タイマン ②
25
埃を巻き上げて倒れこんだ白兎は、つるつるになった腕を晒したまま動けなくなっていた。
ついに腕から毛は消え、我慢比べは僕が勝ったということになる。
これは白兎が精神的に疲労したからかわからないが、腕の支配は僕のものへと戻り始めていた。
洗脳が解け始めているようである。
倒れこんでしばらく息もせずにじっとしていた白兎は、急に体を震わせて足を伸ばした。
指先を震わせて、晒した脛に手を伸ばしている。
膝を胸に近づけてそうしているが、なぜか顔は逸らして、額には汗が浮き出ていた。
口元がひん曲がり、力強く瞑った目からじんわりと涙が溢れている。
僕はしばらく、脛に触れるか触れないかのところですぐに離れていく指先を観察した。
やっと脛に触れたと思うと、毛を一本摘んで、しかしすぐに手を離してしまう。
じれったいなと思った。
「ふぐぅ……!」
「ああ」
何か白兎の様子が変だとは思ったが、どうやら腕の毛がなくなってしまったので、そのことで余計にストレスが溜まり他に手を出すことにしたらしい。
足を選んだまではよかったが、腕の毛以外の毛には抵抗があるように見える。
確かに、腕の毛を食えと言われればまあ嫌だけども平気だが、足の毛となるとなんというか、同じようにしっかり洗っているとしても汚い気がしてしまう。
「脇毛はもっと嫌だしなあ」
白兎は僕のつぶやきに強く頷いた。
こんなところで同調するな。
「……」
白兎はハッと目を開いて、足に伸ばしていた手を頭に向けた。
それでいいのかと僕は思うけれど、なんというか後悔するぞと言いたくなるけれど。
一本垂れさがった前髪を引き抜いて、白兎はまじまじとその白髪を見つめている。
腕の毛の数十倍の長さだから、きっと満足度も高いだろう。
だけども、白兎は結局髪を口に入れることはなかった。
両手で包んで、ふるふると体を震わせて泣いているようにも見える。
どうやら髪の毛を引き抜いたことを後悔しているらしい。
もう抜いてしまった後なのだから喰べてしまわないと引き抜いた意味がないと思うのだが。
そのまま大事にポッケに仕舞ったところで洗濯機の渦に飲み込まれるだけだ。
白兎は結局涙を真横に流しながら、ちょっぴりずつ髪の毛を咥えた。
ひと噛みひと噛みじっくり味わうようにしているところを見ると、なんというか将来性を奪いそうな行為をしているだけに味は格別なようだ。
当たり前だが、そこで喰べないことは損をするだけだから、泣きながらの精神安定剤摂取に納得するしかない。
「いま、納得しましたね」
「あ」
僕はそんなところで納得してしまったのだった。