外へ行くことの許可をもらう。
レイズの胸は、妙に高鳴っていた。
(おれのまわりには、最強が三人もいる……なんてイージーな世界だよ)
そう心の中で笑いながらも――同時に脳裏をよぎるのは、チュートリアルであっさり殺された“レイズ”自身の記憶だった。
(……おいおい、最強に囲まれてたはずのおれが、あんな序盤で死ぬとか。おまえ……)
自分自身に呆れつつも、不思議と“なぜそうなったのか”をぼんやり理解している気がした。
――まぁ、ひとまず。
戦力的には今、かなり余裕がある。
そんなことを考えながら、ふと「アルバードって地理的にどのあたりに位置するんだ?」と現実的な疑問が浮かんだ、そのとき。
「当主様」
リアナが姿を現した。
レイズが口を開こうとした瞬間――
「うむ。ご苦労。では食事へ向かう」
すかさず“それっぽい”言葉で切り上げる。
リアナは目を輝かせ、両手を胸の前で組んだ。
「さすが当主様ですっ!!」
その尊敬の眼差しに、レイズはどこか居心地悪くも、ほんの少し誇らしさを覚えるのだった。
食堂に足を踏み入れると、すでにヴィルとイザベルが席に着いていた。
――だが空気は妙に重苦しい。
イザベルの目元は赤く、どこか泣いたあとのように見える。
「……イザベル、なんかあったのか?」
声をかけると、彼女はびくりと肩を震わせ、慌てて笑みをつくった。
「な、なにもないわ……」
そう誤魔化しながらも、レイズの顔を一目見ると、再び沈んだ表情に戻ってしまう。
「……」
その様子にレイズは言葉を失うが、ヴィルが静かに口を開いた。
「……気にしなくてよいのです」
祖父の落ち着いた声に押され、それ以上は追及できず、三人は食事を続けることになった。
――だが、胸の奥にざらついた違和感だけが残った。
やがて沈黙を破ったのは、レイズ自身だった。
「なぁ、ヴィル……」
スプーンを置き、真剣な眼差しを向ける。
「俺の知ってる世界だと“アルバード”なんて存在してなかったんだが……一体どこに位置してるんだ?」
その問いに、ヴィルは少しだけ間を置いてから答えた。
「……アルバードは、人の領土と魔族の領土。そのちょうど狭間に存在しているのです」
「……!」
レイズは思わず息を呑む。
(……人間と魔族の境界線……!)
あまりにも危うい立地。
だが同時に、腑に落ちる。
(――まぁ、そりゃそうだよな。これだけの化物がいれば、魔族どもも手を出せねぇわけだ……)
そう内心で呟きながらも、胸の奥にざわつきが広がっていくのを、レイズは抑えきれなかった。
「なぁ、ヴィル。明日は街のほうまでジョギングしたいんだけど……だめかな?」
その言葉に、食卓の空気が一瞬止まる。
ヴィルの瞳が細められる。
それは“ここから出ることを厳禁”と最初に釘を刺した本人の視線だった。
「……そうですね」
低く、考えるように言葉を選びながら続ける。
「私は最近、レイズに対しての“監視”は必要ないのではないかと思い始めていました。ですが……街へ行けば、後悔することになります。私はお勧めできません」
「後悔……?」
レイズは思わず首をかしげる。意味が掴めない。
イザベルはその言葉に、かすかに肩を震わせた。
「……レイズくん。私も……おじいさまの意見に賛成かな」
伏せた瞳の奥に、言い知れぬ不安を宿している。
レイズは眉をひそめ、むしろ余計に気になって仕方がなくなる。
「一体なんなんだよ……! そんな言い方したら余計に行きたくなるだろ!」
勢いよく立ち上がると、ぐっと胸を叩いて宣言する。
「大丈夫だ。俺はなにも後悔しない。……それに、護衛をつけてくれれば安全だろ?」
その言葉にヴィルはしばし沈黙したのち、静かに頷いた。
「……わかりました。では、条件をつけましょう。リアナとクリスを同行させます。それでよろしいですか」
「リアナと……クリス?」
レイズは思わず絶句する。護衛という言葉からは想像もしていなかった名前だ。
特にリアナ。彼女の明るい笑顔と、何気なく見せる怪力のギャップを思い出し――背筋にひやりとしたものが走る。
(おいおい……まさか、リアナもめちゃくちゃ強いのか……?)
内心で冷や汗をかきながらも、無理やり笑ってみせる。
「ま、まぁ……いいだろ。それで頼む」
ヴィルはふっと口元を緩める。
「安心してください。ここにいる者は皆、今のレイズより――ほんの少しだけ、強いのです」
「……ほんの少し?」
レイズは顔を引きつらせ、イザベルは苦笑いを浮かべる。
その言葉がどのくらいの“物差し”なのか、レイズにはまだ理解できなかった。
それでも胸の奥に芽生えるのは、不安よりも大きな期待だった。
(ようやく……この屋敷の外に出られる。外の世界を、この目で見られるんだ……!)
レイズの心は、知らぬ景色へのわくわくで満ちていくのだった。




