表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/7

第01話 十年ニート、床下収納に負ける

 俺は、十年間ニートをしている。


 二十八歳、職歴なし、収入なし、友人なし、恋人なしだ。

 ここまで並べると、もはや自己紹介というより事故紹介だ。

 高校を卒業してから、俺は何度か社会に出ようとした。

 専門学校に通おうとしたこともあるし、アルバイトの面接を受けたこともある。

 就職支援の窓口まで行ったことも、一応ある。


 ――ただし、全部失敗してしまった。


 専門学校は周囲に馴染めず、途中で行けなくなった。

 アルバイトは初日の説明で頭が真っ白になり、翌日から行けなくなった。

 就職支援の窓口は、建物の前まで行って中に入れなかった。

 それを繰り返しているうちに、外へ出ることが怖くなった。

 人と話すのが怖くなった。

 誰かに名前を呼ばれるだけで、責められているような気分になった。

 そして気づけば、俺は実家の自室に閉じこもっていた。

 最初のうちは、両親も声をかけてくれた。


「焦らなくていい」

「少しずつでいいから」

「何かできることから始めよう」


 多分だけど、優しい言葉だったと思う。

 でも、その優しさに応えられない自分が苦しかった。

 何かを始めるどころか、朝起きることすらできない。

 顔を合わせるたびに申し訳なくなって、俺は家族と食事の時間をずらすようになった。

 今では、両親とはほとんど会話がない。


 俺――道明寺佐宗(どうみょうじさみね)の生活は単純だ。

 昼過ぎに起き、スマホを見て、そしてゲームをする。

 夜になると動画を見つつ、家族が寝静まるのを待ち、そして台所へ行く。

 台所の残り物を食べ、そして部屋に戻って朝方に寝る。

 その繰り返しだ。

 昨日と今日の違いなんて、ゲームのログインボーナスくらいしかない。

 明日も多分同じだろうと思いながら、布団に潜る。


 そんな毎日が、十年続いていた。


 だから、その夜も本来なら何も起きないはずだった。


 午前二時過ぎ――家の中は静まり返っていた。

 俺はいつものように、足音を殺して自室を出た。

 廊下の電気はつけると誰かが起きるかもしれないからだ。

 暗い階段を下り、台所へ向かう。

 冷蔵庫の中には、ラップをかけられた煮物と、半分ほど残った白米があった。

 母さんが俺のために残してくれているのか、それともただ余っただけなのかは分からない。

 俺はできるだけ音を立てないように電子レンジを開けた。


 その時――ごとん、と、床の下から、何かが落ちたような音がした。


「……っ」


 俺は固まった。

 家鳴り、ではない。

 冷蔵庫の音でもない。

 もっと重い音だった。

 まるで床下で誰かが石を動かしたような音。

 音は、台所の隅にある床下収納のあたりから聞こえた。

 母さんが買い置きの醤油や缶詰を入れている場所だ。

 俺はほとんど開けない、重いし、中がごちゃごちゃしていて面倒だからだ。

 その床下収納の蓋が、ほんの少し震えたように見えた。


「い……いやいやいやいや」


 俺は小さく後ずさった。

 無理だ、これは無理なやつだ。

 空き巣なら警察案件だし、動物なら保健所案件でもある。幽霊ならどうしようもない。

 どれにしても、十年ニートの俺が対応していい問題ではない。

 俺はスマホを握る――警察に電話するべきか?

 いや、「床下から音がします」で通報して、何もなかったら最悪だ。

 警察官が来ると、両親が起きき、事情を説明する――無理、考えただけで胃が痛い。

 なら、父さんを起こすか。

 いや、それも無理だ。

 十年まともに会話していない息子が、深夜二時に「床下から音がする」と言いに来るのは、怪談より怖い。

 つまり、最適解はひとつ。


 ――見なかったことにする。


 そう決めて部屋に戻ろうとした瞬間。


 ――こん、と。


 床下収納の蓋が、内側から叩かれた。


「ひっ……!」


 情けない声が出た。

 間違いなく、何かいる、絶対に何かいる。

 ネズミとかそういう可愛いサイズではなく、間違いなく床下収納の蓋を内側から叩ける何かがいる。

 俺は逃げようとした。

 けれど足が動かない。

 このまま部屋に戻っても、絶対に眠れない。

 布団の中で、床下から何かが這い出てくる想像を朝まで続けるだけだ。

 だったら確認だけする。

 少し開けて、すぐ閉める。

 やばかったら逃げる。


「うん、確認だけ……確認だけだからな……」


 誰に対する言い訳なのか分からないことを呟きながら、俺は床下収納に近づいた。

 金属製の取っ手に指をかけ、手のひらに汗が滲む。

 息を吸って、吐く。

 もう一度吸って、覚悟を決める。

 そして、蓋を持ち上げた。


「……は?」


 床下収納の中には、本来なら保存食や調味料が入っているはずだった。

 なのに、そこには何もなかった。

 醤油もない、缶詰もない、収納ケースもない、代わりに、石造りの階段があった。


 床下収納の底が抜けた、という感じではない。もっと明確に、別の空間がそこに接続されていた。

 四角い収納口の下から、古びた石段が暗闇の奥へ続いている。

 階段の幅は、人ひとりが降りられるくらい。

 壁は荒い石でできていて、ところどころに青白い光を放つ苔のようなものが生えていた。

 冷たい風が、下から上がってくる。

 土の匂いと、湿った石の匂い。

 それから、知らない草のような匂い。

 俺の脳は、目の前の光景を処理できなかった。


 ――一体、何が起きているのだろうか、と。


 古い家だから床下に空間がある、くらいならまだ分かる。

 いや、それでも怖いが、理解はできる。

 けれどこれは明らかに違う。

 実家の床下に収まる深さではない。どう考えても、家の構造を無視している。

 その時、階段の奥から音が聞こえた。


 ――ぴちゃん。


 水滴が落ちるような音が聞こえた。

 ぞわり、と背筋が震えた。

 俺は無言で蓋を閉めた。

 ばたん、という音が台所に響く。

 そして俺は、蓋の上に両手を置いたまま呟いた。


「うん、見なかったことにしよう」


 そうだ、俺は何も見ていない。

 台所の床下収納を開けたら石造りの階段があった、なんて現実にあるわけがない。

 睡眠不足か、昼夜逆転のせいだ。

 もしかしたらゲームのやりすぎで脳が変な映像を見せた。きっとそうだ。

 明日の朝、母さんが普通に床下収納を開けて、醤油を取り出す。

 俺はそれを見て、「やっぱり気のせいだった」と安心する。

 それで終わり、終わりにする。

 そう思って後ずさった瞬間、床下収納の隙間から青白い光が漏れた。


「……」


 見ない、絶対に見ない。

 反射だ、冷蔵庫のランプか何かだ。

 深夜の台所で、謎の青白い光が床下から漏れているように見えることだって、長い人生には一度くらい――。


 ない。


 青白い光は、蓋の隙間からゆっくりと浮かび上がった。

 文字だった。

 空中に、半透明の文字列が表示されている。

 ゲームのシステムメッセージみたいな、無機質で整った文字。

 俺は食器棚に背中をぶつけた。

 がたん、と食器が鳴る。

 その音にすらびくっとしながら、俺は目の前の文字を見た。


【ダンジョン所有者を確認しました】


 それを見て、意味が分からなかった。

 いや、文字は読める、これは日本語だ。

 けれど、内容が理解できない。

 それはゲームや小説の中で見る単語であって、深夜二時の実家の台所で見るものではない。

 俺は乾いた喉で、どうにか声を出した。


「ひ……人違いです」


 文字は消えない。

 むしろ、俺の返事を聞いたかのように淡く明滅した。


【適合者名:道明寺佐宗】

「やめろ。個人情報を出すな」

【居住地との接続を確認】

「確認しなくていい」

【所有権の継承条件を満たしています】

「満たしてない。何も満たしてない」


 俺は必死に否定した。

 相手が文字だろうが、空中に浮かぶ謎メッセージだろうが関係ない。

 ここで少しでも受け入れたら、取り返しのつかないことになる気がした。

 これは面倒ごとだ。

 しかも人生最大級の面倒ごとだ。


「いらない、俺は何も所有しない。返品でお願いします」


 だが、青白い文字は俺の希望を一切考慮してくれなかった。


【ダンジョン所有者を確認しました】


 同じ文面が、もう一度表示される。

 その瞬間、床下収納の奥から低い振動が伝わってきた。

 床が微かに震え、階段の向こうで、何か大きなものが目を覚ましたような気配がした。

 俺はその場にへたり込んだ。

 電子レンジの中には、まだ温められていない白米と煮物がある。

 冷蔵庫はいつも通り低く唸っている。

 二階の両親は、たぶん眠っている。

 いつもの夜と同じはずだった。

 なのに、台所の床下には、あるはずのない階段がある。

 目の前には、青白い文字が浮かんでいる。


 ――俺は十年間、外の世界から逃げ続けてきた。


 学校から逃げた。

 仕事から逃げた。

 人間関係から逃げた。

 家族との会話からも逃げた。

 逃げることに関してだけは、それなりの経験がある。

 だから、この時の判断は早かった。

 俺は四つん這いのまま後退し、床下収納から距離を取り、そして震える声で言った。


「……今日はもう寝よう」


 現実逃避としては、百点満点の判断だったと思う。

 けれど、床下収納の隙間から漏れる青白い光は消えなかった。


【ダンジョン所有者を確認しました】


 その夜――十年間何も変わらなかった俺の生活は床下収納に負けた事で、少しだけ壊れ始めた。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!

していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!

ぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ