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25/25

25.現実は妄想よりゲロ甘でした

 「おい、なあ……」

 「ああ……」 

 「だよな……」

 

 感嘆詞だらけの、アインツたち部下の感想が聞こえる。

 うん。まあ、わかるよ。

 誰だって、自分の(鬼)上官が「ご令嬢スタイル」に変身したら、そうなるよね。

 

 ――似合ってないって。


 柄じゃないのはわかってるから、それ以上言うな。


 「今日のドレスはね、アンタの瞳の色を参考にして作ってみたのよ。濃い紫の生地の上に、薄紫に染めたオーガンジーを重ねたの。アンタ、ちょっとファンシーなもの、好きでしょ? だから、フンワリオーガンジーで、可愛さも出してみたのよ♡ 色気と可愛さを同時に出すのって難しいのよん♡」


 いや、それはありがたいんだけど。


 前回と違って、スカートのなかにパニエを着けたドレス。リボンを多用したりなんていう、ベタな可愛らしさはないけど、柔らかそうな印象にはなってる。

 けど。


 (可愛らしさと同時に、背中も出しすぎっ!)


 肩はモロダシ、肩甲骨までモロダシ。

 背中が異様なまでにスースーする。

 これ、露出しすぎじゃない? いくらなんでもこれは――。


 「って言っても、アンタのレベルじゃあ、これはさすがに恥ずかしいでしょうから。今日は特別にショールを羽織らせてあげるわ。ナディもその方が安心するでしょうし」


 殿下が? なにを?

 よくわからないけど、ショールで露出部分を減らせるのは、正直ありがたい。

 

 「髪は今回もキッチリ結い上げたわ。ただし、リボンも一緒に編み込んだから、可愛さを損なってはいないはずよ」

 

 オーガンジーの伴布で作られたリボン。それが髪に器用に編み込まれている。私には、とてもじゃないけど、こんな編み込みはできない。一度解いたら再現できない仕様。


 「このドレス、おいくらでしょうか。お代を――プピッ」

 「こらこら。せっかくナディが支払うって言ってるんだから、甘えておきなさい」


 再びの鼻つままれ。


 「しかし、これは護衛の必要経費ですので――」

 「ナディがアンタを着飾りたくてしょうがないんだから。ここは黙って、されるままにしておきなさい。今日だって、出かけるのはナディのワガママなんでしょ?」


 ワガママ……。


 ――一緒にオペラを観に行かないか?


 突然の殿下のご提案だった。

 私の知らない間に、刺客を差し向けていた黒幕(なんと、フェリシラさまのお父上だった!!)が捕らえられ、護衛の必要もなくなったというのに。わざわざ騎士団の詰め所まで来てお誘いくださった殿下。


 ――まだまだ油断はできないからね。キミに一緒にいてほしい。そう思うんだけど、ダメかな?


 いえいえいえいえ。

 ダメなことなんてありませんとも!

 媚薬針のせいで痴女になって襲いかかった(かもしれない)私を許してくれる。そんなお優しく度量の広い殿下のためなら、どこまででも護衛いたしますっ!


 ――じゃあ、ナタリーに新しいドレスを用意してもらうから。楽しみにしてて。


 え?

 護衛なんだし、前のドレスで充分なのでは?


 そんな私の意見は完全に無視され、今に至る。

 こうしてナタリーさんが新しいドレスを用意して、着せ替えて(化粧もして)くれたんだけど。

 その結果、感想は、部下たちの感嘆詞。

 まあ、そうだよね。ドレスはキレイだけど、ドレスだけキレイの残念状態だよね。


 「支度、できたかい?」


 軽いノックの後、開いた扉から入ってきたのは殿下。夜のオペラ劇場に相応しく、黒の光沢あるジャケット。首に巻かれたクラヴァットは、薄い紫――菫色。


 ……もしかして、ドレスとおそろい?


 ナタリーさんがあらかじめ用意したんだろうか。


 「――うん、キレイだ」


 クイッと顎を持ち上げられ、確認するように見つめられる……けど。


 (殿下の方が何倍もステキすぎます~~~~っ!)


 今すぐ逃げ出したいほど恥ずかしい。


 「だけど、ちょっと物足りないかな?」


 へ? それはドレスを着てるのが私だからですか? ドレスに対して分不相応、力不足というのか。馬子にも衣裳、鬼瓦にも化粧はありえない?


 「これを着けてくれないか?」


 首のあたりに、シャランと硬質な音がした。――首飾り?


 見下ろして確認すると、花をかたどったいくつもの宝石が連なった、メッチャお高そうな首飾りが輝いていた。

 ――これ、レンタルなんだろうか。お買い上げさせられたら、軽く私の年収三年分は吹っ飛びそう。


 「うん。これで完璧になった。キレイだよ、リーゼ」


 え? 

 リーゼ?

 ちょっ、リーゼって。

 

 (えええええええええっっ!)


 まさかの愛称呼び。

 首飾りよりなにより、それにビックリしたわ。

 飛び出さなかった目玉を褒めてあげる。


 「さ、行こうか」


 私の手をとり、自分の腕に絡ませた殿下。

 その行動、すっごく自然で板についてて……。

 エレガントなエスコートに、雲の上でも歩いてるような気分。


*     *     *     *


 「ダイヤモンド(Diamond)エメラルド(Emerald)アメジスト(Amethyst)ルビー(Ruby)エメラルド(Emerald)サファイア(Sapphire)トパーズ(Topaz)……。ディアレスト(DEAREST)、最愛の人……ね。リガードネックレスなんて、やるじゃない、ナディったら♡」


 「スゲエ……」

 「サラッと『キレイ』とかおっしゃったぞ」

 「リーゼファさま、モテだ」


 ナタリーがフフッとうれしそうに笑う。

 アインツたち部下は、ポカンと主と上官の歩く姿を見送る。


 「リーゼファさまって、あんな美人だったんだな……」


 「なんだ、お前たち、知らなかったのか?」


 部下の声のそろった呟きに、詰め所へ戻ってきた団長が応える。


 「アインローゼの亡き母親は、その料理の腕前で前団長の心を射止めたが、その容姿は、貴族たちからも求婚されるほど美しかったのだぞ。かく言う俺も、胃袋と心を鷲掴みにされた者の一人だ」


 ――マジか。


 部下たちの顔が、雄弁に語る。


 「あれの父親が厳しく剣技を叩きこんだのは、接し方がわからない不器用さもあるだろうが、娘に身を守るだけの力を授けるという思惑もあったのかもしれんな」


 母親に似た美しさのせいで、よからぬ者に襲われたりしたら。何かあった時のために、護身の技を身に着けさせたかった……のかもしれない。

 その親心は、間違った方向に作用し、護身どころか、王子の護衛に抜擢されるほどの実力を有してしまったが。


 「お前たち、リーゼファに惚れたか?」


 「いいえっ! 滅相もない!」

 「鬼上官に惚れるほど、物好きじゃありませんっ!」

 「うっかりライバル立候補なんてしたら、殿下に睨み殺されますっ!」


 「ハハッ、だろうな」


 団長が笑う。

 わざわざドレスに着替えさせて、連れ回すほどだ。殿下はよほど彼女を愛していらっしゃるらしい。でなければ、オペラになど誘ったりはしない。オペラは、殿下が観たいのではなく、リーゼファが興味を持っていたから誘ったものなのだから。

 殿下のリーゼファへのゾッコンぶりは、はたから見ていても嫌というほど伝わってくる。下手に手を出そう、懸想しようものなら、ありとあらゆる手を使って葬られそうだ。


 (しかし、その熱意、愛情は、はたしてあの娘に伝わっているのか?)


 どうにも、そのあたりの感情の発育が遅れている娘だ。今日だって、「護衛のお礼」、もしくは「護衛の延長」程度にしか考えてないかもしれない。


 (殿下も苦労されるな)


 かつての仲間だった男の娘。彼女が殿下の想いに気づき、幸せになる日が、そう遠い日ではないことを祈る。


*     *     *     *


 スッゴイ。

 スッゴイ、スッゴイ、スッゴイッ!

 ステキッ! サイコーッ! ああ、ウットリ。

 感動が強すぎて、語彙力低下。

 あのウワサのオペラ。

 話題になるだけあって、やはり最高。


 衝撃のラスト! 怒涛の展開っ!

 

 聖女を仇なそうとした罪で捕らわれたご令嬢。理由は婚約破棄され(そうになっ)たことへの恨み。

 自分はやってない! 信じて!

 絶望する令嬢。目の前には断頭台。

 しかーし! そこで現れる王太子!


 ――待て! 彼女はなにも悪いことはしていない!


 そう。

 すべては聖女が仕組んだこと。自分が襲われ、攫われ、傷つくことで、令嬢を狭量で嫉妬深く、攻撃的な女性に見えるように仕向けてたのだ。

 ついでに言えば、その聖女の力もニセモノ。病気を治したとかなんとか言われてたけど、それはみんな「やらせ」。「聖女」を王太子の妻にすることで、権力を得ようとしていた悪党の企み。

 

 ――キミがそんな女性でないことは、この僕が一番知っている。キミは誰より気高く、高潔な女性だからね。

 ――今まで、キミをかばってやることができないくてすまない。聖女と教会の企みを知るためには、どうしても味方するわけにはいかなかったんだ。


 傷ついた令嬢の手を取る王太子。


 ――平気ですわ。だって、こうしてアナタはわたくしを救いに駆けつけてくださったのですから。


 信じてもらえた喜びに声を震わせる令嬢。

 そして、今まで言えなかった言葉を口にのせる。


 ――お慕いしております。ずっと、昔から。

 ――殺されるとなって、思い浮かんだのは、アナタのことだけでした。殿下が幸せになるように。それだけしか考えられなかったのです。


 その健気さに、感極まったように令嬢を抱きしめる王太子。捕らえられ、舞台の袖へ連行されるニセ聖女。 

 あとは、そこにいた全員が華々しく歌って、二人の未来を祝福する。(なぜか)舞い散ってくる花びらのなか、手を取り合って舞台中央に歩いてくる、王太子と令嬢。

 

 (あー、もう、ステキすぎっ!)

 

 令嬢の想いが伝わってよかった! 無実のまま殺されなくてよかった!

 なにより、令嬢のことを王太子がわかってくれててよかった!

 

 普通なら、聖女が「ヒロイン」で、令嬢が「悪役」になって懲らしめられて大団円になるのに。まさか、「悪役」がヒロインになるとは。

 斬新だけど、素晴らしかった。

 表情は変わってないかもしれないけど、内心は、大興奮。ああ、ウットリ。


 あれを、殿下と私に置き換えてみたら……。


 ――誰がなんと言おうとも、僕にはキミだけなんだ。

 ――キミがどれほど僕のことを想ってくれているのか。知らないとでも?

 ――僕は、キミに出会ってから、キミ以外の人を妻にしようなどと考えたことは一度もないよ。僕が愛しているのはキミなのだから。


 キャ――――――ッ!

 

 たまんない。ジタバタ悶えそう。

 舞台で拍手と称賛を受けてるヒーロー役の俳優より、殿下のほうが何倍もカッコよくって、何倍もステキ。

 その姿、声だけで悶絶死しそう。ゴハン、何杯でもおかわりできちゃう。


 「……リーゼファ? どうしたの?」


 「いえ。なんでもありません」


 脳内モダモダ封印。というか、問いかけられるようなヘマはしてないはず。妄想、あふれ出てないはずなんだけど。


 「面白かったね」


 「はい。このような場にお連れいただき、ありがとうございます」


 観たかったものを観れて、本当に満足です。


 「じゃあ、お礼に一つ目をつぶってくれないかな?」

 

 目を?

 

 言われた通りに目を閉じる。


 ――モギュ。

 「――――――ッ!」


 口に軽く押し込まれた柔らかいもの。――マカロン?


 「こういうの、好きでしょ?」


 え? あ、はい。好きですけど、どうしてそのことを――ングッ。


 「ほら、いっぱいあるから、たくさん食べて?」


 どこから出てきたのか。殿下の手には、皿に載せられたマカロン大量。

 ってか、そんなドンドン詰め込まないでくださいよぉ。わんこ飯じゃないんだからぁ。

 必死に噛んで食べて飲み下す。でないと、マカロンで窒息する。

 甘いのと驚きで、いっぱいいっぱい。

 

 「フフッ、かわいいよね、リーゼは」


 咀嚼が間に合わず、食べきれずに唇に挟んだだけになっていたマカロン。

 それを近づいてきた殿下の口が、軽くつまんで奪っていき――。


 チュッ……。


 ついでのように唇が重なった。


 「甘いね」


 そっ、そうですねっ!

 妄想よりも甘い、とんでもないことが起きましたよっ!

 事故か、たまたまかわからない、殿下との口づけ。

 本気? どういう理由で? ふざけてる? からかってる?


 「今度はキミから食べさせてほしいな」


 って、それってどういう意味なんですかぁっ!

 本気っ? 本気なの、殿下っ!

 オペラ劇場のボックス席。他とは遮断された空間だけど、他の席から丸見えの場所。さっきのアレ、おもいっきり見られていたのか、劇場内が騒然となり、悲鳴じみた声がいくつも聞こえた。どこかで派手な物音もしたから、もしかすると、卒倒したご令嬢がいたのかもしれない。


 「ね、リーゼ。これからは、僕のこと名前で呼んでくれないかな?」


 けど、殿下はお構いなし。いや、見せつけるように、並んで座る私の腰を抱き寄せる。ヒョイッと身体を持ち上げられ、気づいた時には殿下の膝の上!

 かつて自分がしていた妄想。

 それよりもずっと蕩けそうなほど甘い状況で、殿下に囁かれる。

 もしかしたら、現実は妄想よりも甘く蕩けるものなのかもしれない。

 

 「リーゼ? わーっ! リーゼ、しっかりっ!」


 脳内の許容量を超えた甘さと混乱に、身体からクタリと力が抜ける。

 もうダメ。脳内が蕩けて沸騰して、氷壁が爆破される。


 殿下。

 どういう思惑があるのか存じませんが、できればもう少しだけお手柔らかにお願いいたします。

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