その頃の王都
ジーノが王都に出かけるのは、レモンを欲しがる王都の食堂が多いためである。さすがにジーノの営む農場では王城に仕入れるほどの量も質も担保はできないものの、大衆食堂では比較的よく卸していた。
本来ならばルーチョのような商人に仲介を頼む方が、農業に専念できるのだが、ジーノは王都の流行りや噂を見るのが好きで、こうして自分から売り込みに出かけていたのだった。
予定の場所を巡り、最後に神殿に出かける。いつも神殿で出される安価な食堂で食事を摂ってから帰るのが楽しみだった。
その中で、「大変ねえ」と女性たちがしゃべっているのが見えた。
(ミーナさんと同じタイプの人かな)
巫女は本気で出家しているような人しかなることがなく、神殿内で噂話に興じるような人たちは専らお金を得るために働いている洗濯婦や掃除婦である。ミーナは洗濯婦から聖女に任命されたことは、ときおり彼女から聞いていた。
「聖女様、なんだか農民からボイコットされてるみたいで」
(えっ!?)
そういえば。ミーナの後任の聖女は公爵令嬢だと聞いている。王族に嫁ぐことが内定しており、もしかすると国母になるかもしれないから、箔のために聖女になったらしい。それを耳にしながら、ジーノは心臓をバクバク鳴らしながら、ぱくんと食堂のご飯を食べた。今日はライスコロッケに温野菜サラダとおいしいものだったのだが、既に味を感じなくなりつつあった。
洗濯婦たちはライスコロッケをパクパクしながら話を続ける。
「久々の貴族出身の貴族だからね。魔力使い過ぎると命かかるってわかってるせいか、平民出身の聖女よりも加護も祝福も使わせないせいで、もう評判悪い評判悪い」
「傍から見るとあれよね。身分も低くて後ろ盾もない聖女を、公爵令嬢が立場簒奪してるように見えるから」
「見えるもなにも、結婚の箔付けのためとはいえど、ほぼほぼその通りだからね」
「これが本当に最近流行りの悪役令嬢ばりに、『私悪くないもん』と開き直れる方だったよかったのに、聖女様、本気でやる気満々だから、困惑してるみたいなのよね、ほんっとうに気の毒」
「蝶よ花よで育てられて、人間の悪意を浴びたことのないようなご令嬢が、いきなり前の聖女様のほうがよかった、前の聖女様はどこにやったんだと言われても困るし、いきなり怒声浴びたらたまったもんじゃないでしょうに」
「これはねえ……普通に貴族連中がアホだと思うわ。神殿でのやり方も、聖女のことも、箔付け以上の意味を見いださないんだから」
「でも……聖女様がまともに加護も祝福もできないとなったら、今年不作になるんじゃ……」
「本当に貴族連中の失策で迷惑こうむるのは庶民なのにね。どうしてくれるのかしら」
ジーノは慌ててライスコロッケを飲み下すと、喉を詰まらせて目を白黒とさせる。
なにはともあれ、ミーナに伝えなければいけなかった。
(あの人わかってたのかな……こうなること)
ミーナの日頃の言動を思い返し、「いやあ」とジーノは思った。
彼女は馬鹿ではないが、アホなのだ。わかって悪意を振りまいたというよりも、予想はしててもここまでひどいとは思わなかったと呆れるだろう。
とにかく、慌てて小島に戻る算段を立てることとなったのだった。
****
ルカの元には、農民たちからの抗議文が届いていた。
「……ミーナは人気だったようだね。元の聖女に戻すようなんとか口利きしてくれって話が多い」
「そりゃそうでしょう、旦那様。彼女はよくも悪くも貴族社会に全く馴染まず、農民たちの話をひとつひとつ聞いた上で、加護も祝福も使ってらしたのですから。ただ、それが原因でお体を悪くされましたが」
執事の言葉に、ルカは顔をしかめた。
ミーナには逃げられてしまっていてもなお、彼は彼女のことが好きだった。彼女は忙し過ぎて全く覚えてないようだったが、彼女がルカの管轄の農村で祝福を与えているのを見た。草木にだけかかる病気が原因で、このままだと不作で畑一帯を焼き払うしかないという危機に見舞われていた農村を、彼女の祝福の力が救ったのを見て、ルカは感化されていた。
ルカが彼女が聖女の役割を降りないといけないと知ったときは、自分から神殿に売り込みに行ったのだ。誰も彼女をもらわないのだったら自分が彼女を引き取ると。
もっとも、彼女は者扱いされるのが嫌だったのか、荷物をまとめて逃げ出してしまったが。それはただ、ルカを惚れ直させるだけの行動だった。彼女の打算なしの行動は、ただただ潔くて美しいと。周りは「フラれたのにえっらくポジティブだな!?」という顔をされていたが、ルカは見なかったことにしていた。
だが、聖女のシステムというものは不条理極まりないものだった。
かつては生贄や犠牲として使われていた聖女の力は、今でも農村では平気で使われている。彼らは聖女たちの使う力は本気で奇跡のものだと信じて疑わず、それらは彼女たちの魔力や命が源だとは、本気で気付いてないのだ。
神殿側もその辺りをわかっているから、なんとか聖女の力をできる限り使わない方向に持って行きたいらしいが、貴族たちは平気で聖女の立場を利用する。農民たちは聖女の力にすがりつく。そもそも彼女たちの奇跡の恩恵にあずかれない者たちは彼女の存在に興味なしと、とことん不条理なまま運用だけ続けられていた。
ルカは頭が痛いとこめかみを指で弾く。
「貴族令嬢は基本的に聖女に就任しても一年くらいで嫁ぐからそこまでひどくないというのに、庶民が聖女になったら最低ラインで六年。ミーナの前任に至っては十年単位で聖女をやっていたんだっけね。おかげですっかりと魔力を吸い尽くされてボロボロになっていたと」
「聖女の力を酷使し過ぎです。もっとも……庶民は聖女の力を本気で奇跡の力と思ってらっしゃいますから、それを使い過ぎては死に至るという発想が本当にないのでしょう」
「頭が痛いね」
「全くです……ですが、このままだと公爵家も立つ瀬がないでしょう。まさか今まで庶民に押しつけていた聖女のシステムが原因で、現聖女が不況を買うとは思っていなかったでしょうし。このままでは王族との縁談にも支障が出ます」
「政治の世界にポピュリズムは持って行かないほうがいいと思うけど」
「ですがある一定の人気がなければ、世の人は言うことを聞きません」
ルカは何度目かの頭痛が痛いという顔をした。
「自分からしてみれば、彼女が好きにしているんだったら、彼女を再び聖女の役割を与えるのは本意じゃないんだけれど」
「ですけど、ミーナ様は聖女に向いておられます。彼女の言葉でなかったら、言うこと聞かない者たちも大勢いらっしゃいますでしょう」
「彼女にはそういう生き方はあまり向いてないと思うんだけどな」
赤毛を靡かせ、祝福の力を使う美しい聖女。彼女の自由過ぎる言動は、誰からも理解されないだろうが、それでもルカにとって、彼女の生き様は好ましかった。
おべんちゃらを言うのには疲れたのだろう。下手な嘘をつくのもしんどいのだろう。彼女が人のためにつくる笑みよりも、太陽のように笑う本気の笑顔のほうが美しい。
ルカは彼女に逃げられた今でも、彼女のことを愛していた。




