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09.王妃の噂

 コーネリアスは二人の姿を目に留めると、少し驚いたような顔をした。そのまま二人のところに向かってこようとしたが、不意に足を止める。

 彼の目は二人ではなく、別の方向を見ていた。その視線を追うと、侍従の一人が慌てて駆け寄ってくるところだった。


「陛下……」


 侍従はコーネリアスに何かを耳打ちする。それを聞いた彼は頷くと、再び二人の方に視線を向けた。そして、口を開く。


「アイザック、少し話がある。ついてきなさい」


「はい、父上」


 アイザックは緊張した面持ちで頷くと、ロゼッタに視線を向ける。

 それを眺め、コーネリアスは少し表情を緩めると、ロゼッタにも声をかけた。


「ロゼッタ、先に部屋に戻っていなさい」


「はい、おとうさま」


 コーネリアスに返事をしてから、ロゼッタはアイザックを見上げる。

 すると彼は安心させるように微笑んでくれた。そして、コーネリアスの後に続いて歩き出す。

 ロゼッタは黙ったまま、二人の背中を見送った。


「さあ、ロゼッタさま、お部屋に戻りましょう」


 侍女が優しく促してくれる。ロゼッタは頷くと、彼女と一緒に歩き出す。

 部屋に戻る途中、侍女がロゼッタに話しかけてきた。


「先ほどは、王太子殿下とお話しされていたのですか?」


「ええ」


 ロゼッタが頷くと、侍女は微笑んだ。


「そうでしたか。お二人とも楽しい時間をお過ごしになられたようですね。王太子殿下は母君がとても厳しくて、お寂しい思いをしていらしたようですから」


「そうなのね」


 ロゼッタの相槌を聞いて、侍女はさらに言葉を続ける。


「母君である王妃殿下はご自身の立場を安定させるために、王太子殿下を厳しく育てたと聞きます。王妃殿下はご自身のお立場を守ることが何よりも大事で、そのためなら手段を選ばない方だとお聞きしております」


「厳しい方なのね……」


 ロゼッタは呟きながら、ブリジットの境遇ならばそれも当然のことだろうと納得する。

 嫁いできた他国の王女として、王宮での立場を確固たるものにするために、彼女は精一杯努力したのだろう。

 まして、同じく他国から嫁いできて処刑されてしまったニーナを見ているのだ。その二の舞にならないように気を張り続けるのも無理はない。


 ただ、侍女の言い方に引っかかるものを感じる。

 それが何かを考える前に、彼女が言葉を続けてきた。


「ええ、王妃殿下は厳しい方です。だからこそ、ロゼッタさまは姫でよろしゅうございました。もし王子でしたら、生き残れたかどうか」


 侍女は真顔で恐ろしいことを言いながら、ロゼッタに視線を向ける。

 思わずロゼッタは顔をひきつらせた。

 引っかかりなど一瞬で吹き飛んでしまうほどの衝撃的な内容だ。


「……冗談でしょう?」


「いいえ、本当のことでございますよ」


 侍女はきっぱり断言すると、首を横に振った。それから少し考えてから言葉を続ける。


「……どうか王妃殿下にはお気をつけてください。いくら姫とはいえ、場合によっては邪魔者になりかねないロゼッタさまを排除なさろうとするかもしれません」


 侍女の言葉に、ロゼッタは息をのんだ。背筋が寒くなる。


「まさか、そんな……」


「万が一ということもあるやもしれませんので」


 そう言って、侍女は頭を下げる。ちょうど部屋の前にたどり着いたところだった。


「では、私はこれで失礼いたします」


 侍女は言い終えると、そそくさと歩いていく。そんな彼女の背中を見つめながら、ロゼッタは不安な気持ちに駆られた。

 気をつけろと言われたところで、ロゼッタに何ができるだろう。

 せいぜい気に障らないように小さくなって、おとなしくしているのが関の山だ。


 しかし、前世ではそれでも周囲から疎まれていた。だから、ロゼッタにはどうすることもできないかもしれない。

 考えれば考えるほど、悪い想像が膨らんでいくような気がした。

 ロゼッタは気持ちを落ち着かせようと、深呼吸をする。


「大丈夫、大丈夫よ」


 小さく自分に言い聞かせると、ロゼッタは部屋の中へと入っていった。

 ソファに腰掛けてぼんやりしていると、侍女がお茶を持ってきてくれた。先ほどとは違う侍女だ。


「どうぞ、ロゼッタさま」


「ありがとう」


 ロゼッタは礼を言ってから、温かいカップを受け取ると口をつける。そしてほっと息を吐いた。じんわりと身体の奥から温かさが広がっていくのを感じる。

 すると侍女はにこりと微笑んだあと、話しかけてきた。


「ロゼッタさま、どうかなさいましたか? お元気がないようですが」


「ええ、なんでもないわ。大丈夫よ」


 ロゼッタは微笑みながら答えたが、表情が強ばっているのが自分でもわかる。

 そんな彼女の様子を心配そうに見つめていた侍女だったが、意を決したように顔を上げると言った。


「……王妃殿下のことですよね?」


 その問いに、ロゼッタはぎくりとする。

 図星を指されて黙り込むロゼッタを見て、侍女はさらに言葉を重ねた。


「申し訳ございません。先ほど、ロゼッタさまと侍女の会話を耳にしたのです。それでどうしても気になってしまって、つい」


 侍女は申し訳なさそうに頭を下げる。

 ロゼッタは慌てて彼女を擁護した。


「いいの、気にしないで」


 そう言うと、侍女はほっとしたように微笑んだあと、さらに口を開く。


「差し出がましいこととは承知しておりますが、王妃殿下のことなら心配ご無用です」


 笑いながら言う侍女に、ロゼッタが思わず首を傾げていると、彼女は続けた。


「ロゼッタさまはお父上である国王陛下から愛されているお方ですもの。王妃殿下が何をなさろうと、ロゼッタさまをお守りくださいます」


「……本当にそう思う?」


 ロゼッタは侍女に問いかけた。すると彼女は力強く頷く。


「ええ、もちろんですとも」


 その言葉はとても頼もしく、ロゼッタの心に響いた。

 これまで強張っていた体から力が抜けていくようだ。


「……そうよね。おとうさまだけではなく、おにいさまだって守ると言ってくださったもの」


 ロゼッタが自分に言い聞かせるようにそう口にすると、侍女は表情を曇らせながら口を開く。


「王太子殿下ですか……差し出がましいことですが、あの方とはあまり仲良くなさらないほうが良いのではないでしょうか」


「え?」


 突然の言葉に、ロゼッタは目を丸くしながら侍女を見つめ返す。

 そんなロゼッタに、彼女はさらに言葉を重ねた。


「王太子殿下は王妃殿下の唯一の子です。あまり親しくなられると、王妃殿下の反感を買う可能性があります」


「それは……」


 ロゼッタは口ごもる。確かにそのとおりかもしれない。

 しかし、せっかく仲良くなってきたアイザックと疎遠になってしまうのは嫌だった。


「でも、わたし……」


 ロゼッタが不安げな顔をしているのを見た侍女は、慌てて言い直す。


「いえ、関係を断つというわけではないのです。ただ、程よく距離を置いて付き合うことが重要だと言いたかったのです。今の王家の皆さまのように」


「……そうね」


 何か釈然としないものを感じながらも、ロゼッタは頷く。


「ええ、きっと大丈夫です。どうかお気になさらず」


 そう言って微笑む侍女に、ロゼッタもぎこちない笑みを返すしかなかった。




 それから数日間、アイザックは姿を見せなかった。

 コーネリアスも忙しいようで、ロゼッタとは少し顔を合わせる程度だ。

 寂しくはあったが、同時に少しほっとしていた。

 アイザックと親しくなると反感を買うかもしれないと言われたが、もともと彼は忙しい人なのだ。たまに一緒にお茶を飲む程度なら、そう問題はないだろう。

 しかし、その考えは甘かったのだとすぐに思い知らされることになる。


「ロゼッタさま、王妃陛下がお呼びでございます」


 見知らぬ侍女が告げてきた言葉に、ロゼッタは思わず身を強張らせた。

「王妃殿下」と「王妃陛下」が混在しているのは誤字ではありません。

この後に理由が出てきます。

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