5、幸せのような、気のせいのような
翌朝、起きてもやっぱり一太の姿はなく、仕方ないのでサキューラとジャンケンして負けたエリがパンを買いに出た。
ママが買いに出ると、夕ご飯になってしまう。
スーパーでパンをごっそり買って帰ると、昨日の青年が近所をうろうろしている。
そう言えば、地図を渡して「明日が最高の日取りじゃ!」とか言った記憶がある。
バイトが休みなので、茶化してやろうと思っていたのだ。
「これは好都合じゃ」
そそくさと青年に声を掛け、家まで連れてゆく。
「サキューラよ!客じゃ!」
「なあにん?」
サキューラはいつもの黒いスケスケのネグリジェ姿でとろんと出てくる。
「サ、サキューラさんっ」
ブッと鼻血を出しながら、青年が持ってきたバラの花束を差し出した。
「ぼ、ぼ、僕と、付き合ってください!」
「あらん、綺麗なお花ん」
キョトンとサキューラが花束を受け取り、花の香りを嗅ぎながらクスッと顔を上げる。
キラーンとエリと目を合わせ、ニヤリと笑った。
「やっだーんっ、お待ちしてたのよん!さあさ、どうぞどうぞお入りになってん」
「えっ、いいんですか?」
バタバタと太郎君が奥へ奥へと引きずり込まれ、居間にちょこんと赤い顔して座る。
「まあ、お客様?いらっしゃいませ」
ママがあら、と三つ指ついて、深々と頭を下げる。慌てて太郎君も頭を下げた。
「あ、あの…」
お母さんではないようだし、この人は姉妹だろうか?
首を傾げてもじもじしていると、ママがとろんと湯呑みに水を入れて出した。
「お祖水でございます」
「ど、どうも」
ゴクンと飲んで、にっこり返す。
「けっこうなお祖水で」
「ま、お上手」ホホッとママが笑う。
ただの水道水だ。ママはお茶も湧かせない。
魔女2人もテーブルにつき、太郎君を女三人で囲む。
太郎君はまたもじもじして、サキューラに向かって顔を上げた。
「あ、あの僕のこと…」
「のう、サキューラよ」
エリがいきなり言葉を遮った。
「お主はどんな殿方が好みじゃ?」
「そうねん、やっぱりこまめに何でもする方が好、きん」
バチッとウインクしておまけにチュッとキスを飛ばす。
「こまめに?ですか。はあ」
「ところでサキューラよ、腹が減ったのう。パンはあるが、パンだけじゃ。こーしーも欲しいとは思わんか?」
「あたしは甘ーいお紅茶ねん」
「あら、私と一太ちゃんは温かいミルクがいいの」
「は?」太郎が、皆の視線にハッと気が付く。
「あの……僕、お湯を沸かしましょうか?」
腰を上げる青年に、エリとサキューラがグッとテーブルの下で親指を立てる。
「台所はそっちじゃ、おお、ついでに卵焼きも食べたいのう」
「あらん、じゃあママさんと一太とあたしは目玉焼きん、半熟のフルフルよん」
「は、はい」
とうとう太郎君が台所へ向かう。
ニヤリと笑い合う魔女に、ドミノがフッとしっぽを振った。
「恋の病にこき使われて、可哀想たいねえ」
「シッ、お前はしゃべってはならんぞ。よいかー、うふふふふ、こき使うのじゃ」
台所からは、ガチャガチャと散乱した物を片づけて、鍋を洗う音が聞こえてくる。
やがて良い香りがして、注文の品が揃ってきた。
「あらん、目玉焼きが硬いのん」
「え?すいません、タイミングが難しくて」
「うむー、卵焼きはもっと甘いのがいいのう」
「そうなんですか、すいません」
「あら、一太ちゃんはいつもリンゴを添えてくれるのよ」
「今すぐにむきますから」
「ウサギにしてね、可愛いの」
「はい」
急いで青年が台所へ引き返す。しかし、思ったよりウサギ剥きは難しい。
結局、ギザギザになった物を持ってゆく。
座りかけた彼に、またエリがパンを頬張りながら風呂をさした。
「悪いが風呂を修理してくれぬかのう。栓がないのじゃ」
「えっ、風呂ですか?」
何で俺が、と思う暇を与えない。
「こまめな男は魅力的じゃ、のうサキューラ」
「んふ、す、て、きん」
チュッと頬にキスマーク。ぽおっと赤くなり、太郎君の頭が飛んだ。
「じゃあ、栓を買ってきます」
「おおそうか。では頼むぞ」
「お洗濯もたまってるのん」
「廊下の掃除もせねば、ドミノの足跡が付いてて一太が怒るのじゃ」
次々飛び出す用事に、太郎君はしかし頭がほわほわしている。何となく返事を返した。
「はいー、やります何でも、こまめに」
「お願いねん」
「はい」
にっこり、うなづく太郎君。
まだまだ序の口の朝だった。




