第一話「148年と、たったひとつの願い」
暗かった。
ずっと、暗かった。
ダンジョンの最深部、誰も来ない石の隙間に身を潜めて、俺はただ息を殺していた。
いや、正確には息などしていない。
俺はアンデッドだから。
名前もない。仲間もいない。
ただ、存在していた。
アンデッドは弱い。
これは世界の常識だ。
冒険者の教本には一ページ目にこう書いてある。
「アンデッドは最弱のモンスターである。知性を持たず、群れることもできず、日光の下では塵と消える」
俺はその最弱の中でも、さらに弱かった。
スケルトンにすら負ける。
ゾンビにも逃げられる。
だから隠れた。
ひたすら、隠れた。
三十年が過ぎた頃、俺は死んだ冒険者に触れた。
流れ込んできた。
男の名前はガルド。
王都出身の剣士、二十三歳。
幼い頃に父を亡くし、母と妹を養うために冒険者になった。好きな食べ物はシチュー。初めて好きになった女の子の名前はマリア、告白できないまま別の街へ行ってしまった。
スキルも——全部。
剣技も、戦術も、魔力の扱い方も。
ガルドが生涯かけて積み上げたもの全てが、俺の中に入った。
俺はしばらく動けなかった。
記憶の中に、何度も太陽が出てきた。
朝、窓から差し込む光。草原を走る時に顔にあたる温かさ。妹と並んで日向ぼっこをした午後。
俺は知らなかった。
太陽が、そんなものだとは。
それから俺は、記憶を集め続けた。
剣士の記憶。魔法使いの記憶。盗賊の記憶。神官の記憶。百戦錬磨の傭兵の記憶。世界を旅した吟遊詩人の記憶。
剣聖の技も、大魔導士の詠唱も、謀略家の知恵も——全部、この中に入っている。
148年で、何百人分の「勝ち方」が俺の中に積み上がった。
でも俺は、ダンジョンの暗闇に隠れたままだった。
強くなっていることに、気づかなかった。
いや——
気づきたくなかったのかもしれない。
強くなれば、外に出る理由ができてしまうから。
怖かった。
148年間、ずっと怖かった。
寿命が来たのは、唐突だった。
体の感覚が消えていく。
骨がひとつ、またひとつ、砂になっていく。
ああ、終わりか。
不思議と、怖くなかった。
砂になりながら、俺は初めて願った。
——次があるなら。
——太陽の下を、歩いてみたい。
ただ、それだけを。
眩しかった。
目を開けたら、光があった。
白くて、温かくて、やわらかい光。
俺は赤ん坊だった。
小さな手を持ち上げて、光にかざした。
骨じゃない。
ちゃんと、肉がある。血が通っている。
俺は、人間だった。
頭の中に、知識が流れ込んできた。148年分の記憶が、新しい情報と結びつく。
ここは、レイン男爵家。
没落しかけた貴族の屋敷。
俺は三男として生まれた。
窓の外、木漏れ日が揺れていた。
148年ぶりに見る、太陽だった。
俺は泣いていた。
赤ん坊だから泣いているのか、それとも別の理由なのか、自分でもわからなかった。
ただ、温かかった。
よし。
148年、隠れ続けた。
怖くて、弱くて、ただ息を潜めていた。
でも今の俺の中には、何百人分の記憶がある。
剣も、魔法も、知恵も、全部。
もう怖くない。
今度こそ、ちゃんと生きる。
誰にも見向きもされなかった俺が——この世界で、一等賞を取りにいく。
何の一等賞かは、まだわからない。
———だからこそ、全部で一番を取りにいく。
第一話 了




