こっそり使うチート技。
「なぁイザベル……もう一回。
魔力を纏ってみろよ。今度は全力でいいからさ」
イザベルは小首をかしげ、からかうような声で返す。
「ふーん……そんなに私に触りたいんだ?」
「ち、違ぇよ!!」
思わず顔を真っ赤にしながらも、レイズは心の奥で怒りの火を灯していた。
(……見てろよ。今度こそ驚かせてやるからな!)
そう心の中で呟きながら、両手を握りしめる。
イザベルは、そんなレイズの本気の気配を察してか、くすりと笑った。
「……じゃあ、本気でいくね」
彼女の細い手が淡い光に包まれ、透明な壁のような魔力が空気を震わせて広がっていく。
前よりもずっと濃く、分厚く――これこそイザベルの“全力”。
「さぁ、レイズくん。掴めるもんなら、掴んでみて?」
イザベルの挑発に、レイズは歯を食いしばった。
「……上等だ。今度こそ――絶対に掴んでやる!」
レイズは、ふっと目を細める。
(……ただ力任せにやったって突破できねぇ。なら……)
こっそりと、自分の掌に死属性の魔力を纏わせる。
ひんやりとした冷気のような気配が指先に集まり――
「……消えろ」
低く呟いた瞬間、イザベルの分厚い魔力壁が音もなく掻き消えた。
次の刹那――
「なっ……!?」
イザベルが反応するよりも早く、レイズの手が彼女の腕を掴んでいた。
しっかりと触れている。確かに、今度は隔てるものが何もなかった。
「……どうだ! 驚いたか!? なぁ!? さぁ!」
誇らしげに胸を張り、不敵な笑みを浮かべるレイズ。
その様子は、子供のように勝ち誇っているようでもあり、どこか本気で嬉しそうでもある。
イザベルは掴まれた腕をじっと見つめ――
やがて頬をほんのり赤く染めながら、目を逸らす。
「……っ、もう……ほんとに掴んじゃうなんて……」
レイズは腕を掴んだまま、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「…… 驚いただろ!? さぁ、もっと驚けよ!」
その声は自信に満ちている。
自分が工夫して、工夫して、やっと成し遂げた突破だ。
誇らしくて仕方ない――はずだった。
けれど。
「……っ、ほんとに掴んじゃうなんて……」
イザベルは頬を赤くし、目を逸らしながら小さな声でさらに呟いた。
怒るでもなく、拗ねるでもなく。
ただ恥ずかしそうに、嬉しそうに。
――なんだよ、それ。
レイズの胸に、妙な感情が走った。
勝ったはずなのに。
仕返ししてやったはずなのに。
(……なんで俺のほうが負けた気分になってんだ……)
勝ち誇った笑みは、そのまま何故かぎこちなく引きつってしまうのだった。
イザベルがふっと柔らかく笑った。
「……そろそろ離してくれる? ね? ね?」
軽く首を傾げ、からかうように言うその声音。
けれど笑みの奥には、不思議と温かさが滲んでいた。
レイズは一瞬、何も返せなかった。
(……すべすべ……だ……)
少女の細い腕に触れた指先から、妙に鮮明な感覚が伝わってくる。
今まで意識したことのない「柔らかさ」と「温かさ」。
心臓が、どくん、と跳ねた。
「な、なな……っ」
慌てて手を離すと、レイズは耳まで赤くしながら思わず背を向ける。
「ちょ、ちょっと! ……これは、その……!」
言い訳もまともに出てこない。
ただひたすらに、恥ずかしさがこみ上げてくるのだった。
結局レイズの敗北であった。




