レイバード。
ヴィルは静かに目を閉じ、そして深く息を吐いた。
「……継げる者が、レイズ。おまえしかいないのです」
その声音はどこまでも重く、迷いの欠片もなかった。
「しかし、おまえにも分かるように――以前のままでは、この家を継ぐことなど到底できはしませんでした。
だからこそ、私は決断したのです。任せると」
ヴィルはゆっくりとレイズを見据え、言葉を続ける。
「えぇ……勝手に決めてしまったことは、大変申し訳のないことだと理解している。
だが、始めに告げたはずだ。『レイズとして生きるなら、その責任は重い』と」
その言葉には、叱咤と、そして深い愛情が込められていた。
レイズはヴィルの言葉を聞きながら、ようやく腑に落ちた。
――そうか。俺は、最近になって当主に“させられた”のか。
頭の中で、最初の頃のやりとりが蘇る。
リアナが「レイズ様」と呼んでいたのに、いつの間にか「当主様」になっていたあの瞬間。
「……そういう、からくりだったのかよ」
レイズは顔を引きつらせ、心の中で思わず毒づく。
(くそっ……あの時、ぽよんぽよんの腹揺らしながら木刀と格闘してた裏で、もっと重たい話が進んでたのかよ……!)
胸の奥がズシリと重くなる。
だが、それでも逃げられない。
その“重さ”こそが、いま背負わされている現実なのだ。
レイズは慌てて声を張り上げた。
「お、俺は確かにレイズだ! だが当主とか、そんなのさっぱりわからん!
そんな簡単に決められることじゃないはずだろ!」
必死の抵抗。だがその言葉を受けたヴィルは、一切揺らがず、ただ短く答えた。
「……時間がないのです」
重く、静かな一言。
それはレイズの心に突き刺さり、返す言葉を失わせた。
「……時間がないのです」
その一言で、俺は気付いた。
(そうか……そういうことか)
ヴィルは圧倒的な怪力を振るい、どんな強者よりも揺るぎなく見えていた。
だが、それでも“老い”は確実に迫っているのだ。
この世界の寿命は短い。
強者であろうと、豪傑であろうと、年齢には抗えない。
ヴィルはまだ現役に見える――だが本人には、残された時の少なさが分かっている。
だからこそ「当主」という重荷を、俺に託したのだ。
「それなら……イザベルじゃ、だめなのか?」
俺は思わず口にしていた。
「イザベルは賢いし、優しい。領主としてだって成立するんじゃないのか?」
ヴィルは短く目を閉じ、深く頷いた。
「……確かに。イザベルは聡明で、民を導ける器を持っています。ですが――」
そして静かに続ける。
「それは本当に“最終手段”なのです」
「……最終手段?」
「ええ。だからこそ、彼女をここに呼び寄せました。
レイズ。万が一、おまえが責務を果たせぬ時……イザベルが後を継げるように」
ヴィルの言葉は冷静だが、その奥に“諦めたくない”強い意志が込められていた。
イザベルは、少し申し訳なさそうに視線を伏せた。
「……レイズくん、ごめんね。こんな話が急で……」
そして、そっと言葉を継ぐ。
「私が当主になるのが難しいのは、私の家名が“アルバード”ではなく“レイバード”だからなの。家の事情は色々複雑で……だから、簡単には継げないのよ」
イザベルの声には寂しさが混じっていた。
彼女がどれほど有能でも、家名の違いという壁が立ちはだかっている。
ヴィルは静かに首を振った。
「だが……それだけで決めたわけではない」
その眼差しは真っ直ぐレイズに向けられる。
「レイズ。おまえには素質がある。そしてそれを――確かに私に証明して見せた」
言外に示されているのは、あの日見せた“死属性”の有用性。
長らく無意味とされ、忌避されてきた力。
だがレイズは、それを可能性として示した。
レイズ自身も心の奥で気付いていた。
――自分はただの転生者ではなく、この世界で「何か」を変えられるだけの素質を持っているのだと。
レイズはヴィルの言葉を聞きながらも、胸の奥がざわめいていた。
――イザベルの家名、レイバード。
その響きに、体が勝手に震えた。
(……レイバード。間違いない。この名前……ゲームで出てきた)
脳裏によみがえるのは、あのチュートリアル。
無様に倒されたレイズ、先へと進んだときに必ず見えてくる陰謀の影――。
そこで必ず絡んでいたのが、この“レイバード”という家名だった。
(……)
優しく微笑む従姉の姿と、ゲームで悪役として描かれていた“レイバード”の名。
二つの像が重なり、レイズの心を強く揺さぶる。




