漁師のごちそう
その日は珍しく漁師の女将さんたちは全く来なく、家出娘たちがうちの店で茶をしばいていた。私はクローネに尋ねる。
「今日ってなにかあったの?」
「ああ、今日は久々に船が帰ってきますからね。うちも兄貴がそろそろ帰ってきますし」
「ああ……」
漁師にもいろいろといる。まだ真っ暗な中船出して、昼になったら帰ってくる人たちもいれば、数ヶ月帰ってこない人たちもいる。
どうも遠出していた人たちが帰ってくるらしい。そのせいか、カーラさんがせっせと料理の準備をしている。
「あれ、カーラさん。港に出るんですか?」
「皆久々の陸だから、酒と料理が必要だしねえ。あんたたちも来るかい? 出せるのは小洒落た料理じゃなくって、ちょっとした漁師飯になっちまうけど」
「いや、行ってみたいです」
そもそもカーラさん、朝と夜に出してくれるご飯が無茶苦茶美味い。ときおり本土からやって来る旅行者がわざわざカーラさんの宿に泊まって朝夜食べて帰っていくくらいには。たしかに彼女の料理は、王都の小洒落た店で出されるようなものと比べれば大味だけれど、とにかく素材の味を生かした海鮮料理であり、これがまあ、この辺りで出されるレモン酒との相性が無茶苦茶いいのだ。
私はクローネに尋ねる。
「お兄さんの手伝いに行かなくって平気?」
「あそこ男臭過ぎて、できればあんまり長居したくないんですよねえ。ミーナさん大丈夫ですか? 殴られませんか?」
「殴ってくるの? 殴り返していい? うちの実家も男兄弟多かったから、殴られたら殴り返してもいいって不文律が男女関係なくあったんだけど」
「ミーナ、いったいどんな生活送ってたんだい……王都ってそこまで怖いもんじゃなかったと聞いてたんだけどねえ。じゃあクローネは店番しときな。あたしはちょっとミーナと港の腹ぺこたちの手伝いをしてくるよ」
こうして、私はカーラさんに付き合って、港に出かけることにした。
カーラさんが持って行くものを見た。オリーブオイルにドライトマト。この辺りだとトマトは専らドライトマトなんだけれど、これがオリーブオイルで火を通しながら食べるとものすごくおいしい。
ついでにかなり大きな浅鍋を持っていくと、既に港は大賑わいになっていた。
とにかくいかつく日焼けした男の人たちが、港に残してきていた妻子と再会を喜んでいるのが見える一方、獲ってきた魚を魔法石で冷やしているのが見える。
やがて一部の男性がこちらに振り返った。
「おお、カーラさん! また手伝いに来てくれましたか!」
「そりゃねえ。こんだけ腹ぺこがいたら、人手が必要だろう?」
「どうもどうもー! おや、この別嬪さんは? ものすごい別嬪さんですけど」
そう言って筋肉隆々の人たちに屈まれて、私は思わず仰け反る。農民も皆筋肉がモリモリしているけれど、漁師さんとは筋肉の付き方が違うよなあと思ってしまう。その漁師さんの姿に、カーラさんは「およしよ」とベチコンと漁師さんのデコを小突いた。
「この子はミーナ。うちで昼間にティーサロン営んでる子だから。今日はここで炊き出しするから手伝いに来てくれたんだよ。あんたたちも頭下げな」
「あざぁーっす!! ほら、お前らも! カーラさんとミーナさんが炊き出しに来てくれたから!」
「あざぁーっす!!」
その場で魚を売りに出す準備をしたり、網の始末をしたりしている人たちが一斉に振り返って頭を下げてくれた。声ふっといなあ。私はビリビリするほどの声量に思わず目を細めている間に、「それじゃ調理するから、魚出しな」とカーラさんが言うと、漁師さんたちが「へい!」と言いながら魚を出してくれた。
大きいけれど鱗が取れているもの、少し大きさが足りてないものは、こうして皆で食べるために持って行かれる。出してくれたのは大きめの魚だけれど、鱗が少し荒れていたから、本土に売りに出されない分だろう。
他にも貝、海老などをもらって、私たちはそれぞれ持って行く。
「これどうするんですか?」
「魚は鱗を取って、三枚に下ろす。海老はわたを抜いて、貝は砂を吐かせる。できるかい?」
「それくらいならなんとか」
神殿時代は食事当番は身分関係なく厨房に立っていたし、聖女だろうが行儀見習いだろうが下働きだろうが関係なかったもんなあ。大人数の料理も習っていて本当によかった。
海水を汲んでくると、それに貝を放り込んで砂を吐かせ、砂を吐くのを待ちながら、カーラさんと一緒に魚の三枚おろしや海老のわた抜きをはじめる。
私もそこそこ慣れているとは思っていたけれど、カーラさんは今でこそ未亡人だけれど元々は漁師の嫁だ。とにかく手が早い。私が鱗取りをしている間に、さっさと手持ちの魚を次々三枚に下ろしていき、わたもどんどんと抜いていってしまった。早い。だからと言って雑じゃない。
下準備が終わったものを、オリーブオイルを入れた浅鍋に次々魚と海老を入れて焼き、皮目がこんがりとしてきたところで、貝を加えてドライトマトと海水を入れて煮はじめる。
初めて海水で煮はじめたときはびっくりしたものの、よくよく考えたら塩は海水を乾かしてできるんだから、海水でも塩水と同じように使えるんだよねと納得してしまった。これであとは貝が開いたら完成。アクアパッツァになる。
味付けが海水とオリーブオイル、ドライトマトだけなのに、素材がいいのかカーラさんの長年の勘が冴えまくっているのか、とにかく彼女のつくるアクアパッツァはおいしい。
「ほら、アクアパッツァできたよ! 器に盛っていきな!」
「はい! 無茶苦茶おいしそう……」
「ちゃっちゃとつくれないと、腹ぺこたちがうるさいんだよねえ。ほら、取っていきな。押すんじゃないよ。順番抜かしたら殴るからね」
「へい!」
あれだけ大柄な人たちも、カーラさんの言うことはよく聞く。私も器に入れてアクアパッツァを配給していたら、ときどき漁師さんが「ところで、次はいつ来る?」とか「店に遊びに行っていい?」とか聞いてくる。
ナンパかあ……王都から出てきたからって、別に王都の世間知らずなお嬢様じゃないのになあ。私は「さあ」「お客さんたち泣かせないなら」「店で喧嘩したら出禁」と返しつつ、アクアパッツァがなくなったのを確認した。あれだけ大きな鍋でつくったのに、もうなくなったのか。
「あぁあ……残ったらできたてのカーラさんのアクアパッツァ食べたかったなあ」
「褒めたってなんにも出やしないよ、どうせあとで漁師連中がうちに魚を卸しに来るだろうから、またつくれるよ」
「わっ、楽しみです」
「そこまで喜ばなくっても」
いや喜ぶよ! とは思わずにいられなかった。
漁師さんたちがハフハフさせながら、おいしそうにアクアパッツァを頬張っている。この光景を見ていたら、なるほどたしかに食べさせたくなるものだと納得した。




