4、サバイバルな晩ご飯
「あーちかれたのじゃ、今帰ったぞ」
エリが疲れた身体を引きずって、ダンゴ片手にガチャリと玄関ドアを開ける。
玄関へ入ると、異様な臭い。
「な、なんじゃこの臭いは」
「エリ、たいへんばい!」
トタトタとドミノが走ってきた。
「何事じゃ?」
「一太が寝込んだとばい」
「なんと」エリがそうっと中へ入って行く。
台所は一体何があったのか、まるで10人ばかりで荒らし回ったように鍋はドロドロやお焦げが入ったまますべて散乱し、肉に野菜が切り刻んだまま散らばっている。そして床には調味料がゴロゴロと転がって、一太が見たら卒倒しそうな状況だ。
「これは恐ろしい状況じゃ」
「パパさんも、あさってまで帰って来んし、どがんすると?」
居間には、サキューラとママがテーブルにダイコンの入った鍋を置き、向かい合って座っている。
どよーんとエリに暗い顔を上げた。
「お帰りん」
「ま、まさかそれが晩ご飯か?」
それは、一太が下ゆでした貴重なダイコンの水炊き。その横にはカラシが置いてある。
「だってん、何か作ろうとしたのよん。でも失敗しちゃうノン!いやんいやん」
クネクネと、サキューラがシナを作る。
ママさんはボーっと宙を向いて、魂が抜けていた。
「ママさんも、一太に何か作ろうと頑張ったとばい。でも、料理の本を見ながら作っても、読む速度があまりにも遅くて全部焦げ付いたとよ。もう、鍋の無くなったと」
「はあ、で一太は?」
「おいらが一個あったカップ麺を持っていったばい」
「うむー、それは一大事じゃのう」
エリは買ってきたダンゴを広げ、その夜は味のないダイコンとダンゴが晩ご飯となった。
一太もさすがにカップ麺は食う気がしなかったらしい。
「うう、食べたくないけど、少し食う」
ダンゴを持っていくと、具合悪そうにもそもそ食べてまた眠った。
下へ降りて、うむーと考える。
「ドミノや、万能薬のバナバナの葉は手に入らぬかのう」
「ああ、あの薬草か。あれなら、おいらの腹の中に直しているばい」
ドミノがクワッと口を開ける。
そしてオエッと自分の頭より大きな壷を出した。
「おお、これじゃ、煎じるくらいは出来よう」
物を避けながら台所へ入り、ドロドロの入っている鍋をひっくり返してすすぎ、煎じ始める。やがて辺りには異様で強烈な臭いが立ちこめた。
「この臭いがバナバナじゃ、よう効きそうではないか」
「エリー、またママさん臭いって倒れたばい」
居間ではママが気を失い、サキューラは風呂場へ向かう。
そしてキャーンと黄色い声で悲鳴を上げた。
「今度は何ね!」
またまたドミノが走って行く。
「ドミちゃん、お風呂が空っぽなのん」
サキューラは、空の浴槽を指さしガーンと来ている。そうなのだ、いつもは入るだけに一太が用意している。
タオルに着替えもビシッと用意して、お風呂はしっかり沸いていて暖かい。
風呂上がりの酒盛りも、ブツブツ言いながらちゃんとなにがしかツマミがあった。
キュッとサキューラが蛇口をひねる。
水しか出ない。
一太の家の風呂はガス湯沸かし器。スイッチとガスの元栓の場所がわからない。
「ドミちゃん、一大事だわん」
言いながら、ドボドボと浴槽に水を張る。
「どがんすると?」
怪訝な顔で見上げるドミノに、サキューラがうっふんとウインクした。
「私も黒魔女よん、お湯くらい沸かせるのん」
「あ、そうか。魔法を使えば大丈夫ばい」
「うふ、おまかせん」
サキューラが水に手をかざし、ブツブツとつぶやく。やがて浴槽の水から湯気が上がり、丁度良い頃だろうと止めた。
「ほら!バッチリよん!」
湯をかき混ぜようと、桶をドボンと浸ける。
ジュッ
「えっ?」
音に思わずドミノが浴槽を覗き込む。
「あらん、桶が溶けちゃったん」
「ひえええ!」
ドロドロぐつぐつ、浴槽の水は緑に変わり地獄のような様相で、浴槽の表面も溶けかかっている。
やがて底のゴム栓がどろんと溶け、ジュルジュルと恐ろしい液体は流れていった。
台所では、エリが茶色の液体を鍋から湯呑みにお玉で注いでいる。
「ふっふっふ、これを飲めば明日は元気一発じゃ。明日はせっかくの休み、一太が起きぬと酒も飲めぬ」
なみなみと注いで、2階へ上がる。
「さあ、一太よ飲むのじゃ」
しかし一太はあまりの臭いと階下の大騒ぎに更に気分が悪い。
プイと布団に潜り込み、顔も出してくれない。
「どうしてわらわのクスリを飲まぬのじゃ!せーーっかく作ったのに!」
ヌッと顔を出し、思い切りギンッと一太が睨み付ける。
「臭い!こんな物飲める分けないだろ!もうほっといてくれよ!」
「うう…」
うるっとエリの目が潤み、ほろりと一滴涙が出た。
「いーちーたーのーたーめーにーー」
「僕のためを思うなら、静かにしてよ。気分が悪いんだ」
「うう、一太がいじめるのじゃー」
臭い湯呑みをそのまま置いて、シクシク泣きながらエリが部屋を出る。
一太はしばらく、無性に後味が悪い気持ちで寝ていたが、何だか自分にも腹が立ってきた。
「どうして俺がこんな気持ちで寝てなきゃならないんだ?ああくそう、腹が立つし臭いじゃないかっ。持って行けってんだこんな物!」
ズルズルと腹這いで這って行くと湯呑みに手を出し、くんと臭いをかぎながら中を見る。
何だかドロドロと、雑草をドブにぶちまけて1週間置いたあとかき混ぜたような異常な臭いがする。
「こ、これが薬…死ぬんじゃないだろうか」
これに比べたら、青汁なんて爽やかオレンジジュースじゃないか?
寝てる間は家事から解放される。でも、パパもいない今、家事を放棄するにはあまりにもタイミングが悪い。外食なんかしてくれたら、あいつ等に今月分の食費を全部持って行かれるだろう。丁度家に現金が少なかったのが幸いだ。でも、ママを思えばそうも行くまい。
一太は起きあがり、ギュッと目を閉じて鼻をつまんだ。
ガッと一気に口へ薬を流し込む。
ウッと、吐きそうになるのをゴクリと飲み込んだ。
次第に目の前がどんよりグルグル回る。飲んだことを、一生分後悔してももう遅い。
「うう、誰か、助けてー……」
よろよろばったり布団に倒れ込む。そのまま、一太はとうとう気を失った。




