レイズは黙って聞く。
「知れば、さらに傷つくこともある」
「信じていたものを失うこともある」
「それでも進む覚悟が必要です」
「ああ」
レイズは深く頷いた。
「肝に銘じるよ……ヴィル」
その瞳には、怒りの奥で静かに燃え続ける覚悟が宿っていた。
レイズは、ヴィルの話を聞いていた。
一つ一つの言葉を。
逃げずに受け止め。
理解しようとしていた。
理屈は分かる。
復讐では何も救えないことも。
村人たちもまた、誰かに利用された被害者であることも。
過去の自分が行ったことを、なかったことにはできないことも。
すべて理解していた。
それでも。
理解だけでは、到底追いつかない感情があった。
メルェを守れなかったこと。
過去の自分が暴走したこと。
村人たちを傷つけたこと。
そして、そのすべてが誰かの意思によって仕組まれていた可能性。
胸の奥で渦巻く怒りは、少しも静まってはいない。
レイズは膝の上で拳を握り締める。
爪が皮膚へ食い込む。
震えを抑えようとしても。
どうしても止めることができなかった。




