ヴィルのもう一人の孫。 挿し絵あり。
ヴィルは静かに机に向かい、羽ペンを走らせていた。
レイズの今後の鍛錬と日程。休養と食事の計画。
一枚の紙に、細やかに書き記していく。
「……これでよし」
彼はその紙を手に取り、屋敷の奥へと足を運んだ。
敷地の片隅にひっそりと佇む別の建物――
そこは、莫大な数の本が整然と並ぶ、まるで図書館のような場所だった。
だが、この部屋に立ち入ることを許される者は極めて少ない。
一般市民はもちろん、アルバード家の人間ですら、限られた者しか利用を許されていない。
扉を開けると、かすかな紙の匂いと静謐な空気が漂っていた。
その中で、一人の少女が椅子に腰かけ、本に夢中になっていた。
年の頃は十五、六。長い髪を耳にかけながら、ページをめくる指先は止まらない。
その姿を見て、ヴィルは思わず優しい眼差しを向けた。
どこか――レイズを見る時と似た、柔らかな視線だった。
「イザベル」
呼びかけると、少女はびくりと肩を震わせ、本を閉じた。
「えっ……おじいさま!? ちょ、いきなり声かけないでください……!」
慌てた様子で振り返る。
ヴィルは微笑み、静かに告げた。
「貴女にお願いしたいことがあります。協力してくれますか?」
少女――イザベルは一瞬きょとんとしたが、すぐに頬を染めて小さくうなずいた。
そう、彼女もまたヴィルの孫である。
だが――彼女の名は、イザベル・レイバード。
アルバードの名を持たぬ理由は、まだ誰も知らない。
それは後に語られる、静かに秘められた真実であった。
イザベルは、ヴィルから渡された紙を受け取り、静かに目を通す。
やがて小さく微笑んだあと、思わず吹き出してしまった。
「……そっか。レイズ君、やっと進み出したんだねぇ」
その言葉には、柔らかな温もりがあった。
まるで弟を見守る姉のように――けれどそこにはほのかに大人の色香も漂っていた。
さらに目を走らせていくうちに、イザベルは口元を押さえきれなくなり、笑いながら言った。
「ちょ、おじいさま。なによこれ....」
「ふむ?」
ヴィルが首を傾げる。
「なにって……今のレイズの能力を視覚化したもの、ですよ。私なりにわかりやすく書いたつもりですが」
イザベルは肩をすくめ、半ば呆れながらも笑いを堪えきれない。
「そういうことじゃなくて! この偏った能力評価の振り分け! こんなの真面目に描いてたの?」
だが、ヴィルにはその意味がまったく伝わっていない。
彼にとっては、ただ素直に、真剣に――孫の努力を記録した結果にすぎなかった。
イザベルはしばし沈黙し、やがてため息をひとつつく。
「……まあ、いいか。久しぶりにレイズ君とお話しできるんだねぇ」
その瞳に浮かんだのは、懐かしさと喜びの光だった。
ヴィルは立ち上がり、静かに言う。
「では、頼みます。私はレイズのもとへ向かいます」
そうして彼は背を向け、静かな足取りでその場を後にした。
残されたイザベルは、手にした紙を胸に抱き、そっと微笑む。




