第07話 スライム飼育場を作ってみた
スライムを倒すのは無理――その結論は、俺は全く持って揺るがなかった。
あんなものと正面から戦うのは、どう考えても無謀だったのだが、観察を続けて分かったこともある。
スライムは、ずっと俺を襲おうとしているわけではなかった。
基本的には、青白く光る苔――管理画面によると”光苔”というらしい。
近くでぷるぷるしており、一定時間ごとに苔を食べ、しばらくすると体内に粘液の塊のようなものを作る。
その塊は、一定時間が経つと素材として回収できるらしい――つまりだ。
「……倒さなくても、素材だけ取れるんだよな?」
俺は台所の床に座り、ノートを見下ろした。
ノートには、ここ数時間で書き殴ったメモが並んでいる。
『スライム:光苔を食べる』
『塩:効かない』
『布:絡め取る』
『移動速度:遅い』
『階段:今のところ上がってこない』
『粘液核:素材として回収可能』
どう考えても、普通じゃないと理解出来る。
ゲームでもそうだ。
倒せない敵は、無理に倒さない。
誘導し、隔離する。
行動範囲を制限し、ドロップだけ利用する。
そして、まともに戦えないなら仕組みで勝つしかない。
俺は床下収納の前にしゃがみ、青白い管理画面を呼び出した。
「ええと……管理メニュー」
【管理者メニューを表示します】
【施設管理】
【魔物管理】
【資源管理】
【監視機能】
昨日までなら、この文字が出た時点で蓋を閉めて逃げていたな、きっと。
だが、人間は慣れる生き物だ。
いや、慣れたというより、感覚が壊れただけかもしれない。
俺はモップの柄で【魔物管理】を突いた。
【魔物一覧】
【スライム:三体】
「げっ……三体もいるのかよ……」
俺は嫌そうな顔をしながら呟いた。
画面には、浅層第一区域の簡易地図らしきものが表示されている。
そこに、青い丸が三つ――スライムの位置らしい。
一体は光苔の群生地。二体目は通路の端。
最後の一体は、俺のスニーカーが消えたあたりにいる――あれ、まだ靴に執着しているのかもしれない。
「……返してほしいけど、近づきたくないな、うん」
俺は慎重に画面を操作した。
直接触るのは怖いので、もちろんモップの柄だ。
【簡易誘導を使用しますか?】
「誘導……?」
俺は画面を見つめた。
【光苔を指定地点に配置することで、スライムを一定確率で誘導できます】
なるほど、餌で釣るわけだ。
敵を倒すのではなく、餌で動かす。
それなら俺にもできるかもしれない。
問題は、光苔をどう集めるかだ。
地下に降りる必要があるので、正直それが一番の問題だった。
「……行くしかないよな」
いかなければならない――俺は深呼吸した。
装備は前回より少しだけ改善した。
モップと、ゴム手袋。
長靴と、厚手の上着に自転車用ヘルメット。
それから、母さんが園芸用に使っていた小さなスコップ。
鏡に映った姿を見たら、たぶんかなり情けない――だが、安全の方が大事だ。
それに、見た目を気にする相手もいないから大丈夫だろう。
俺は震える手で床下収納を開け、ゆっくり階段を降りた。
心臓は相変わらずうるさいし、足も震えている。
――だが、今回は目的がある。
まずは光苔を集め、スライムを一か所に誘導し、囲いを作って飼育区画として登録する。
俺は管理画面の監視映像を確認しながら、できるだけスライムから離れた場所の光苔を少しだけ採取した。
青白く光る苔は、石壁にしっとりと張りついており、スコップで剥がすと、ほのかに冷たい光が手元に落ちた。
【光苔を採取しました】
【資源再生率が低下します。採取量に注意してください】
「分かった分かった。採りすぎないからちょっとうるさい……」
俺は思わず画面に返事をした。
返事は来る事はないんだけど、それでも会話みたいなことを言っていたのかもしれない。
ゲームでも、資源を取り尽くすと後で困るのはわかっているので、リポップ地点は大事にしないといけない。
俺は最低限の量だけ光苔を集め、通路の端に置いた。
そこは壁が少しへこんでいて、石を並べれば簡単な囲いが作れそうな場所で、俺は周囲の石を集め始めた。
一個ずつ、ゆっくり、音を立てないように。
石は重く、俺のすぐ息が上がる。
たった数個運んだだけで腰が痛い。
「十年間ニート生活の俺に土木作業をさせるなんて……」
誰に向けての文句か分からないことを呟きながら、それでも俺は石を並べた。
入口を狭くし、中に光苔を置く。
外側には、スライムが通りにくそうな砂利を多めに敷き、それは自分が逃げるための通路は広めに確保する。
完璧とは程遠い――だが、何もないよりはマシだ。
しばらくすると、監視画面の中で一体のスライムが動き始めた。
――ぷるん。
――ぷるん。
スライムが、光苔に反応しているのがわかった。
「来た……!」
俺はすぐに距離を取った。
近くで見守る勇気はないので階段の近くまで下がり、いつでも逃げられる位置から監視画面を見る。
スライムはゆっくりと光苔の方へ向かい、俺が石で囲った場所へ入った。
続いて、二体目も動く。
三体目は少し迷うようにぷるぷるしていたが、やがて同じ方向へ進み始めた。
三体のスライムが、光苔の置かれた囲いの中に集まる。
俺は息を止めて見守った。
囲いから出てくるか?
それとも石を乗り越え、こっちに向かってくるのだろうか?
だが、スライムたちはその場で光苔に覆いかぶさり、ぷるぷると震え始めた。
あ、食べている。
「……成功、か?」
俺は慎重に管理画面を開いた。
【未登録区画を検出しました】
【用途を設定してください】
用途――それを見て、俺は少し迷った。
色々と考えながら、頭を悩ませる。
ふと、画面に候補が表示される。
【簡易魔物隔離区画】
【光苔育成区画】
【スライム飼育区画】
俺は三つ目を見て、喉を鳴らした。
「飼育……」
魔物を飼う。
普通に考えれば危険すぎる。
だが、倒せないなら管理するしかない。
俺はモップの柄で、そっと【スライム飼育区画】を選んだ。
【スライム飼育区画として登録しますか?】
【はい】
【いいえ】
「……はい」
今度は、モップではなく指で押した。
少しだけ、怖さが薄れていたからだ。
青白い光が、石で囲った区画をなぞるように走った。
床に薄い線が浮かび、囲いの内側が淡く光り、三体のスライムは驚いたようにぷるぷる震えたが、逃げ出す様子はなかった。
そして、画面に文字が表示される。
【スライム飼育場:稼働開始】
【光苔消費効率が最適化されました】
【素材回収効率が上昇しました】
【スライム粘液核の生成速度が上昇します】
俺はしばらく、その文字を見つめていた。
胸の奥が、じんわり熱くなる。
戦ったわけじゃない。
強くなったわけでもない。
ただ、行動しただけの事――それでも、何かを前に進めた気がした。
「ゲームの拠点作りみたいだ、な」
思わず声が漏れた。
元々、自分で資源を集めて、施設を作って、効率を上げ、戦闘よりもそういう作業の方が昔から好きだった。
敵を倒して先へ進むより、畑を整えたり、倉庫を拡張したり、生産ラインを組んだりする方が落ち着く。
まさか実家の床下で、それをやることになるとは思わなかったが――俺はノートを開き、新しいページに書いた。
『スライム飼育場、稼働開始』
『光苔で誘導可能』
『石の囲いで一応隔離できる』
『素材回収効率アップ』
『近づきすぎないこと』
最後の一文には、俺は二重線を引いた。
調子に乗ってはいけない。
そもそもこれはゲームではない。
下手したら、死んでしまうかもしれない。
でも――俺は監視画面の中で、ぷるぷると光苔を食べるスライムたちを見た。
さっきまで怖いだけだった魔物が、今は少しだけ違って見える。
危険な敵ではあるが、管理できる存在でもある、今は。
「……これ、ちゃんとやれば稼げるんじゃないか?」
声に出した瞬間、自分で少し驚いた。
外で働くのは怖い、人と関わるのも怖い――何もかも全部無理だ。
でも、実家の地下で、誰にも会わずに、スライムを管理して素材を回収するだけなら、少しだけ、できるかもしれない。
画面の中で、スライムがぷるんと震えた。
俺はそれを見て、ほんの少しだけ笑った。
「……よろしくな。できれば、もう靴は食うなよ、頼むから」
もちろん、スライムは返事をしなかった。
ただ、光苔を食べながら、ぷるぷると震えていただけだった。
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