トルタ・ディ・リーゾと商人の訪問
私は卵黄を器に淹れて持って帰ると、早速調理を開始していた。
「あれ、ミルク粥つくるんですか?」
今日は漁師が比較的空いていて、代わりに漁師の女将さんたちがお茶に来ていたのを接客していたクローネは不思議そうな顔をしていた。
「うん、ミルク粥つくって、それで卵黄を使い切っちゃおうかと」
「卵黄?」
「うん、ちょっと神殿でかなり卵黄余ったっていうから。さすがに丘の上の神殿も、神官さんひとりだけでの運営だから。この間も怪我して倒れてたし、過労で疲れるくらいだったらお菓子づくりくらいだったらうちでも請け負うって話をしてきたところなのよ」
「はあ……でも神殿だったら、普通のレモン農家さんたちがいらっしゃいますから、そこまでミーナさんが気を回さなくってもいいような」
そうだよな、クローネは漁師の家の子だから、普通に精霊信仰の家系で、神殿のことはあんまり知らないもんなあ。牛乳と砂糖がある程度沸いたところで、お米を流し入れる。
「神殿って、王都みたいに大勢下働きや巫女さん、掃除婦やら洗濯婦やらがいるから、大量のお菓子づくりもなんとかなるんだけどね。あの量をひとりでするのはさすがに無理だから」
「ミーナさん、王都の神殿に詳しいんですねえ」
クローネの言葉に、私はギクリという顔をした。聖女です。元だけど。だから神殿の仕事量にも一過言あるなんてこと、言える訳もないしなあ。私は明後日の方向を見て誤魔化した。
「まあ、お菓子づくりのレシピ収集に、神殿に通うっていうのはよくある話だから」
「そうなんですか?」
「そうなの! そうなの!」
誤魔化しながらお米がいい具合にミルク粥として、蕩けてきたところで、魔法石台から降ろして、人肌程度の温度になるまで冷ます。人肌温度になってきたら、白ワインで香り付け。味を引き締めるために少量の塩を足してから、卵黄をよく混ぜてから投入する。
卵を混ぜ入れるときは固まってボソボソにならないように、ちゃんと冷めたと確認してから入れて、よく混ぜる。
あとは麻布を入れた型に出来上がった卵生地を流し入れ、薪オーブンで焼く。
「これは? お米のお菓子はたびたび見ますけど、卵と混ぜて焼くのは初めて見ました」
「うん。これはトルタ・ディ・リーゾ。王都で流行ってるお菓子のひとつね。卵黄もたっぷり使うから、これで卵も使い切れるし」
ミルク粥を使うお菓子は割とポピュラーなんだけど、卵を使って固めるのは王都ならではじゃないかな。
焼き上がったところで、匂いを嗅ぎつけた女将さんたちが不思議そうな顔で見はじめる。私は焼き上がったそれを切り分け、ひと切れはクローネ、ひと切れはカーラさん、そして私もひと切れ試食として食べはじめる。
ひと口食べたクローネは「んんんんんっ」といいリアクションをしてくれた。
「見た目はカスタードクリームっぽいと思いましたけど……なんかこの食感面白いです。お米のボコボコした食感が。多分これ、松の実とかレーズンとか入れてもおいしいかと」
「うん。もっとプディングみたいなもんかと思ったけど、それよりはこってりしてるねえ。おいしいよ」
「ありがとうございます。これ、神殿に卸してきますね!」
「でも神殿にはまた別途のお菓子出して、これうちのメニューに加えても」
「さすがに神殿の卵黄ちょろまかしてもねえ」
そう話をしていたら、「これ、神殿の礼拝で食べれるのかい?」と気になったらしい女将さんが声をかけてきた。
私は頷く。
「はい、神殿の卵黄処理の手伝いですんで」
「そっか……神殿にねえ」
「でも農家と揉めるのはねえ……」
なるほど。小島でもうっすらと農家や牧場と漁師には、見えない隔たりがあるんだな。たしかにそうだな、同じ島でも、食生活がうっすら違うし。違うせいなのか、王都はなんでも一緒くたにしてしまうのに対して、小島では漁師側では海の物が中心でそれ以外を混ぜるとちょっと怒る。神殿のある牧場側では山の物が中心でそれ以外を混ぜると機嫌悪い。具体的に言うと、海鮮と肉を混ぜるのがよろしくないみたいなんだ。
「神殿側も、礼拝以外に世間話も歓迎しているはずなんで」
「そうかい?」
「まあ、農家と揉めない程度には」
そう言って、その話が一旦終わったところで。
カランと扉が開いた。
「はい、いらっしゃいませ」
「やあミーナ」
「あら、ルーチョ。いらっしゃい」
「今日はずいぶんといいものつくってたようだね」
「あら。今日つくってたのはトルタ・ディ・リーゾだから、あなたのお口には合わないと思うけど」
さすがに甘いものが苦手な人に食べさせるのはなあと思う。それにルーチョは軽くウィンクしてきた。本当にキザな仕草が嫌みにならない人だなと妙な感心をする。
「いやなに、今日は君に商品を届けに来たのと、これはどうだいと見せに来ただけだよ」
「あら。私宛てに売り込み? なになに」
届けてくれたのは、蜂蜜に、ハーブティー各種。この辺りでもローズマリーは採れるけど、メリッサもルバーブも採れないから、持ってきてくれたのは嬉しい。他にもラベンダーとか、マロウとか、癖があるけどおいしいものを持ってきてくれたのは嬉しい。
小島ではあまり見ないハーブもあり、カーラさんもクローネも物珍しげに眺めている。
「マロウティーなんかは、レモンの産地のこの島だったら面白いわね」
「マロウ?」
「はい、王都だったらちょっとした面白い効果で人気だったんです」
ひとまず論より証拠で、お湯を沸かしてカップにマロウティーを注いでみた。
空色をしているお茶は、白いカップによく生えた。
「綺麗な色だねえ。でもこれがわざわざ王都で人気?」
「ええっと、一応炎症止めとして人気だったんですけど、それだけじゃなくって。ちょっとレモン搾りますね」
アイシングに使って残っていたレモンを搾ってマロウティーに加えると、たちまち水色がピンク色に変わった。
「あら……手品?」
「そういうハーブティーなのよ。でもありがとう、こんなに」
「ハハハハハ。こっちは君から受注したものを運んだだけ。本命はこっちだよ」
そう言いながら瓶になにやら出してくれた。
「あら? これは……」
「胡椒各種だね」
黒胡椒に白胡椒。その中にピンク色の胡椒まである。
「どれも香りが強くって辛みがあるわね。でも……このピンク色の胡椒はなんか違う?」
「うん、黒胡椒と白胡椒は、コショウの一種なんだけれど、ピンク色の胡椒はそもそも種類が違うけど似ているから胡椒って名前が付いてるだけだからね」
「味は……他の胡椒と違って辛くないわね?」
確かにスパイシーな香りはするけれど、むしろ味わいは甘いような気がする。私はそれを試食しながら、味を組み立てていると、ルーチョはニコリと笑った。
「君だったらきっと使いこなしてくれるさ。ところで、前にジェラートで俺向けのお菓子を用意してくれると聞いたけれど、頼んでいいかい?」
「ええ、いいわよ」
私は大麦コーヒーをなるべく濃く淹れると、前にクローネにも見てもらった要領でジェラートを高く積んでから大麦コーヒーを注ぎ入れた。アフォガードを見ると、ルーチョはにこっと笑いながら食べてくれた。
「うん、いい味だ」
「お褒めに預かり光栄です。あなたしばらくは小島にいるの?」
「そうだね、しばらくは滞在予定だよ。君がなにをやっているのかを見てみたいしね」
そう言ってまたしてもウィンクをする。女将さん連中はものすっごく胡散臭いものを見る目で見つめ、カーラさんは呆れ気味。クローネに至っては「またミーナさんに変なことしたら承知しないですからね」とふんすふんすと怒っている。
この人本当によくやるなあと、私は若干腰が引き気味なまま感心した。




