最大の魅せ場。
ゆっくりと起き上がるレイズ。
その身体には泥がまとわりつき、全身が重くのしかかる。
けれど、その背中を支えるように――周囲からは心配の視線が注がれていた。
普通なら、惨めで恥ずかしい気持ちになる場面。
だが、レイズは知っていた。
――この状況こそ“最大限に自分を魅せられる”チャンスだと。
顔を俯け、泥にまみれたまま表情を隠す。
しかしその沈黙の姿勢が、逆に「まだ立ち向かう」という気迫を漂わせる。
皆の視線が一斉に集まる。
(……今だ!)
レイズは喉を震わせ、重々しく言葉を紡ぎ出す。
「俺は、まだ――」
その瞬間。
「……さぁ、続けてください」
ヴィルが静かに言葉をかぶせた。
レイズの決め台詞は、無慈悲にも“本物の当主の圧”にかき消される。
場に微妙な空気が流れ、レイズは泥の中で叫びそうになる。
(ぜってえぶったおす!!!)
レイズの怒りはなぜかクリスへ向かうのだった。
幾度も木刀がぶつかり合う。
何度も、何度も。
レイズは転がり、泥に沈み、それでも立ち上がる。
全身は泥まみれ。
息は荒く、体は重く、それでも――彼は挑み続けた。
惨めな姿をさらしているはずなのに、誰ひとりとして嘲笑する者はいない。
なぜなら、そこに“成長”を確かに見ていたからだ。
ヴィルも、クリスも、イザベルも。
その姿をただ黙って見つめ、受け止めていた。
――ただ、一人を除いて。
「……レイズ君っ!」
リアノだけは、こらえきれなかった。
頬に涙を流しながら、必死に駆け寄っていく。
泥にまみれながらも剣を振り続けるその姿に、彼女の胸は痛みでいっぱいになっている。
泥にまみれたレイズへ、リアノが駆け寄る。
その小さな身体で、必死にレイズを抱き締めた。
「もう……やめてください!」
震える声。
それは、彼女だけが知る“ある事情”から来る懇願だった。
「レイズ様は……とても立派です。弱くなんてありません。
でも……今は、どうか……」
必死に訴えるリアノ。
その様子に、ヴィルが重々しい声を落とす。
「……リアノ、それは余計にレイズを――」
しかし、その言葉を遮るように、レイズが叫んだ。
「俺は弱い!! こんなの……弱い者いじめだ!!」
張り裂けるような声。
その瞳には、確かな悔しさと決意が宿っていた。
そして――続ける。
「……だが、それも今だけだ。
俺は……強くなる。誰よりも!!」
その言葉を最後に、力尽きるようにレイズの意識は闇に沈んでいった。
それがレイズの最大の魅せ場となっていることはレイズは気付いていない。
誰よりも前へ進もうとする――その強い意思。
その姿に、ヴィルはこみ上げるものを抑えきれず、震える手で目元を覆った。
クリスもまた、静かに涙を流す。
続くように、周囲の者たちの目にも次々と涙が浮かんでいく。
一方でイザベルは違った。
涙ではなく、胸の高鳴り。
熱くドキドキする気持ちが抑えられず、視線はただレイズに釘付けになる。
――なんと立派なことか。
誰もが心の中でそう思わずにはいられなかった。




