おまけ
エリィとアイルがこの町に来て、一月が経った。
エリィは相変わらず食堂で働き、アイルは教会で子どもに勉強を教えて、その仕事の合間に食堂で働いていた。
この町にアイルが加わったことの衝撃は凄まじかった。
特異ともいえるほど顔が整っている上に、背も高く、そして教会で教師をするほど頭がよく、かといって威張ることはせず、時間があれば食堂で温和にウェイターをする彼に、町の人は夢中になった。
食堂にはアイルを見に来る人であふれて、アイルが道を歩けばついてくる人までいた。
教会でも、前と変わらず子どもに好かれているようだった。アイル先生、と子どもにすぐに懐かれて、それが彼にとってはとても嬉しいようだった。
とはいえ、アイルへの過剰ともいえる熱は時間が経てばじわじわと冷めて、一月もすれば皆落ち着いた。とはいえ皆のアイル好きは変わらず、アイルは事あるごとに町の人に熱い視線を向けられ声をかけられていた。
エリィは、エメラルドから受け取った給料をもらって、いつも通りパン屋に向かった。いつものクッキーを買って、そして海の側を歩いた。すると、よお、と声をかけられた。そこにはケインがいた。
「こんにちは」
エリィはそう挨拶をした。ケインは、夏の太陽の下で汗をかきながら、あーあ、とつまらなさそうに言った。
「好きな人が現れたら〜とか言ってたくせに、突然現れたイケメンと結婚ねえ。結局顔かよ」
ケインがそう、じとっとエリィを見つめた。エリィは深く説明するわけにもいかず、苦笑いだけ漏らした。
ここへ来て1ヶ月間、エメラルドとダンのもとでくらした結果、エメラルドとダンもすっかりアイルを好きになり、2人がよければ結婚したら、と勧めて、それを聞いたアイルがすかさずエリィに結婚しようと言ったのだ。エリィはあまりにスムーズなことに驚きつつ、その申し出に頷いたのだ。
「やあエリィ」
背後から声をかけられて、振り向くとアイルがいた。エリィは目を丸くして、アイル、と呼んだ。
「教会は?」
「今日は午前で終わりなんだ」
アイルはそう言いながら、わざわざエリィとケインの間に割り込んで立った。ケインは苦々しい顔で、お前…、と言った。
「なんなんだよ、初めて会ったときから俺にだけ当たりがきついぞ!」
「そうかな、そんなつもりはなかったんだけどな」
爽やかに笑うアイルをケインはじろりと睨見つけながら、いつかお前のこの本性を知らせてやるからな…!と言うと、ケインは去っていった。エリィはその背中を見つめる。
「(…前にケインと私が結婚するとかしないとかの話を聞いたから当たりがきついのかな…)」
「…そういえば、明日だったよね」
アイルはそう尋ねた。エリィは、はい、と頷いた。明日、エリィはネルとその家族の眠る墓へ行くのだ。ヴェルドの働きのかいあって、エル・ダニエルの墓にいた遺体がネルの妹だということがわかり、無事家族の元へ帰された、ということを新聞で知り、エリィはネルのもとへ向かうことにした。
ミシェルのところへも挨拶にいきたいとエリィは願うけれど、彼の国にある彼女の墓へ行くすべを彼女はもたず、ただこの町の教会で祈ることしかできなかった。それを無力に感じることもあるけれど、それでも、これが自分にできるすべてのことだと割り切れれば、ただひたむきな気持ちでミシェルへの祈りを捧げられた。彼の国にいる彼女の忘れ形見がどうしているのか、そんな話は一切エリィにはわからないけれど、それでもエリィはここで、大切な彼女へ祈りを捧げ続けるのだ。
「…あの、またこんなことを聞いてしまうんですが…」
エリィはおずおずとアイルに尋ねた。アイルは首を傾げた。
「…ヴェルドに言わなくてもいいんですか?あなたのこと…」
「……」
アイルはちらりと、自身の持つ杖を見た。日常生活に支障はないとは言え、前のように彼は歩けない。アイルは目をとじて、頭を横に振った。
「…彼は、完璧な俺を求めるきらいがあるから、今の姿を見たらきっと、傷つく。…これ以上、彼が俺に失望したところを見たくないし、彼を失望させたくないんだ」
アイルはそう言った。エリィはその話を黙って聞き、一度目を伏せると、何度も聞いてごめんなさい、と頭を下げた。アイルは、いいや、と頭を横に振る。
アイルは、エリィの隣で海を眺めた。エリィも、アランと一緒に同じ景色を見つめる。
「…どうですか、ここでの暮らしは」
エリィの質問に、楽しいよ、とアイルは微笑む。
「慣れないことも多いけれど、周りの人は親切にしてくれるし。それに、」
アイルはエリィの方を見て、エリィの手を繋いだ。エリィはアイルを見上げる。アイルの綺麗な金髪が、太陽に照らされてきらきらと輝く。
「それになにより、ここには君がいる」
アイルはそう、優しく微笑む。エリィもつられて微笑むと、アイルとつなぐ手に力を込めた。
「…ところで、何を持っているの」
アイルが尋ねた。エリィは、手に持っていた紙袋を持ち上げると、中身をアイルに見せた。アイルはそれを見ると、クッキー?と首を傾げた。
「君は昔からそれか好きだね」
「はい、大好きです!」
エリィはそう熱弁する。そんなエリィを見つめて、アイルは愛おしそうに笑う。エリィは袋からクッキーを取り出すと半分に割って、そしてアイルに差し出した。
「召し上がりますか?」
エリィに勧められて、アイルは少し目を丸くした後、ありがとう、と言ってそれを受け取った。そして、一口食べた。エリィはそれを見て自分も一口かじった。
「うん、おいしい」
「ですよね!」
エリィは得意げな顔をする。そんなエリィを見て、アイルは笑う。エリィは、アイルの笑顔につられるように笑う。夏の日差しの下で、2人は顔を見合わせて笑った。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
このお話はこれで終わりです。
ネルが個人的に好きだったのですが、ひねた性格の彼女の台詞を考えるのが難しくて(あんまり憎たらしいことを言いすぎると、エルと友達になれそうもなくなってしまうし…)、彼女の出てくるところはすごく悩んでいました。
また新しいお話を書くことがあれば、読んでいただけると嬉しいです。




