遭遇 ②
17
意外にもすぐ次の日にやってきた少年は、腕いっぱいに物を抱えてやってきた。
靴を履いたまま上がってきたのを観ると、もうここにはだれもいないと確信したかのようにも見える。
二階のこともまだ気がつかないようなので、魔法が切れないようにさえ気をつければ問題はないとあさひは判断した。
彼はまた押入れの穴に滑り込む。
抱えていたものを先に投げ入れた後だったから、着地は恐る恐るといった様子だったが。
彼は何をするのだろうか、あさひはやはり興味津々だった。
接触してはいけないという意味を甘く考えていたあさひは、彼が来るたびに観察をしていた。
何かを造ろうとしていることはわかったが、何を造ろうとしているのかまではわからない。
次第にあさひは、どうしても彼が何を作っているのかが気になってしまい、何を考えているのか覗いてみたくなってしまった。
悔しくもその好奇心のせいで、自分が少年とは違う存在であると痛感してしまったあさひは、覗いてしまったことを後悔した。
覗きたいと思っただけだったが、彼女が魔法を展開するまでもなく、彼女の魔女としての体質――記憶を覗き、心を覗き、弱みを掴む体質にいまさら気がついたのだ。
姉のことを知りたいと思ったことはなかったから体質がうまく機能していなかったのか、姉も魔法についての知識があるから効果がなかったのか、今になってはもう調べることもできないが、あさひが彼のことを知ってしまったことはもう変わらない現実である。
あさひは吐き気のようなものを感じ、口元を手で覆った。
彼の心は泥のように混濁して、しかしその泥の底になにがあるのかはっきりと分かるほど透き通った泥だった。
その汚れきった心なら底まで見えるはずもなかったが、彼の心の底にはたったひとつの言葉だけ。
その一言を隠すためにあるような泥だったが、あまりの主張の強さに見えてしまっているということなのかもしれない。
『死にたくない』
それは怒りの声だった。
それは哀しみの声だった。
そこに喜びと楽しみの声はなかった。
もう聞きたくはないとあさひは耳を塞ごうとしたが、もうすでに彼女に流れ込んできたものが外に出て行くことはない。
聞きたくない、聞きたくないとそれでもあさひは拒絶した。
目を閉じると、瞼に彼の苦しい生活が映ってしまう。
瞬きの一瞬、体の全てに意識を集中させているのはきっと彼だけだ。
目を開いたら真っ先に、瞬きする前の光景と違いがないか確認するのも彼だけだ。
足を一歩踏み出すだけで、右か左かどちらから出すか、数歩先の障害物を確認して一瞬で判断するのも彼だけだ。
そんな生き方に楽しみなんてものはない。
数秒先を予想して、どうすれば安全なのかだけを考える生き方に、楽しみなんて生まれるはずがない。
ならば、そんな少年『空木木葉』が、どうしてこんな場所に突然現れ何を造ろうとしているのかが余計に気になってしまった。
死にたくないということと、何かを造るということは繋がらない。
もう彼のことを知ってしまったのだから、もう最後まで知っても同じだ。
すでに接触してしまっているということに気がつかないまま、あさひはまだ彼の観察を続けることになる。
彼は人形のようなものを造ろうとしているのかもしれない。
まず足先から作り始めた彼は、小指だけを鉄で作ろうとしていた。
ぶつけると痛いという考えなのか、しかし、彼に鉄の形を変えたりすることはできないようだ。
あさひならば熱で歪めたりすることもできるのだろうが、彼が作っている指は、スプーンを二つ合わせてテープでぐるぐるにしているだけ。
応援するわけではなかったが、あさひは口を出したくなってしまう。
そうして平日金曜日以外にやってくる彼の製作を追い続け――あさひはついに、彼の来ない金曜日、彼の工房に侵入することにしたのだ。