第一話「148年と、たったひとつの願い」
骨が、砂になっていく。
指先から順番に。ぱらり、ぱらりと。
ああ、終わりか。
不思議と、怖くなかった。
俺はアンデッドだった。名前もない。仲間もいない。
ダンジョンの最深部、誰も来ない石の隙間に身を潜めて、148年間、ただ息を潜めていた。
いや、正確には息などしていない。
ただ、存在していた。
アンデッドは弱い。これは世界の常識だ。
冒険者の教本には一ページ目にこう書いてある。
「アンデッドは最弱のモンスターである。知性を持たず、群れることもできず、日光の下では塵と消える」
俺はその最弱の中でも、さらに弱かった。
スケルトンにも勝てない。ゾンビにも敵わない。
だから隠れた。ひたすら、隠れた。
三十年が過ぎた頃、俺は死んだ冒険者に触れた。
流れ込んできた。剣技も、戦術も、魔力の扱い方も。
記憶の中に、何度も太陽が出てきた。窓から差し込む光。草原を走る時に顔にあたる温かさ。
俺は知らなかった。太陽が、そんなものだとは。
それから俺は、記憶を集め続けた。
剣士の記憶。魔法使いの記憶。盗賊の記憶。神官の記憶。剣聖の技も、大魔導士の詠唱も――全部、この中に入っている。
148年で、何百人分の「勝ち方」が俺の中に積み上がった。
でも俺は、ダンジョンの暗闇に隠れたままだった。
強くなっていることに、気づかなかった。
いや――気づきたくなかったのかもしれない。
強くなれば、外に出る理由ができてしまうから。
怖かった。148年間、ずっと怖かった。
骨が、また一つ、砂になる。
残り少ない指で、俺は初めて願った。
――次があるなら。
――太陽の下を、歩いてみたい。
ただ、それだけを。
眩しかった。目を開けたら、光があった。
白くて、温かくて、やわらかい光。
俺は赤ん坊だった。小さな手を持ち上げて、光にかざした。
骨じゃない。ちゃんと、肉がある。血が通っている。
俺は、人間だった。
頭の中に、知識が流れ込んできた。148年分の記憶が、新しい情報と結びつく。
ここは、レイン男爵家。没落しかけた貴族の屋敷。
俺は三男として生まれた。
窓の外、木漏れ日が揺れていた。148年ぶりに見た、太陽だった。
俺は泣いていた。赤ん坊だから泣いているのか、それとも別の理由なのか、自分でもわからなかった。
ただ、温かかった。
よし。
148年、隠れ続けた。怖くて、弱くて、ただ息を潜めていた。
でも今の俺の中には、何百人分の記憶がある。
もう怖くない。今度こそ、ちゃんと生きる。
――だが、生まれて早々に、俺は気づくことになる。
三男という立場が、想像よりずっと――「いらないもの」扱いだということに。
第一話 了




