第十話「黄金色の秋と、父が泣いた日」
秋が来た。
試験区画は——色を変えていた。
緑だった畑が、黄金に染まっていた。
グロムが、土に膝をついた。手で、そっと掘る。指先に、確かな重みが触れた。
「……出た」
ゆっくりと、引き抜く。
土の中から現れたのは、丸く、重い——黄金芋だった。表面は少し歪だ。でも、十分すぎる大きさだった。
グロムが笑った。声にならない笑いだった。
「できたぞ……!」
その声で、人が集まった。畑の周りに、少しずつ。
セルが一歩前に出た。芋を見た。持った。重さを確かめた。
「……いける」
短く、それだけ言った。
俺はグレイスに抱かれて、その光景を見ていた。胸の奥が、少しだけ熱かった。
148年間、結果なんて出したことがなかった。
でも今は——違う。
これは、結果だ。
収穫は、その日のうちに進められた。
試験区画だけ。それでも、予想以上の量が取れた。
ただ——一つ、問題があった。
「小さいな」
セルが言った。
並べられた黄金芋の中に、明らかにサイズのばらつきがあった。大きいものは十分だ。でも、小さいものも混ざっている。
グロムが腕を組んだ。
「水の入り方にムラがあった。あと半月あれば揃ったが……」
借金の期限は、待ってくれない。
セルが計算していた。
「この量とサイズだと——想定より一割落ちる」
一割。
小さい差に見える。でも今のレイン家には——重い。
俺は板を並べた。
じ・ゅ・う・ぶ・ん・だ
セルが俺を見た。
「足りない」
俺は首を振った。
つ・か・い・か・た・を・か・え・る
「使い方?」
俺は続けた。
ぜ・ん・ぶ・を・う・る・な
セルの目が、わずかに細くなった。
「……選別するのか」
頷いた。
「大きいものだけを”商品”にして、小さいものは加工に回す……か」
グロムが鼻を鳴らした。
「最初からそう言え。小さい芋は干せば甘みが増す。保存も効く」
セルが笑った。
「なるほどな。量じゃなく、“価値”で勝つ」
俺は笑った。
三日後。
ドーゼルが来た。
今度は、馬車が一台増えていた。
「“収穫”を見せていただけると伺いまして」
いつもの笑顔。でも——目は完全に仕事の目だった。
畑に案内した。
黄金芋が並んでいた。選別された、大きく、形のいいものだけ。
ドーゼルが一つ手に取った。重さを確かめる。表面を見る。
「……ほう」
それだけ言った。
次に、加工品を見せた。干した黄金芋。
ドーゼルの手が、一瞬止まった。
「これは?」
セルが答えた。
「保存性と糖度を上げた加工品です。輸送にも向いています」
ドーゼルが、少しだけ笑った。
「“一手先”を見ている」
俺を見た。
——視線が、長い。
俺は見返した。
ドーゼルが息を吐いた。
「評価を、訂正します」
父とセルが息を呑んだ。
「レイン家は——“返せる可能性がある”から、“育てる価値がある”に変わりました」
はっきりと、そう言った。
交渉は、その場でまとまった。
期限延長。条件付きだが、前回より明らかに良い。そして——追加の一言。
「商会として、販路の一部を引き受けましょう」
セルの目が見開かれた。
ドーゼルが続けた。
「ただし、継続して品質を維持できるなら、です」
「やります」セルが即答した。
ドーゼルが笑った。
「期待しています、次男坊様」
帰り際。
父が、畑に残った。
夕日が落ちていた。黄金色の畑が、赤く染まっていた。
父が、土に触れた。ゆっくりと、指でなぞった。
——先代が、愛した土だ。
それから——顔を覆った。
肩が、わずかに揺れた。
泣いていた。
声は出していなかった。でも——泣いていた。
俺は、その光景を見ていた。
セルも、何も言わなかった。
グロムも、黙っていた。
ただ、風が吹いていた。
夜。
俺は天井を見上げた。
農地は成功した。借金も、道ができた。
でも——終わりじゃない。
ノートは、まだ残っている。王立魔法院の件も、まだ動いていない。
そして——ドーゼルは、“育てる”と判断した。
それはつまり、これからも見られるということだ。
俺は笑った。
いい。
見られている方が、やりやすい。
148年間、誰にも見られなかった。
今は——違う。
必要とされながら。
それで十分だ、今日は。
第十話 了




