繰り返す NEWSTART
彼は、またコントローラーを握っていた。
いったい何週目になるのか、もう覚えていない。数を数えることすらやめてしまった。
ただ習慣のように――いや、執念のように――今日もゲームを始める。
画面に映るのは見慣れたタイトルロゴとスタート画面。
「CONTINUE」ではなく、いつも決まって「NEW GAME」。
そして始まるチュートリアル。
攻撃ボタンの説明、移動操作、スキル発動……そんなものは、とうの昔に覚えきっている。
彼にとっての目的は別にあった。
チュートリアルの終盤に必ず現れる小太りの中年男――レイズ。
ゲーム内主人公「カイル」が最初に倒す、いわば噛ませ犬。
ストーリーに大きく関わることもなく、序盤で姿を消す運命の敵キャラ。
――だが、おかしいのはキャラクター紹介だった。
名前:レイズ
属性:氷、そして……死属性。
“死属性”。
それはこのゲームで最も無価値とされる烙印だ。
誰もが「無駄な属性」と呼び、略して“無属性”。
つかいどころなど一切ない。だからこそ公式の説明文にはこう記されている。
――死属性。
彼は、コントローラーを握る手に自然と力を込めた。
無駄と切り捨てられた男、レイズ。
だが、周回を繰り返すうちに確信めいた思いが芽生えていた。
――この男には、何かがある。
そして、今日もまたゲームが始まる。
そして――俺は知っている。
“死属性”が、どれだけ頭のおかしい性能を秘めているのかを。
氷属性だけでも十分に希少だ。
だが、死属性――そう表記されたそれは、比べ物にならない。
なにせゲームの終盤でようやく明かされる。
もし、この真実をもっと早く理解できていたなら――
歴史は、何重にも塗り替えられていたはずなのだ。
にもかかわらず、死属性は「無駄」と切り捨てられ、
チュートリアルの小太りの男――レイズに与えられた。
……笑えるだろ?
誰も気に留めないザコ敵に、世界を変える鍵が隠されているなんて。
だから俺は繰り返す。
何度も、何度でも――チュートリアルから。
しかし――おかしい。
死属性の扱い方が分からないのは仕方ないとしても、レイズは氷属性の片鱗すら見せない。
ただ小太りの体を揺らし、鈍い動きで剣を振り回すだけ。
その攻撃は遅く、隙だらけで、ゲームを始めたばかりのプレイヤーにですら容易く見切られる。
そして、あっけなく倒される。
まるで「俺はチュートリアルの雑魚敵です」と言わんばかりに。
――氷属性?死属性?
そんなもの、影すら見えない。
だが俺は知っている。
この男が本当は、ゲームの歴史すら覆す性能を秘めているということを。
ならば、なぜ――?
なぜレイズは、何もせずに斬り捨てられるだけの存在として固定されているのか。
そこに、答えがある。
俺はそう信じている。
そうして、何度も何度も繰り返しているうちに――
俺は、この男の表情に妙な違和感を覚えるようになった。
なんとなくだが……死ぬことを望んでいるように見えるのだ。
斬り伏せられる瞬間、ほっとしたように笑っている気さえする。
もちろん、ただのグラフィックの表現ミスかもしれない。
古いゲームだからドットやポリゴンの崩れなんて珍しくない。
……だが、それだけじゃ説明できない何かがある。
だから俺は、レイズの言葉に耳を澄まし、少しずつ台詞を整理するようになった。
――「ただではやられない」
――「昔だったら、おまえみたいなの簡単に倒せるぞ」
違和感だ。どう考えてもチュートリアルの雑魚キャラが言う台詞じゃない。
“昔だったら”?
“簡単に倒せる”?
まるで、かつては属性を使いこなせていたかのような言い草だ。
……どういう意味だ。
気になる。気になりすぎる。
やがて俺は、ゲームそのものよりもこのキャラ――レイズの存在に囚われていった。
夜ベッドに潜って目を閉じると、気味が悪いほど鮮明にあの小太りの男の顔が浮かぶ。
夢にまで出てくるほどに。
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そうして俺は、レイズを倒してはやり直し、また倒してはやり直した。
気がつけば、それが当たり前になっていた。
無限に繰り返すチュートリアル。
無限に繰り返す敗北するレイズ。
そして俺だけが、その違和感に囚われ続けていた。
いつのまにか、まぶたが重くなっていく。
コントローラーを握ったまま、俺は眠りに落ちていた。
――そして、目を覚ましたとき。
俺の視界には、見慣れた天井も机もなく、
モニターに映るはずの画面さえ存在しなかった。
そこにあったのは――
“いつもと違う景色”。
緑の草原。冷たい風。どこかで鳥の声が響いている。
だがそれはテレビの中の映像ではない。
肌を刺す空気の冷たさも、風の匂いも、まるで現実そのものだった。
俺は立ち尽くしていた。
夢なのか、現実なのか。
ただ一つ、はっきりしていることがある。
――ここは、俺がいた世界ではない