そして口に広がるのは涙の味。
レイズは無言で走り出した。
――自分がやったわけじゃない。
だが、過去の自分がやったことなら、それはもう「自分の責任」だ。
だから、気にするな。
そう言い聞かせたつもりだった。
だが、喉の奥に広がったのは汗の味ではなかった。
ほんの少し――しょっぱい、涙の味。
レイズは舌打ちを飲み込み、ただ前だけを見て走り続けた。
その背中を追いかけるリアナ。
出発のときに浮かべていた無邪気な笑顔はもうない。
ただひたすらに、彼女の胸にあるのは心配と敬意だけだった。
(……レイズ様。やっぱり……強い方です)
尊敬と切なさに胸を締め付けられながら、リアナは小さく唇を噛みしめる。
一方で、クリスは表情を変えなかった。
冷静沈着な騎士の顔のまま、淡々と主の背を追う。
だが――その胸の奥底に渦巻いていたのは、リアナの心配よりも遥かに重く、恐ろしいほどの感情だった。
(……あの方を笑った連中。許さない。
命に代えてでも、この方を――護る)
静かに、だが燃えるように。
クリスの中で、忠誠がさらに深く刻まれていくのだった。
アルバードの敷地へ戻ってきた三人。
門の前には、心配して待っていたのだろう――リアノとイザベルの姿があった。
声をかけようとした。
だが、その表情を見た瞬間、二人は何も言えなかった。
黙って。
ただ黙って、その姿を見守り、帰ってきた三人を迎え入れる。
レイズは無言のまま、ゆっくりと屋敷の中へと歩みを進める。
リアナも、クリスも――後を追ってはいけないと悟っていた。
あの背中は、今は一人にしておくべきだと。
レイズの姿が廊下の向こうに消えたあと。
静寂を破ったのは、リアナの嗚咽だった。
震える声で押し殺そうとしても、涙は堰を切ったように溢れ出す。
その泣き声が、静まり返った屋敷の中に、いつまでも響いていた。




