森の異常
この時期の執筆は手先が寒い…。
末端冷え性には辛いので春が待ち遠しい。
…春は春で花粉症がきついのですが(;'ω'∩)
ルクスが森人族の里へやってきた日の夜。
二人組の森人族が夜間見回りの任務にあたっていた。
里に近づこうとする獣を追い払うことが主任務の狩人たちだが現在は森に異常がないかを確認して回ることも任務となっている。
「またか」
「今回も酷いな」
彼らが見る先には無惨に喰い荒らされた猪の亡骸が転がっている。
大物といえる大きさの猪が何かに喰われているという状況は彼らの危機感を煽るには十分であった。
それにこれは初めて見る光景ではない。
「これで八回目か」
「ああ。しかも発見地も里から近い位置になってきている」
「深刻だな。前回報告は上げた際、ナービル殿にこの惨状を生み出した存在を早期に探し出して討伐すべきとも進言したが…。見回りを増やした程度だ。これでは里の者がいつ襲われてもおかしく…」
「しっ、今何か聞こえなかったか?」
狩人たちを取り仕切る狩人長への不満が僅かに漏れ出た瞬間に聞こえた微細な音。
獣を狩る者として聞き逃せない草木と何かが擦れる音と確かに感じる獣の気配。
二人の狩人は瞬時に警戒を強める。
木々に積もった雪が地面へ落下した瞬間、それは飛び出してきた。
突っ込んできた何かを狩人たちは近くの木へと飛び上がることで回避した。
「おい…! こいつは…」
「魔獣が何故こんなところに…?」
二人の狩人へ突進を仕掛けたのはアイスハウンドだった。
冒険者ギルドの定めた討伐ランクはD級。
脅威度数的にはそこまで高くないのだが二人の狩人は大きな危機感を持っていた。
サウシーセ大森林は魔力濃度が高いという性質上、定期的に魔獣が発生する。
しかし、それは半年に一度程度のもので大抵は外層の惑わしの結界付近で目撃される。
このような森の中心地に魔獣が現れることなどたったの一度もなかった。
困惑と混乱の中でも二人の狩人の動きは早かった。
一人が瞬時に矢を射掛けて魔獣の逃げ場を塞ぎ、もう一人が風刃を放つ。
アイスハウンドの首が落ちるのを確認し周囲の気配を探ってから狩人は木の上から飛び降りた。
「本当にアイスハウンドだったか」
「こんな森の奥まで入り込むことがあるとは」
「…そういえばこのアイスハウンドは氷を使わなかったな」
「妙だな。アイスハウンドといえば遠距離から氷を用いた攻撃をして弱った相手を襲う習性のはず。だがコイツはそうしなかった。少し気になるな」
「まぁ何はともあれここで倒せてよかった。はぐれ個体とはいえ里に入り込めば一大事だからな」
「そうだな。一度里に戻って狩人長に報告しよう」
二人の狩人はアイスハウンドの毛皮を証拠として剥ぎ取って足早にその場を去った。
◇◇◇
「そうか。討伐ご苦労だった。里長への報告は私からするので引き続き見回りを頼む」
「了解した」
二人の狩人が退出するのを確認してから狩人長であるナービルはふんと鼻を鳴らしてから何事も無かったかのように仕事を始める。
「よろしいのですか」
「何がだ?」
「里長へ報告へ向かわれるのではと…」
「たかがアイスハウンドのはぐれが一匹たまたま迷い込んだ程度で報告を上げていては兄上も休めぬ。そも、里の周辺警備に関することは狩人長である私の管轄だ」
「それはそうですが…はぐれ魔獣の出没もこれで今月六回目です。今は人族や人魚族との同盟の件もありますし…」
「はっ、馬鹿なことを。あの人族に伝わればそれこそ大事になるだろう。はぐれ魔獣を悪魔の尖兵などと言われては里は同盟案に傾く。こんな些事で決められては私の立つ瀬がないではないか。もっと考えるのだな」
「…申し訳ありません」
ナービルは書記官の懸念を一蹴して再び書類と向き直った。
明くる朝、サウシーセ大森林に住まう森人族三百人全員の立ち会いの元で同盟肯定派と同盟否定派による舌戦が繰り広げられた。
肯定派の代表としてマーゼルは悪魔の危険性と信仰する風の精霊王や水の精霊王が自分たちの味方となると説き健闘した。
これによって比較的若い森人族たちの考えは同盟派に傾いたが否定派のナービルやはり強く、狩人の精強さと他種族のために森人族が血を流すのはどうかと主張。
百年以上生きている者や狩人の森人族を中心に支持を集め、数の上では否定派が大きく上回結果となった。
里長であるアービルは明日の昼に最後の弁論の場を設けた後に多数決を取るとしこの場を解散させた。
◇◇◇
そしてこの日の夜、事件は起きた。
いつものように書類仕事を終えて葡萄酒を嗜むナービルの部屋へ息を切らした書記官が飛び込んでくる。
「何事だ騒々しい。ノックをすることもできなく…」
「それどころではありません! 襲撃です!」
「なに?」
「複数の方角から里を目指す魔獣の集団を確認しました! 既に見回りの狩人たちが戦闘を開始し応援を求める笛が鳴らされています」
「なんだとっ!?」
荒々しく立ち上がった衝撃で葡萄酒が机を赤く染めるが気にしている場合では無かった。
「非番を含めて狩人を全員広場に集めろ! 見回りの狩人の元に急ぎ応援を送る。笛が鳴ったのはどの方角だ」
「北西、南、南東の三方です」
「詰所の狩人を三つに分けて各地に送れ。合わせて各方面の魔獣の規模を調べ報告させろ! それと里長に伝令を出せ! 里長直属の魔術師たちに里の防衛を託して狩人は総員で里の外敵排除に向かえ!」
「了解しました」
慌ただしく動き始めた森人族の里。
その喧騒を一人の人間と精霊が眺めていた。
「行くの?」
「ああ。マーゼルには動くなと言われたが今森人族に被害が出たら本末転倒だしな。それにここで一緒に戦う感覚を掴んでおくのも悪くない」
「ん。それはそう。でも初めての相手が魔獣っていうのが不満」
「そう言うなよ。俺の予想が正しいならその不満はすぐに発散する機会が来ると思う。行く前に一つ頼んでいいか?」
「なに?」
人間の頼みを聞いた精霊はその意味を悟って僅かに口角を上げ快諾するのだった。
◇◇◇
「くそっ、何故こんな数のアイスハウンドが…!」
「一つの群れだけじゃない。いくつかの群れが一緒になってるようだ」
見回りだった狩人の二人は魔獣の群れを発見から今まで樹上を後退しながら矢を射掛けて数を削り続けていたが未だ魔獣の数は数十を超えていた。
「これ以上下がれば里の者まで危機に晒される。…しかし」
「今だ、放てっ!」
どうしようもない状況に焦る狩人の耳に聞き慣れた声が耳朶を打つ。
同時に正確無比な矢と風魔術が魔獣を襲った。
「押し留めろっ! 足を狙え! 魔獣共をこれ以上進ませるな!」
「「「おうっ!!!」」」
断末魔をあげて倒れる仲間の姿を見た魔獣たちの足が止まった。
その隙を見逃さず追撃を命じた若き森人族は狩人たちの
「お怪我は無いですか?」
「マーゼル…! 何故お前が。この非常時に若い衆が里の外に出るなど狩人長に知られれば…」
「そんなことを言っていられる状況ではない! 今は老若男女問わず戦い、この状況を打開することを考えるべきでしょう。それに叔父上が事態を正確に把握して各所に適切な援軍を送るには時間がかかります。我らでその時間を稼ぎます」
「何度か笛が鳴っていたからまさかと思っていたが他でも魔獣が?」
「はい。ここ以外にも二方向から魔獣が迫っています。応援がどれほど来れるかも分からない状況です」
「想像よりも悪い状況のようだ。…マーゼルたちが来てくれてよかった」
「感謝をするくらいならこのあと里長たちに怒られる時に助け舟を頼みます」
「ははっ、いいだろう。だがまずはあれらをどうにかしなければ。マーゼル…いや、次期里長。指揮は任せる」
「任せてください」
二人の狩人と三十二人の若き森人族の奮戦は目を見張るものだった。
経験に裏打ちされた熟練の技と厳しい修練を積み続けた勤勉な者たちの力はB級冒険者に匹敵する。
その中でもマーゼルとファエリナ、フェネラは別格だった。
的確な指示をもって限られた戦力で防衛線を維持し魔獣を殲滅し続ける指揮能力と時節群れの長と思われる個体に対して狙撃をおこなうマーゼル。
短弓片手に木々の上を軽業で飛び回りながら射撃を繰り出すファエリナ。
森人族随一の魔力量を存分に発揮したった一人で広範囲に押し寄せる魔獣を駆逐する風魔術の使い手フェネラ。
交戦する三十四名の誰一人失うことなく戦い続けた彼らの健闘は賞賛に値する。
しかし何事にも限界は存在する。
「マーゼル」
「ファエリナか。どうした?」
「まもなく矢が尽きる。多く残っている者の矢を各自に分配していたがそれも限界だ。かくなる上は…」
「それなりに持ち出したが想定が甘かったか。…地上での近接戦しかないか」
本来狩りや戦いにおいて矢が尽きるというのは射手の未熟を示すのだが、今回の場合はただただ敵の数が多すぎた。
そして森人族の基本戦術は弓や魔術を用いて木の上や遠距離から安全に敵を仕留めるというもの。
そのため剣や槍を持っての戦闘は最低限のレベルとなる。
「私たちが連れてきた者たちは修練のおかげで比較的戦える。だがそれでも犠牲なく乗り切ることは難しい。故に一つ提案だ」
「ファエリナとフェネラだけを残して撤退、か?」
「それしかないと私は思う」
「だが…」
指揮官としてのマーゼルは凄腕の射手でありながら一騎当千の剣士であるファエリナと広域殲滅が可能な魔術師フェネラを残すべきだとわかっている。しかし、底の見えぬ魔獣たちの中に二人の幼なじみを残すことを男としてのマーゼルが拒んでいた。
あるかも分からない同胞の援軍を待つのは下策。
現状取れる手段を改めて考えたマーゼルは苦々しい表情を浮かべた。
「ファエリナ、すまないが…」
苦渋の決断を下そうとしたマーゼルの耳が声を捉えた。
「これは…詩?」
厳かに紡がれる声はまるで王へと捧げる祝詞の如く。
マーゼルも、ファエリナも、狩人たちも、魔獣でさえも動きを止めて音のする空へと目を向けた。
ただ一人、詩が詠唱であり高まる魔力に気づいたフェネラはこれから起こるであろう事象を見逃さぬように魔力感知に全神経を注いだ。
魔力感知の展開から一拍おいて詩は終わりを告げた。
「…吹雪け、永久凍土」
世界から音が消えた。
自分の心臓の鼓動の騒がしさを認識した時には押し寄せる魔獣の群れ約千二百体全てが氷像と化していた。
歴戦の狩人たちも若き森人族たちも一様に言葉を失い呆然と魔獣だったものを眺めている。
そんな中で空からゆっくりと降りてくる銀髪の青年と傍らに寄り添う精霊。
「遅くなった」
「…ルクス。今の魔術…」
「魔術じゃない。精霊魔法だよ」
「精霊魔法…分かっていたつもりだったがこれほどの威力とは」
「あ、ちゃんと森には被害出してないから怒るなよ。魔獣のみを凍らせたから」
言い訳のように主張するルクスに苦笑いを浮かべたマーゼルだったがすぐに表情を引き締める。
「ルクスには里から出るなと言ったはずだが?」
「確かに言われたが状況が変わったんだ」
「状況?」
「これは単なる偶発的な魔獣の襲撃じゃない。森人族の戦力を削るための戦略だ」
「…悪魔の仕業か」
「まず間違いないと思う。だからそれを含めて話し合いたい。時間に余裕も無さそうだからな」
「だがここ以外にも魔獣が…いや、まさか」
「ああ。他の二箇所はもう終わらせてきた。ここが最後だよ」
乾いた笑いを浮かべるマーゼルと開いた口が塞がらない森人族たち。
「私とルクスなら楽勝」
満足気に頷く水の精霊王リルの声はどこか誇らしげだった。
ナービルさん頑張れ。
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