リアノだけの物語
リアノだけの物語
再び目を覚ますと、昨日と同じ光景が目に映った。
(……結局またこれかよ)
レイズは心の中で苦笑しつつも、すぐに気づく。
傍らには――リアノがいた。
目が合った瞬間、リアノはびくりと肩を揺らす。
また叱られて追い出されると思ったのか、深くお辞儀をして部屋を出ようとした。
その瞳には、涙が光っている。
だが、レイズは思った。
ウラトスのことは頭から離れない。けれど――この子を、いま行かせてはいけない。
「……まてぃ!!」
思わず叫んでいた。
リアノは振り返り、驚いたように目を見開く。
だが、すぐにその瞳に喜びが広がっていった。
涙を浮かべたまま、それでも微笑んで応える。
「……はい。レイズ様、なんでしょうか」
その声は、いつになく優しかった。
レイズは少しうつむき、頬をかきながら言葉を絞り出す。
「その……初日も、二日目も……あの乾きの時、いつも助けてくれただろ。
ちゃんと礼、言えてなかったなって……」
視線を逸らしながら、けれど確かに伝える。
「リアノ。いつも支えてくれて、ありがとう」
その瞬間、リアノの堰が切れた。
ぽろぽろと涙が零れ落ち、声にならない嗚咽とともに――彼女は泣き崩れてしまった。
リアノだけの物語
リアノの胸の奥には――誰にも語ったことのない記憶が眠っていた。
それは、かつてのレイズに対する“恩”だった。
まだメルェが生きていた。いた頃。
ほんの一瞬の時にだったかもしれない。
でもその瞬間、確かに自分とメルェはレイズに救われいた。
どんな些細なことであったとしても、リアノにとってはかけがえのない出来事だった。
それは彼女の心に深く刻まれ、消えることなくずっと残り続けている。
……けれど今のレイズは、そのことを何ひとつ覚えてはいない。むしろ思い出してはいけないと
そして、それはまるで初めから存在しなかったかのように、普通に接してくる。
それが胸を刺すように苦しかった。
忘れられてしまったのなら、私の想いはメルェの想いは何だったのだろう――そう思うこともある。
けれど、それでもいい。
覚えていなくても構わない。
恩を返すのは、今は私ひとりで十分だから。
「……だから私は、あの方を支える」
その決意だけを胸に、リアノは涙を見せずに微笑んでいた。
そして誰よりも静かに、誰よりも近くで、レイズを見守り続けていた。
しかし、最近のレイズ君はイザベル様やリアナとたくさんの人に支えられ生き生きとしている。
それがリアノにとって、余計に辛かった。
その想いは恋なのか、恩なのかわからない感情を彼女の胸には渦巻いていた。
そしてレイズに感謝されること、それは彼女にはとてつもなく重たい響きだった。
事情を何も知らないレイズは、ただ目の前で泣き崩れるリアノに慌てるしかなかった。
「お、おい!! なんで泣くんだよ……!」
必死に声をかけても、リアノは応えない。
ただ肩を震わせ、嗚咽をこらえきれずに涙を流し続けていた。
理由はわからない。
何がそんなに彼女を泣かせるのか、レイズには想像もつかない。
――けれど、その涙が“本物”であることだけは痛いほど伝わっている。
戸惑い、焦りながらも、レイズはただ彼女の名を呼び続けるしかなかった。




