表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かつて彼は天使だった  作者: 秋吉紫貴
第二章 それぞれの目
15/18

 中学校の入学式、振り分けられたクラス毎に名簿の順に長椅子に座っている。僕は校長の長々とした話に端から飽きていた。欠伸を噛み殺しながら、「暇だな」と心の中で呟いた。


 暫くは視線を檀上で話す校長に向けていたが、退屈に堪え切れなくなって、顔を右に向け(僕は長椅子の左端に座っていた)今日から同じ教室で過ごすことになる子達の顔を物色することにした。


 長椅子には四人腰掛けている。小学生の時、こうして体育館に集まる時は大体背の順に並んでいて、列の真ん中辺りにいたけれど、名簿順になると僕の名字は足永アシゲだから、大抵は一番前だった。


 中学で最初のクラスでも一番になった。それで、最前列の長椅子の一番端に座らされている。僕が視線を向けた瞬間、隣に座る生徒は大きな欠伸をした。それで、八重歯が見えた。


 彼は鼻が高く、顎のラインが引き締まっていて横顔が綺麗だった。一重瞼の切れ長の目に薄い唇、肉付きの悪いほっそりとした頬からは幸の薄い感じがする。


 これはついているなと思った。一年同じクラスで共に過ごすのならば、綺麗な人間がいた方が第一に目に良い。そして第二に気分も良い。どうせなら親しくなりたいものだ。式が終わったら話しかけてみよう。僅かに眠気が覚めた。


 校長の話は耳に入った数秒後には忘れてしまう程、退屈極まるものだった。真面目に聞いている奴なんているのかと、ちらと視線だけを後ろに向けて、他の生徒の様子を盗み見た。大体の生徒は視線を校長に向けている。が、その姿勢からは話を聞いているのか定かではない。


 その内に、いやに姿勢の良い生徒が目に入った。あれは隣のクラスだ。うわあと思った。真面目な奴もいるんだなと胸の中で皮肉った。


 そうして退屈な入学式が漸く終わり、一組から順に出口に向かって歩いて行く。一組が退場して、次は二組――僕のクラスの番になった。僕は一番最後だ。僕は前の生徒に続いて二組と三組の間の通路を歩いて行った。前の彼は僕より頭一つ分背が高い。歩きながら微かに揺れる腕、静かな足取り―ー彼の後ろ姿を眺めていると手足の長いことに気が付いた。


 不意に視線を左に向けた時、僕の頭は完全に覚醒した。僕の目を釘付けにしたその生徒は小柄だった。顎の下で切り揃えた髪はやや前下がりになっている。長い前髪は真ん中で左右に分けられている。スッと通った鼻筋に鼻先は尖っている。


 そして何より目だ。切れ長の鋭い目。その目を縁取る、密度の高い睫毛。僕はその目に惹きつけられた。僕はどうやらこういう鋭い目を持つシュッとした顔に弱いらしい。


 僕は留まろうとする足を無理に動かして、彼の横を通り過ぎた。通り過ぎても彼の顔が目にはっきりと浮かんでいた。体育館を出る間際、その鋭い目の彼を名残惜しく振り返った。けれど、彼の姿は他の生徒に隠されて見えなかった。


 僕はどうも綺麗な人間に魅せられる傾向がある。僕はこの隣のクラスの少年を知りたくなった。名前は?趣味は?どういう声をしている?噴水のように興味が一斉に湧いて来て、留まることを知らない。


 僕はもう一度彼を見たくて、ホームルームが終わると彼の教室まで足を運んだ。このクラスもホームル

ームは終わっているようだった。生徒の声が騒がしく響いている。僕は扉のすぐ横から教室の中を覗いた。


「何見てんだよ」


 そう言う生徒はこちらに背を向けている。それを向こうから睨んでいるのは、さっきの彼だった。彼の顔を正面から見る事が出来た。


 何やら不穏な雰囲気だった。彼は鋭い目を――獣が獲物を捉えた時のような目を向けている。彼は何より目が印象的だった。あの目に見られると、一種の諦めの感情になって、身体が動く事を拒絶する。蛇に睨まれた蛙のように、身体の自由を奪われて動く事が出来ない。それで、「もう、どうにもできない」と頭が悟りだす――


 怒鳴っていた生徒は、隣にいる生徒に諭されて、二人して逃げるように教室を出て行った。その顔は赤く、怒りと恥ずかしさが交錯している。俺の見ている限り、彼は何も口にしていない。それなのに、相手を動揺させた。それもこれも、あの穿つような目のせいだ。


 あの目で見つめられたら――背筋がぞくりとした。想像すると、少し恐ろしい。けれど、あの目に見つめられたいと思っている自分がいるのも確かだった。


 呆然と立ち尽くしている僕とは反対に彼は歩き出した。隣には色の白い丸顔の生徒がいた。彼が僕の隣を通る時、動悸がしていた。並々ならぬ緊張感があった。彼が僕の横を通り過ぎて行った。僕はその間、ずっと彼を見続けていた。けれど、彼が僕を見る事はなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ