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かつて天使と友達だった  作者: 梔子
第三章 日記
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 坂下が死んでから、琥都くんはというと、悲しみらしい悲しみを見せなかった。泣いたり、落ち込んだり、塞ぎ込んだりーー親しい人が死んだらそういった反応を見せるのかと思った。そうなったら、僕が慰めないといけないと思っていた。今、琥都くんの一番の友達は僕なのだから。僕は使命感を持ってして、彼の側にいた。


 が、実際はそんな事は起こらなかった。坂下が生きていた時は、あれほど二人を引き離したかった。今、その望みは叶った。が、それはあまりに呆気なく、後味の悪いものだった。それでも、僕はこの機会を逃そうとは思わなかった。


 それにしても、何故琥都くんはこうも無反応なのだろう?悲しいとか寂しいとか、もう少し、何か感情を表してもいい気がした。


 僕もあれから、彼に坂下の死について口にした事はない。坂下の死について明確な理由は誰からも語られなかった。


 クラスでは数日の間は「どうして」とか「何で」とか「良いやつだったのに」などと囁かれていた。生前、坂下を妬んでいた連中が「天使が天に召された」と揶揄することもあった。


 それも一週間ばかり経つと誰も何も口にしなくなった。


 そして一月ばかり経った。坂下の席はなくなった。初めからいないみたいに時が進んで行った。そのことに何の違和感も持たなかった。


 放課後になって、三組の教室に向かった。教室の前で彼の後ろ姿を見つけると、僕は彼の名前を呼んだ。


「琥都くん!」


 彼はゆっくり振り返った。その立ち姿が見返り美人図を思い出させた。振り返って僕を見る目が、以前にも増して艶っぽくて、僕はどきりとした。


「帰ろうよ」

「ーーああ」


 彼は立ち上がって、気怠げに荷物を背負った。並んで階段を下りながら僕は話し続けた。


「今日はーーどうする?僕の家に来る?」

「んー……」


 僕は久しぶりに彼を家に誘ってみた。というのも、坂下が死んでから遊ぶのが何となく気が咎めて、喪に服すように大人しく家に帰っていた。


 琥都くんは自分の爪先ばかり見て、行くとも行かないとも答えない。ここのところ、彼の言葉は曖昧だった。心ここにあらずといった感じだ。何かに気を取られている、というより何にも意識を向けられないといった感じだった。


 坂下が死んでから、琥都くんはこれといった反応を示さなかったが、ぼーっとしている事が増えた気がした。元より多くなかった口数が、更に少なくなった。何となく、頼りなくて、ふわふわした感じがする。


 僕の誘いにもあまり乗り気ではないようだった。僕は頭を働かせて、彼が興味を引きそうな事を考えた。もし、ここで引いてしまったら、琥都くんが風船のようにふわふわと空に浮かんでいって、永久に僕から離れて行ってしまいそうな気がしたからだ。


「あのさ、サイゼ行かない?久しぶりにさ」

「サイゼ?」


 彼はちょっと立ち止まった。それからぼんやり空を見た。


「ーー行く」


 坂下が死んでからちょうどひと月ばかり経った。僕たちは高校入試を一か月先に控えていた。それで、勉強しながら僕たちはドリンクバーのジュースを飲んでいた。


 お互い何も話さない。沈黙が続いた。店員の声やベルの音がやけに耳に響いた。空気に重みを感じた。その重みに堪えきれなくなって僕は口を開いた。


「そういえばここさ、坂下とも来たよね」


 そう口にした途端、僕はしまったと思った。よりにもよって坂下の名前を口にするなんて!不謹慎だったろうか……


 ちらと琥都くんを見た。無反応である。ああ、黙っていれば良かった。後悔が押し寄せて来た。居心地の悪さを紛らわすために僕は半分程残っていたコーヒーを一気に飲み干した。新たに注ぎにいこうと立ち上がろうとしたその時だった。


「……ああ、ゼンジと……」


 向かいに座る琥都くんを見やった。口を開いたが、その顔はぼんやりとしたままで、自分が発した言葉の意味を理解していないようだった。そして、また黙りになってしまった。


 僕はどうするべきかと考えあぐねて、次の一杯を汲みに行けずにいた。俯いて空になったコーヒーカップを見つめる事しか出来ないでいた。


 もう一度何か言おうとして顔を上げた。口を開いてーーでも、何を言うべきかわからなくて、またさっきみたいに余計な事を言いそうで、言葉は一向に出てこない。


 陰鬱な影が出られないように僕らを覆っている。中の空気は淀み、息苦しい。それは永遠に続くと思われた。


 それだから琥都くんが言葉を発した時には驚いた。


「どうして――?」


 彼は伏し目がちに一点をじっと見つめている。その目は虚ろなままだった。が、潤んでいるようにも見える。まるで、今にも泣き出してしまいそうな、そんな目の色をしていた。


「どうして?」そう言ってまた口を閉じた。唇には力が入っていた。僕は彼の言わんとしている事がわからなかった。それで、彼の続きの言葉を待った。が、なかなか閉じた口の力を緩めようとしない。


 何が「どうして?」なのだろう?どうして坂下の名前を出したのか?そう言おうとしたのだろうか?けれど、語気からは咎めるような感じはなかった。苛立ちも、怒りもなく、ただ溢れそうな何かを必死に堪えているように見えた。


 琥都くんは溜め息をついた。息を吐いただけではなくて、感情が混じっているようだった。彼は目を閉じた。その瞬間、目頭から一滴涙が溢れた。それは頬を伝ってスッと落ちていった。


 彼は泣いていた。静かに泣いていた。僕は彼の涙を目の当たりにして固まっていた。


 泣いている彼を慰めようとか憐れみの気持ちよりも、その姿の美しさに目を奪われて、思考が停止していた。


 ああ、やはり美しいものは良い。どんな姿でも芸術的だった。彼らは、存在するだけで価値あるものだーー


 暫くして、琥都くんは涙を手で拭った。息を吐いて、冷静さを取り戻そうとした。


 僕も我に帰った。美しいしい者を前に一鑑賞者であった僕から同じ学校に通う彼と友達である僕に戻った。


 彼の姿は悲しみを表現したいのに、それを必死に抑えているようだった。本当なら泣き叫びたいのだろう。突然親しい友人を失った不条理を訴えたいのだろう。それを仕方がないとでも言いたげに我慢していた。背伸びをして大人のように振る舞おうとしているように感じられた。


「善次は……何で死んだんだ?」


 「どうして?」は「どうして死んだ?」のどうしてだった。僕は答えに窮した。


「先生はーー突然だったって言ってた。眠って――朝になったら死んでたって。それを坂下の親が見つけたって言ってたけど……」

「突然……」

「琥都くんは……坂下が病気だったとか、何か聞いていた?」


 琥都くんは首を振った。琥都くんが知らないことを僕が知るはずがなかった。


「そっか……」


 また沈黙がやって来た。琥都くんもそれから口を開こうとしない。


「死ぬ前にーーあいつ、何か言っていた?」

「死ぬ前って、冬休み入る前だよね……どうだろ?教室でもそんなに話さなかったからな……ほら、坂下ってずっと勉強してたし」


 琥都くんが泣き出した時、僕は正直ほっとした。彼が何かしらの感情を表したからだ。それと同時にこれはまずいと思った。目の前の彼は、脆く、触れれば立ち所に粉々に崩れてしまいそうだった。彼を一人にしてはいけない。彼を支えないといけない。守らないといけない。そうしないと、琥都くんが崩れ落ちてしまいそうな気がした。


 坂下が死んで間もない頃、悲嘆に暮れる琥都くんを想像していた。それが現実になると、妄想のそれとは違って邪な考えは起こらなかった。ただ、何とかしなければという思いが僕を急かしていた。




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