ウラトスのストーリーを理解する
レイズは深く息を吐き、今日一日の出来事を頭の中で反芻していた。
そして、ふと一人の男の顔が浮かぶ。
「……クリス」
その名前を口にした瞬間、別の男の姿が記憶の底から蘇った。
ゲームの中で、幾度となくプレイヤーたちを葬り去った謎の剣士。
何度挑んでも勝てず、何度も全滅させられ、それでも繰り返し挑戦し――ようやく倒すことのできた強敵。
――ウラトス。
ゲーム終盤に突如として現れる、正体不明の剣士だった。
レイズは目を閉じる。
今でも覚えている。
ウラトスとの戦いに勝利した直後のことを。
満身創痍となったウラトスを前に、主人公であるカイルが問いかける。
『一体あなたは……何者なんですか? それに、その強さ……どうして……!』
その問いに、ウラトスはすぐには答えなかった。
一瞬だけ遠くを見るような目をして――やがて、不敵に笑った。
『……私は恩を返せなかった。助けることもできなかった。そして今も……なにも出来ずにいる』
それだけだった。
何の説明もない。
誰への恩なのか。
誰を助けられなかったのか。
何ができなかったのか。
何一つ語らないまま――。
次の瞬間。
ウラトスは迷うことなく、自らの首を剣で貫いた。
――退場。
あまりにも唐突だった。
あまりにも説明不足だった。
当然、当時のプレイヤーたちは揃って思った。
――だから、なんなんだよ。
最後くらい説明しろ。
結局お前は誰なんだ。
そんな声が溢れた。
だが、それでもウラトスというキャラクターは、一部のプレイヤーから絶大な人気を誇っていた。
圧倒的な強さ。
敵でありながら、どこか滲み出る哀愁。
そして最後まで明かされない正体。
分からない。
だからこそ、知りたくなる。
そんな男だった。
年齢すら公開されていなかった。
外見だけなら、四十代後半から五十代ほど。
強さと渋みを併せ持つ――謎の剣士。
けれど今。
レイズは、その男とよく似た雰囲気を持つ人物を知っている。
「…………」
クリス。
若い。
当然、ゲームのウラトスとは外見も年齢も違う。
それでも。
剣を握った時の立ち姿。
異常なまでの強さ。
そして何より――。
ヴィルに向ける眼差し。
レイズは今日までに見てきたものを、一つずつ頭の中で並べていく。
そして、ある言葉に引っかかった。
『私は恩を返せなかった』
「……恩って」
小さく呟く。
真っ先に浮かんだのはヴィルだった。
今のクリスを見ていれば分かる。
クリスにとって、ヴィルはただの上司でもなければ、ただの老人でもない。
明らかに特別な存在だ。
ならば――。
(あれは……ヴィルに恩を返せなかったって意味なのか?)
そう考えれば、確かに筋は通る。
けれど。
まだ残っている。
『助けることもできなかった』
(……誰を?)
その言葉だけが引っかかった。
ヴィルなのか。
それとも――別の誰かなのか。
レイズは眉を寄せる。
そして、ゲームの記憶をさらに掘り起こした。
ウラトスは、主人公たちと出会った瞬間から明確な敵意を向けていた。
特に――カイルへ。
理由など説明されなかった。
ただ、殺意と言っていいほどの感情を向け、容赦なく斬りかかってきた。
当時は「そういう敵キャラなのだ」としか思わなかった。
だが。
もし。
もしも、今の自分が知っている情報と繋がっているのだとしたら。
「…………まさか」
レイズの背筋に、ぞくりとしたものが走った。
ゲームの歴史では。
レイズ・アルバードは――カイルに殺される。
そしてクリスが、未来のウラトスなのだとしたら。
『助けることもできなかった』
その言葉が指していた相手は――。
「……俺のことか?」
思わず声が漏れた。
心臓が大きく脈打つ。
散らばっていた記憶が、一つずつ繋がっていく。
ウラトスがカイルへ向けていた、あの異常なまでの敵意。
理由もなく襲ってきたのではない。
もし本当に――。
(俺を殺した相手だったから……?)
そう考えれば。
あの殺意にも、初めて理由が生まれる。
さらに、最後の言葉。
『そして今も……なにも出来ずにいる』
それは――。
守れなかった。
そして、仇を討つことすらできなかった。
そんな意味だったのではないか。
「…………」
レイズは言葉を失った。
頭の中で、ばらばらだったパズルの欠片が急速に組み上がっていく。
クリス。
ヴィル。
ウラトス。
カイル。
そして――レイズ・アルバード。
(……そういうことなのか?)
もし、この推測が正しいのなら。
ゲームでは意味不明だったウラトスの言葉は。
すべて――レイズの死へと繋がっている。
恩を返せなかった。
助けることもできなかった。
今も、なにも出来ずにいる。
それは。
大切なものを守れなかった男が、何十年もの間抱え続けた後悔だったのではないか。
「…………」
胸の奥が熱くなる。
ゲームをプレイしていた頃、どれだけ考えても分からなかった謎。
誰なのか。
何のために戦っていたのか。
なぜカイルをあれほど憎んでいたのか。
その答えらしきものを――。
今、自分だけが知ろうとしている。
ゲームでは決して語られなかった物語。
画面の向こうでは描かれなかった時間。
そこに確かに生きていた者たちの想い。
その断片を、自分だけが拾い上げている。
ゲームを知る者としては、興奮せずにはいられなかった。
(やべぇ……)
誰かに話したい。
説明したい。
「あの台詞って、こういう意味だったのかもしれないぞ」と。
かつて一緒にゲームを語った誰かがここにいたなら、朝まででも話していたかもしれない。
だが――。
高揚する気持ちとは裏腹に。
どうしても消えない疑問が残った。
「…………待てよ」
レイズの表情から、少しずつ笑みが消えていく。
もし。
今のクリスが、未来のウラトスになるのだとしたら。
どうして――。
(あれほど強いクリスが……なんで俺を守れなかった?)
あれほどの剣士だ。
今ですら、常人とは比べものにならない。
それが何十年も生き、さらに強くなった姿がウラトスなのだとすれば。
そんな男が。
なぜレイズの側にいなかった?
そして、もう一つ。
もっと根本的な疑問。
「……なんで」
レイズは小さく呟く。
「クリスじゃなくて……ウラトスなんだ?」
名前が違う。
それだけではない。
ゲームで見たウラトスは、今目の前にいるクリスとはあまりにも違っていた。
何があった。
この先。
クリスに何が起きる?
ヴィルに何が起きる?
自分に――。
レイズ・アルバードに、一体何が起きる?
分かったと思った。
ゲームでは語られなかった答えに、ようやく手が届いたと思った。
けれど。
一つの謎が解けかけた瞬間。
その奥から――さらに大きな謎が姿を現した。
なぜクリスは、レイズを守れなかったのか。
そして。
なぜ彼は――。
“ウラトス”になったのか。




