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柳は緑、花は紅  作者: カブトムシ
第二章 迅雷耳を掩《おお》うに暇あらず
10/23

6 二の腕に

 月のない夜だった。

 今まで歩いて来たコンクリートの地面は昼の太陽を受け、まだまだ温かみが残っていた。日中は汗がにじむほど暑くはあったが、夜になればひんやりと心地の良い空気が周囲を覆っている。

 遥は寝間着に裸足のまま、ぼんやりとした様子で歩き続けていた。

 月はなく街灯の明かりだけが頼りの中、校門は締まっている。遥は門を見上げるとそのまま体が浮き上がる感覚を覚えた。不思議と怖くはない。ストンと地に降りると校舎へと向かう辛坂を歩き出した。

 道の両側には山桜の木が等間隔に植え付けられ、奥には竹林が広がっているはずだったが、銀色のシートの奥に竹林はなかった。短く切り倒された竹の残骸が無残に広がり、寂し気に風が吹いている。

本来はグラウンドを作る予定だった。だが、真ん中に生えていた大きな楠木がどうしても伐り倒せず、計画は中断したままとなっていた。だが楠は幾度かの伐採挑戦によって、数年後には枯れ果ててしまった。

 今では大人が手を広げたよりも大きな切り株が残っているだけだ。そして遥の目の前には、その巨大なクスノキの切り株があった。

 切り株となってすでに十年以上が過ぎている。そのことと高校のハンドボールが全国大会に出場したことで、初期の予定通りグラウンドを造成しようということになった。

 周りに生えていた竹林は伐採されて、明日にでも重機で掘り返されるかもしれない。

 切り株の木肌はぼろぼろになっており、確かに朽ちているように見える。だが切られた断面の部分部分はわずかに盛り上がっており、完全に死んでいないことがうかがえた。

 遥はその場に膝をつくと、切り株に頬を付けるように覆いかぶさった。

 どこか温かく、柔らかな感触がした気がする。

 目を閉じて、切り株の温かさに体をゆだねた。

体が熱くなる。どんどん暑くなって、足先が冷たくなってゆくのが分かる。切り株に触れている部分が、不思議と溶け合うように暖かい。このまま目を閉じていれば、切り株と一体化してしまいそうな気がした。

「離れなさい」

 声が遠くで聞こえた気がした。けれど今はこのまま切り株の一部になってしまいたい欲求が強く、体を起こすことも、目を開くことすら億劫だった。

「また来たの」

 遥の思いとは別に、気付けば体を起こしていた。瞳に映る姿は見覚えがあった。赤茶色の髪からは二つの犬のような耳が生え、神社の人間が着るような着物に身を包んだサグジだ。

「これ以上荒魂に傾いた精霊を放置できません」

「ならこのまま朽ちろってこと?」

 遥の口から思ってもない言葉が飛び出し、はっとして口を押えようとしたが腕が動かない。まるで自分の体ではないかのようだ。

「ええ、このまま朽ちてください。魂の均衡をあなたは崩しています。この影響はあなただけにとどまらず、この周囲の土地にまで及びます。土地神にまでなったあなたなら、お分かりになるでしょう」

「私の寿命はまだ尽きてないわ。人間どものために命を終わらせてなるものですか」

「芽を出すこともかなわない状況で、寿命は尽きていないというんですか」

 サグジの言葉に遥の口元は引きつり笑った。

「草花は維持するしか力にはならなかった。けど人間の霊力は違う。生気にあふれて力になる。こうして人を操ることも可能になるほどにね」

 遥の体はサグジを前にしても、ふんぞり返るほど自信にあふれていた。確かに体中に力が満ちて、何でもできる気がする。

サグジは首を小さく振って、苦しそうに眉根を寄せた。

「あなたはもう死んでいるんです」

「違う。もう一度やり直すことができるわ」

 遥は体中がざわついた。あふれる生気が体の一点に集まってゆくのが分かる。

「無理です。一度死ねば二度はない。あなたから新たに芽吹いたものがあったとしても、もう同じ物ではない新しい魂となるんです。知っているでしょう」

「それは間違ってる。巫女の魂ならそうとは限らないのよ。あれを土壌にすれば、私は蘇ることができるはずだから」

 遥の口を借りる切り株の言葉に、サグジは思い瞼を閉じて、そして宣告した。

「土地神とまでなったクスノキの精霊が嘆かわしい。今ここで荒魂に傾いたあなたを、燃やし排除します」

 人間の姿をしていたサグジの形は見る見るうちに変わって行き、鋭い爪、太い牙をもち、猛る炎のような毛並みを持つ巨大な狐に変化した。周囲には狐火というのか青白い炎がいくつも浮かんでいる。

「邪魔しないで!」

 飛びかかったサグジに対し、こちらはただの人間の体でしかない。鋭い爪が遥の目の前に振り下ろされた。だがそれは切り裂きはしなかった。地中から湧き出した触手が、サグジの体をからめとっていた。

 うねる蛇のような触手と思っていたものは、樹の根だった。地中から幾本の現れてサグジの首を絞め、手足を拘束する。サグジも黙ってはいない。自分の周りを囲んでいた狐火が、樹の触手に飛びついて燃え上がった。

「私を土地神と言ったわよね。そう、その通り。この土地は私のもの」

 火を嫌って触手が離れると、サグジは地面に足をついて遥に飛びかかる。だが触手が現れて前を阻む。鋭い詰めて触手を切り裂くが、後から後から触手が現れて網のような柵が出来上がった。

 サグジが炎を掃き出し燃え上がらせた。だが燃え上がった触手の柵はサグジに向かって倒れ込んできた。飛び退くサグジ。触手が追撃をしてくる。その度に後ろへと後退せざるをえない。

 遥はさらに素早く触手を展開して、サグジを刺し殺そうと手を突き出した。

 シュッと空を切る音に遥は振り返った。そこには黄色い何かが迫って来ていた。狐の尾だ。分離できるらしい。とっさに触手を自分の前に出して庇うが、勢い余って吹き飛ばされた。転がり態勢を整えたときには、サグジがこちらに飛びかかっていた。

 土に体を横たえたまま、サグジをとらえるために触手を走らせる。倒れて形勢は悪いというのに、こうして背中を土に横たえている部分から根が張り巡らされる気がして、とても心地が良かった。

「あああああ!」

 突然、体が突然熱に炙られる感覚を覚えて、激しく悲鳴を上げた。

 分離されたサグジの一本の尾が、巨木の切り株に突き刺さり、その場で炎を吹きあげていた。遥は切り株に向かって走りながら手を突き出す。触手が切り株で火を吹きあげている尾を引き抜きにかかる。

 サグジはそれを許さない。背後から鋭い爪で抑え込み、そのまま牙で遥の体を引き裂こうとした。遥が振り返ると、触手の一本が体の前に出て防御に出る。サグジはくるりと体をひねると、太い二本の尾ではじき、爪を振り下ろした。

「この地は私の物。すべて私の思う通りになるの」

 遥の方がどう考えても分が悪い。にも拘らず、遥は振り下ろされる爪の前で、ほくそ笑んだ。触手が切り株に刺さるサグジの尾を抜き取り、さらに隙が生まれた。ように見えた。

 サグジの爪は確実に遥を切り裂くはずだった。だが振り下ろした爪は空をかいた。

「!」

 後ろ足が引きずられ、遥から引きはがされていた。

 いったい誰が。その思いに振り返ると、そこには今までの触手の数など及ばぬほど、地面から大小の触手がうごめいていたのだった。

「吸い尽くしてあげるわ」

 遥が告げる。周囲の土からあふれ出た触手が一斉にサグジに向かって襲い掛かった。尾ではじき、爪で切り裂く。牙を使って抑え込む。それでも触手の数は一向に減らない。遥はこの周囲にあるすべての植物を操っていた。物量に押され、サグジの体は触手に貫かれてゆく。

 体がちぎれて飛び散り、その場から退却しようにも、触手が掴んで引き戻されてしまう。

 サグジは瞳を煌めかせると、残っている尾の一本を炎に変えた。火柱となってサグジの体を包んだ。火の玉となると、細い触手は燃え尽きる。

 遥は火の玉になっているサグジをにらみつけた。自分の触手である根が燃えることも構わずに、さらに触手を送り、サグジを捕えにかかった。

 火の勢いは強く、火の玉が回転し、火の粉をまき散らせる。取り逃がしてしまうと思われた時、遥は笑みを刻んでサグジを見ていた。

「この私を燃やそうとしたこと、許さないわ」

 燃えているにも拘らず、巨大な木の根が網となってサグジに覆いかぶさる。一重が燃える。二重にしても燃える。三重にしてようやく火の手は小さくなり、八重に網を重ねたときには、サグジは力を失って人型となり、その場にぐずれ落ちた。

「早く巫女を手に入れなければ」

 青ざめた遥は、その場に膝をついて肩で大きく息をした。体にたまっていた霊力が失われたために、まるで石像でもしょい込んでしまったかのように体が重く感じられた。

 深い吐息を吐き出してから、遥は太い木の根を地面から生み出すと、倒れているサグジの体に巻き付けた。すると人型だったサグジの体は見る見るうちに縮んでゆき、動物園で見かけるような中型犬ほどの何の変哲もない狐に変化したのだった。

「うふ。霊力なくなっちゃったのね」

 身動きしなくなったサグジを見つめてから、切り株に手を差し伸べた。

 触手が切り株から伸びて遥の腕に、蛇のように巻き付いて行く。そして二の腕の肩の近い場所で、細かった先端部分が花芽のように膨らんだ。

 小さな亀裂が入ったかと思うと三つに割れて、中から小さな針のようなものが現れた。触手はそれを二の腕に押し付ける。

 小さな穴から細く血が流れ落ちる。痛みなど一切感じていないような、平気な顔をして遥は腕を引いた。触手もするすると力を抜いて地面に消えてゆく。

 遥は深く息をついて、触手が突き刺さった二の腕を反対の腕で覆った。

「これで、大丈夫……」

 体がどんどん重くなり、意識の底から睡魔が泡のように上がって来て、体を包むのが分かる。わずかに燃えた部分が黒くなっている切り株にもたれかかると、遥は寄りかかるようにして目を閉じた。


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