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▼サクラは面倒臭そうなパーティーを組んだ

 さて、二人がサバイバル生活を覚えるための第一歩を遮るその音。

 その騒音と言うのは、具体的に言うと、

 パリーン、みしみしぐしゃ、ぐぎゃぎゃ、わんわん、しゃー、どーん、ぽっきん、ずざざざざっ、ぱきっ、つるん、すってーん、えいさ、ほいさ。

 といった具合の騒音だ。世界の不幸が一か所に集まっているかのような騒音だった。当然、二人とも振り返る。

 服がびりびりに裂け、赤毛の一部が焦げ、犬が尻に噛みついたままの、全身泥まみれになった男が立っていた。

「何があった……!」

 問わずにはいられないその姿。微かな腐臭がする、と思ったらバナナの皮まで顔面に張り付いていた。バナナの皮も犬もペイっと歯がし、怒り心頭と言った様子でこちらにずかずか歩いてくる男。

「うわっ、ちょ、こっち来んな、えんがちょ!」

「おまえは悪魔か」

「だって今、あいつ犬のウコン踏んだし。知り合いか、レイ?」

「知り合いというか、俺の騎士のアレンだ」

 アレン、という単語に、やっと彼のことを思い出す。先程会ったはずなのに、同一人物とは思えないほど変わり果てている。本当に何があった。

 会話している間にも、泥まみれの騎士はこちらに歩みを進めている。

「王子! 貴方は使用人と何をしてるんでっぎゃあっ!」

 アレンの姿が消えた。

 落とし穴に落ちていた。

「これが真性の不幸か……!」

 運が悪い奴、というリオンの言葉を真に理解したサクラ。というか、これは現在まで生き延びたのが奇跡なレベルだ。

「まあ、いつものことだ。気にするな」

「なんでみんな、そんなに慣れ切ってるんだべか……!」

 落とし穴の隣を庭師のおばちゃんが通ったが、「おやアレンくん。今日も元気だねぇ」「うるせぇばばあ!」「わっはっは」というようなやり取りを交わしていた。ツッコミ不成立。というか、不名誉なランキングのトップに輝いていた割には愛されてるっぽい。主におばちゃんに。

「なあレイ。奴が愛されてるのは孫っぽいからだべか? ヨン様っぽからだべか?」

「たぶんヨン様寄り」

「可哀想に……」

 おばちゃんに愛される男はもてないと、相場が決まっていた。しみじみと呟き、憐みの目でアレンを見やる。

 先程リオンは彼が雇われている理由を、外面がいいから、で片づけていたが、それはちょっと違うかもしれない。

 見てると、かわいそうを通り越してちょっと面白かった。

 他人の不幸は蜜の味、とな。

「おいてめぇ、なに王子の手を馴れ馴れしく握ってやがる!」

「あ、復活した」

 落とし穴からはい出してくる姿はさながらゾンビのようで、微妙に怖い。夢に出そうだ。

「とりあえず……ええっと、アレンくん」

「アレンくん言うな!」

「いいじゃないかアレンくん。素敵だと思うべよ」

 近所の子供みたいでな。

「というか王子! なぜこんなやつと手を繋いでいらっしゃるのですかー!」

 正気に返ったらしいアレンが、びしぃ! とサクラとレイモンドの手を指差す。レイモンドは慌てて離そうとしたが、サクラはにやりと笑って手を握って離さない。この不幸な騎士に少しばかり意地悪をすることにしたのだ。

「残念でしたー。オラはレイと仲良しこよしなんですよー」

 ぷっぷくぷー、とわざとらしくレイモンドの腕に抱きつくサクラ。それを見て「そんな!」と悲痛な声を上げるアレン。

「王子! そいつは使用人ですよ! 使用人とだけは遊んではならないと言いましたのに!」

「いや、私はあまり気にしないのだが……」

「お互いの気持ちの問題だべ、これは」

「愛人なら自分がふさわしいのを捕まえてきますから!」

「いや、私はあまり気にしないのだが……って、あれ?」

「お互いの気持ちの問題だべ、これは」

「そ、そこまで想い合ってる……だと……!?」

「愛があればいいんだべ。これでいいのだ」

「ちょ、いつのまに話題がすり替わったんだ!? というか、アレンは何を勘違いし始めてるんだ!」

「あれ、てっきり」

「オラもうっかり」

「おまえの方は確信犯だろうが! 違うからな、そもそもこいつは男だからな!」

 アレンいじめが、いつの間にかレイいじめになっていた。恐るべき天然ボケパワー。サクラにも予想が付かない話運びだった。最終的にはノリノリだったが。

 おそらく、きょとんとした表情のアレンが「じゃあ」と口を開く。おそらく、というのは、彼の顔が泥まみれで良く見えないからである。ここまで泥まみれなのに全く気にせずふるまえるってすごいな、とサクラは密かにアレンを尊敬した。

「何で手を繋いでるんですか?」

「あー、うん。その場のノリ? 迷子にならないように、とか」

 現在、物を知らないレイの手を引くサクラの心境は、子供に物を教える保護者そのものだった。

 さも当然のように言葉を返すサクラに、目を釣り上げて噛みついてくるアレン。

「てめえに聞いてるんじゃねえよ! そしておかーさんみたいな振る舞いしてんじゃねえよ!」

「お母さんみたいな振る舞い? そんなつもりはないんだべが……あら、そろそろ牛肉のタイムセールが」

「母ちゃんか!」

「ハンカチとティッシュ持った? トイレは出発前に済ませてね」

「母ちゃんか!」

「あらアレンくん。ほっぺにウコンが」

「え、マジか母ちゃん……っじゃ、ねーよ! んなもんついてねえっつうの!」

「正直、今のアレンくんの状態からはリアルに真偽がわからないっス」

 落とし穴に落ちた上にバナナの皮で滑って、何故か服が破けて髪が焦げてる男。この惨状なら、顔面にウコンが落ちてきたって不思議ではなかった。

 不可能を可能にする男、それがアレンである。

「ノリツッコミまでこなすとは……おぬし、なかなかのツッコミよのう」

「いえいえ、越後屋殿ほどでは……じゃなくって! わけわかんないうちに煙に巻いてんじゃねーよ!」

「おまえマジでノリツッコミが上手だべな。ノリツッコミ・マスターと呼んでやろう」

「なぜ上から目線!?」

「略してノリマー」

「なぜペット美容師テイストに略す!? というか、はぐらかすな! はぐらかすとしてももっと上手にはぐらかせよ!」

「なんてボケがいのある男なんだ……!」

 この的確なツッコミ。ここまでキレ良くツッコまれると、快感すら感じる。サクラは感涙にむせび泣き、どさっ、と地面に膝をついた。

「オラは嬉しい! 最近、生温いツッコミばかり受けていたから……」

「何となく、悪意を感じる」

 自覚があるらしいツッコミが、ぼそりとぼやいた。そんな囁きは感動しているサクラには届かなかったが。

「アレンくん、ぜひともオラと漫才コンビを組んでくれ! 二人でアリシアをどっかんどっかん言わせよう!」

「王子、この使用人は頭がおかしいんですか?」

「ちょっと残念な方であるのは間違いないな」

「オラ、もうコンビ名決めてるんだべさ。ユキとノリツッコミ・マスターから取って、ユノミマー」

「ユノミマーって、もうそれ湯呑みを作る人みたいになっちゃってるじゃねえか! それに、なんで貴様の名前が先にあるんだ!」

「じゃあ名前をひっくり返して、ミマー・ユノ」

「あれ、ちょっとかっこいい」

 収拾がつかなくなってきたので、閑話休題。

「で、こやつとはどんな間柄なんですか、王子」

 気を取り直すように咳払いをして、レイモンドの方に向きなおした。どんなに彼が襟を正しても、泥まみれである以上はすべてが無駄である。サクラは先程の楽しい会話が終わって、ちょっと残念だった。久しぶりに見た天性のツッコミに、心が震えていたというのに。

「そうだな……友人、みたいなものだ」

 そう言うと、レイモンドは急に照れたらしく、顔をそっぽに向けた。それを見ているサクラ、ふつふつと胸の奥に何かが湧き上がる。

 …………え、なにこの子。ちょっと、照れるんですけど。

 友人とか。友人とか。友人とか!

 やべえよ!

 照れるよ!

 嬉しいよ!

「おい、こんな時ばっかり黙るなよ……」

「……オラにも、照れる時があるんだべよ」

「いつもうるさいくせに……早くなんか喋れ」

「いいじゃんか、噛みしめさせてよ。……と、友達なんだし」

 言ってから恥ずかしくなったのか、そっと顔をそむけるサクラ。しかしその表情は、にやにやとだらしなく緩んでいる。それを見て、さらに照れるレイモンド。つられて照れるサクラ。謎の循環。

「……うわあああああああああああああああああああ!」

 こっぱずかしくとも嬉しい空気をを打ち破ったのは、断末魔の様なアレンの叫びだった。いろいろなものに絶望したような、聞く者の心を抉るような声だった。そんな絶叫を間近で聞いた二人は当然驚く。そして5メートルほどずざざざざっ、と引く。ある程度離れたところで、サクラは小さくレイモンドに囁いた。

「レイ、あの騎士は頭がおかしいんだべ?」

「ちょっと残念な方であるのは間違いないな」

「王子いぃいいい! 考え直して下さい、使用人なんて! 付き合う人間は選んでくださいいぃいい!」

「確かに、ちょっと残念な方だべな……」

「おい貴様、いいかげんキチガイを見る目はやめろや!」

「これが都会の病巣……」

「使用人風情が俺様をキチガイ扱いすんじゃねえよ! だいたいお前、病巣の意味わかって言ってんのかよ!」

「うん。体の病的変化の起こっている箇所、だべよな?」

「えっ……あ、そうか、うん。……あの、そうなんですか、王子?」

「ちょっと待て、いま辞書引くから」

 コンマ1秒で返答したサクラに思いっきり動揺するアレン。ポケットサイズのミニ辞書を捲っていたレイモンドが一言、感嘆するように呟いた。

「……合ってる」

「わはははは! 恐れ入ったか!」

 これでも英才教育を受けた王女なんだよ! スパルタだったんだよ! 愛読書が広辞苑だったんだよ! パラパラ漫画描くのに最高だったから!

 予想外の優秀さを見せつけられたアレン。悔しそうに歯を食いしばると、わなわなと肩を震わせる。そしていきなり顔を上げたかと思うと、サクラを指差した。

「いいや、認めん、認めんぞ……! こんな妙なスキルばっかり高い使用人が友人だなんて、俺は認めませんからね王子!

 だいたい、友人なら自分が! 年も近い騎士のアレンが居るではありませんかぁああ!」

「いや、おまえは腰が低すぎて嫌だ。かしこまり過ぎて、その場のノリで手なんてつなげないだろう」

「だったら繋ぎます!」

「すまん、絶対に嫌だ」

 おもむろに手を差し伸べてきたアレンを拒否するレイモンド。誰だって、泥まみれの腕を差し出されたら逃げる。しかしエキサイトしているアレンはそんなことに気が回らないらしく、がーん! と効果音がしそうな程顔を青くし、よろめいた。がくっと肩を落としたかと思うと、何故かサクラの方を睨みつける。

「いいか! 俺はおまえが王子の友人だなんて、絶対に認めないからな!」

「認めてもらう必要性が全く見えないんだべが……」

「王子と触れ合いたければ、俺を倒してからにしやがれ!」

「話聞けや」

 というか、触れ合いって。保護動物みたいな扱いをされているのか、アリシアの王子というものは。

「剣を持て、決闘だ!」

「あ、そうだ。これから家畜舎に行くんだけど、アレンくんも一緒に来るべか?」

「おまえの話聞いてないレベルも相当だな……」

「だってアレンくんのテンションがめんどくさそう」

「聞こえてんぞごらぁ! 陰口なら陰でやれ!」

「で、行くの? 行かないの?」

「行くに決まってるじゃねえか!」

「その前に風呂に行け」

 かくして。

 風呂を経由して、面倒臭いメンツがそろった一行は、家畜舎へと向かったのであった。


 どうも、時計堂です。


 だんだんと更新が不定期になっていく気がします。すいません。パソコンの前で土下座してます。嘘です。


 ところで、先日カナダから帰ってきました。

 人生観が変わりますね、海外って。衝撃でした。

 帰る直前に、帰りたくないとぐずりました。卒業式でも泣かなかった女なので、多分これは凄いことです。またカナダ行きたい。


 ちまちま書いていた日記をもとに、いつか報告するかもしれません。読みたい人は期待しないで待っていてください。


 それでは、また御縁があったら。



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