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寝坊助姫、異世界から来たりし魔王を討伐しに行く  作者: 瞬々
EPⅣ 異世界から来たりし双星の御子
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Ⅶ 会議は金に踊る

 話は遡り、ヘレン達がニコロと共に行った後のことだ。会議はポルックス大聖堂の中、円状の机を挟んで行われる。イズルは『評議界』と呼ばれるジェミニを治める重鎮達を前にしていた。


 部屋の至る所に金が潤沢に使われていた。テーブル、椅子、部屋に飾られている絵画の額縁、果物が乗る皿ですら金色に輝いていた。


 『金』の力。彼らが如何に権力を握っているか、栄華を誇っているか、その象徴であり、それを他者に誇示する為の常套手段でもあった。


 イズルの出身であるヴォルゴール家は辺境ということもあるが、元を辿ると聖職者の家系であり、父がそうした贅沢を品位が無いと見なしているのもあり、屋敷はその規模に反して落ち着いた、悪く言えば地味な雰囲気を持つ。


 故にこの場は彼にとっては居心地が悪かった。だが、それを彼はおくびにも出さなかった。なにしろ今から彼らに頼ろうとしているのはその「金」の力なのだから。


――異世界から来た勇者達の末裔と言えども、権力を手にすれば行きつく先はこうなるものなのだろうか。


 『評議界』とはおよそ千年程前、この国に異世界から転移してきた者達によって結成された組織であり、当時、人間に成りすました魔人によって乗っ取られてしまった王政を倒し、今の国の基盤を作り上げたのだという。彼らは今では英雄として祀り上げられている。


 その後、今の『双星の御子』に当たる双子の守護聖人が誕生し、国の守りは盤石となり、繁栄を今日まで享受してきたのだ。


 イズルはアリエス王国が希求する事を伝える。その間、彼らの反応を注意深く観察した。彼らの興味は、若い使者であるイズルを揺さぶり、アリエス王国からどれだけ利益を搾り取れるかにあるのだろう。


「要は魔王軍との戦いにおける軍資金を借入したいというわけであろう?」


 イズルの話が終わると赤い髪に赤い髭の貴族の男――ここまでイズルを案内したガブリエーレの兄――ロッソ・ミネルヴァが組んだ手の奥からそう要約した。彼こそ評議界の中心的人物である筈なのだが、その隣で足を組む別の男が、異様な存在感を放っていた。


 ブロンズの短い髪の老人で、片眼鏡モノクルから覗く眼光鋭い視線がイズルを捉えている。周囲が煌びやかな服装に身を包んでいる中、全体的に落ち着いたグレー基調なのが逆に目を引いた。ついさっきまで一緒にいたテンプルナイツのコルラード・エンディミオンという男に雰囲気が似ていた。


――彼の肉親? そういえば、エンディミオン家と言えば……。


 記憶を辿る時間は無かった。


「貴国はつい最近、魔王軍の支配下にある領土を奪還しようとし、失敗に終わったと記憶しているが……。確か、アストレア村でしたかな。一度は奪還に成功したものの、即座に奪い返されたとか」


 ロッソの言葉は厳しく、他のメンバーも表面的には好意的な表情をしているものの、それが建前に過ぎないのが分かった。魔王軍との戦は先が見えない。正確には終わり自体はある。


 魔王を倒せばいい。だが、そこに達する為の手立ては今のところ無い。


 ソル王子が支配権を握ったアリエス王国軍は、ロッソの言った通り、魔王軍を打ち破るには至らなかった。途中でイズルやヘレンの他王国の一部の者が止めた結果でもある。だが、あの時止めなければ王国軍は無尽蔵に表れる魔物と魔人の前に最終的に全滅していたことだろう。


 実際に戦ってみてイズルは理解した。あれに一国だけで挑むのは無謀であると。それを評議界メンバー全員も理解しているのだろう。勝てないとわかっている戦いに投資する者はいない。


 そして、これは人間同士の国家間の戦いとの決定的な違いだが、魔人や魔物相手にまともな交渉は通じない。人間の魂が彼らの食料である限り、条約を結ぶことも、ましてや休戦するなどということもあり得ない。


 人間側の勝利条件は、国に被害が及ばない程度にまで魔族(魔人や魔物の総称)を根絶やしにすることだが、それも一時しのぎに過ぎない。


 魔王を倒すしかない。そしてその魔王を倒す役割を担うのは勇者を始めとした英雄達の役割なのだが。


「魔王タナトスは史上稀に見る規模の軍を作り上げております。勇者がこれを討伐するのを待っていては多くの国が亡ぶかもしれません――かのキャンサー帝国のように」


 その一言で、他のメンバーの間に動揺が走ったのをイズルは見逃さなかった。国家全体に結界を張る程なのだ。国の安全を引き出しとすれば、交渉に乗らせることもできるだろう。


 そんな見通しを持っていたイズルだったが、老人の表情が微動だにしないのを見て不安に駆られる。ここで更に交渉のカードを更に切る他ないだろう。


「貴国は双星の御子による国土結界による守りがあります。しかしながら、交易先の都市国家群を始めとした他の国々は違うでしょう」


 ジェミニ評議界共和国の発展は自国だけで完結したものではない。他国との交易が不可欠だ。そこの安全が脅かされることは、彼らにとっても無視できるものではないだろう。


「我が国は各国と協議し、魔王軍に対抗する為に軍備を整える所存です。それが実現した暁には、各地にはびこる魔族共の討伐も可能になるでしょう。そうなれば、結果的に共和国周辺の安全も確保することにも繋がります」


 これで素直に喜ぶような相手ではないことはイズルも承知していた。魔王軍を討伐するという名目で、都市国家群を支配下に置くことだってありうる。商売相手をごっそり奪われてしまう可能性を考えない程、彼らの頭はめでたくはない。


 だが、魔王軍によって滅ぼされてしまっては元も子も無いのも事実の筈だ。


「イズルちゃんさぁ」


 ふと聞こえた声はしゃがれていた。老人が初めて口を開け、周囲全員の視線を集める。矍鑠かつ飄々とした口調だったが、視線だけは獲物を見定める狼のようで、全く油断できない。


「王国がなんで魔王軍にボロ負けしたか分かるかい?」


 その問いは容赦が無い。戦いにおいてヘレンを始めとし、聖女コレットに、暴走したソル王子も含め魔王軍相手に奮戦したのは確かだ。だが、目的のひとつであるアストレア村の奪還は失敗に終わった。魔族の数を減らして、その勢いを弱めるという目的自体は達せられた――とイズルは思うが、それも王国側の楽観的な見方によるものだ。


 それにソル王子に端を発する内紛は、魔王軍側にとっても大きな隙になったのは確かだ。だが、それを素直に答えることはこちらの弱みを見せる事に繋がる。


「アストレア村が宗教なシンボルってのはわかるんだけどよ、地理的に良くなかったなぁ。あそこはアリエス王国の軍事拠点から見て遠く、なおかつ魔王の本拠地である『穴』に近い」


 アリエス王国から見て北――さらに最奥に位置する未知領域を『穴』と呼んでいる。魔族達はそこで生まれているのだと信じられている。


「守りづらく、攻めにくいそんな土地を優先してる時点で、王国軍の程度は知れたもんよ。この国――いや、俺のエンディミオン財団の金を、溝に捨てるようなもんだ」


「ルーカ殿、言葉が過ぎますぞ」


 ロッソが窘めた。それはイズルに対する非礼についてではないだろう。エンディミオン財団――国家が保有する財産の管理、各国との交易や債券の発行を担う組織だ。


 長の名はルーカ・エンディミオンという。


 彼もまた英雄を祖とする家の人間である。エンディミオン家は元は名だたる武家だったが、商売によって今の地位を築いた――という話を、イズルは思い出していた。テンプルナイツにいるコルラードも恐らくエンディミオン家の者だろう。彼にはどこかルーカの面影があった。


「悪いか? 財団を作ったのは俺の一族。そんで今のこの国の繁栄全部が俺のもんとまでは言わねぇが、少なくともここ数十年分稼げた金は全部俺のおかげといっても過言じゃねぇ。だろ?」


 自身の功績に対する謙遜は一切無い。傲慢にも思えるが、ここでロッソが大して言い返せないのを見るに、嘘ではないのだろう。表向きの権力者はロッソだが、裏はルーカ。


 しかもその裏の権力者であることをルーカは隠すつもりもないようだ。交渉をするなら俺を通せと、言っているようにも聞こえた。


「金やるならもっと旨味が欲しいってことだよ、こっちはな」


 それこそイズルが引き合いに出した都市国家群と同レベルの商売相手になれる旨味。アリエス王国には羊毛を始めとした産物がある。だが、それでは彼の注目を引くにはインパクトが薄いだろう。


「長年伝説と思われていたエルフの国……、そことの交易権を我が国が手にしていますが、これは旨味になるでしょうか?」


 イズルの言葉にルーカは肩眉を上げた。


「へぇ、ホラ話の類かと思っていたが――いや、ここでそんな嘘言おうもんなら国交断絶もんだわな。あんたまだまだ若造だが、流石に出鱈目で交渉するような馬鹿じゃねぇのは分かる。そいつが本当なら興味はある」


 よしよし、まずは第一歩かと、イズルは胸をなでおろした。だが、問題はここからだ。


「ありがとうございます。彼らの持つ魔法の知識はそのまま財産となるでしょう。魔法道具、魔法の書それら全てが数百、数千年の歴史を持つ大変価値ある物――ですが、エルフは非常に警戒心が強い種族。特に人間相手にはです」


 これがアリエス王国だけが持つことを許された関係であることを示し、それ自体を交渉の手札とする。下手にジェミニ評議界共和国がエルフの国へ干渉できないよう牽制する意味もあった。


「へぇ、つまり俺らが貴国に資金問題なり交易の手助けをする代わり、エルフ連中の窓口になってくれるってぇ?」


「そういうことになります。そして彼らは魔光鉱石マナ・オーアに関心を抱いております」


 魔法に関する莫大な資産を持つエルフの国は未知だが、新たな利益を生む土壌ともなりうる。その魅力はルーカを引き留めるのに十分なものだった。だが、それだけではやはり足りない。


「いいだろう、そいつは十分検討に値する話だな。だがな、さっき言った王国の軍事に対する信用の無さは解消されてねぇんだ。そいつは評議界全員が共通して抱いてる懸念点ってやつだな」


 それに関して評議員達から異議が出ることは無かった。が、全員が何かを警戒するように顔が強張っていた。それだけでルーカという男が普段から独断で様々なことを発案し、実行しているであろうことが窺い知れる。


「一つはそうだな。軍の行動が、魔族共を潰すことに限定する事を保証する。その監視……もとい、信用の証として互いにまずは駐在の文官を置こうじゃないか。後はそうだな、そちらから王国の姫君をこちらの評議員の誰かに嫁がせる。こっちからもそれ相応の者をそちらさんに送る」

 

 互いを抑止する意味合い――つまりは人質として互いに『姫』を嫁がせに行くことは常套手段でもある。と、同時に国家を超えた血縁ができることにも繋がり、それを口実に国の支配権を主張されるリスクも存在する。イズルが即決するには行かない案件だった。


「そいつが了承されたら二つ目だな。こいつは単純だ。都市国家群の安全の確保への協力。連中、最近魔王軍の魔人共に脅かされてるらしくてな。キャンサーの二の舞になって貰っちゃ商売上がったりどころの騒ぎじゃないわけ。ジェミニは軍の規模その物はちっせぇから手が回らないわけよ」


 だから一掃するのに協力しろというわけなのだろう。これは一つ目に比べればハードルは低い。が、そこでまだルーカの要求は止まらない。


「三つ目、こいつが一番重要なんだが――キャンサー帝国を魔王軍共から解放するの手伝え」


 イズルは一瞬何を要求されたのか、頭の考えが追いつかなかった。今まで黙っていたロッソがたまらず、ルーカを制止した。


「財団筆頭殿――流石にそれは希求できぬこと。かの国を手助けするかはまだ議会ですら――」


「ぐずぐずしてっと、レオ大帝国に先を越されんぞ? セレーネの嬢ちゃんの報告はアンタも聞いただろ。皇帝一族は早々に逃げちまったが、民の方はまだ生き残ってる城塞都市に戦力集めて凌いでるってよ」


 皇帝一族が他国に逃げおおせた事は聞いていたが、未だかの国で生き残った民が抗戦しているという話はイズルも初耳だった。


「キャンサーの北に位置するレオ大帝国。あそこが救い出したキャンサーの皇帝一族を筆頭にして、魔王軍目掛けて逆侵攻してるって話だ。おかげで反対側の城塞都市に籠った連中は未だ生き永らえている」


 その話が本当ならば、民の為にもすぐにでも助けに向いたい――とイズルは思ったが、ルーカは恐らくもっと打算的で政治的な思惑から帝国の解放に向いたいと考えているのだろう。


「先を越される」と言ったのが何よりの証言だ。


「レオ大帝国が、キャンサーを属国下に置いて軍事力を増すのを防ぐ為……ですよね?」


「おぉ、ちゃんとわかってるじゃないの。これであんたが“無辜の民を救う為”なんて言いだしたら俺はお前の国との縁切りをこの場で提言するとこだった」


――この人とは心底気が合わないな。


 笑顔で賛辞を受けながら、イズルはそんなことを思った。そして、これで交渉も一旦は終わりかと思われた。


「この三つは今すぐに回答できなくても構わない。国に持ち帰ってよくよく検討してもらうこった。が、もひとつ。今すぐにでも俺様の信頼を得る方法がある」

 

 これまでの流れから非常に嫌な予感がした。決して自分達にばかり得が行くような提案出ない事だけは確かだ。


「何、そんな身構えることはないって。ただちょっとさ、王国んとこの戦士の質を見させてもらいたいんだよね」


 イズルの頭にヘレンの事が思い浮かぶ。彼女に負担はかけさせられない。だが、そんな不安を見透かしたかのように、ルーカは続けた。


「この国にはさ、古くから兵士達がその力を競う闘技場コロシアムが存在すんの。今じゃテンプルナイツが主に使ってんだけどさ――こいつがいい商売になるし、何より兵の質を見極めるのにも高めるのにも丁度いいと一石二鳥なるんだけどさ」


 そこで初めてルーカは席を立ち、つかつかとイズルの席の隣に近づいてきた。皴の深い老人の顔がイズルの耳元で囁く。


「君が連れてきたあの女戦士の戦いぶり、息子からさっき聞いたよ。是非俺も見たいんだけどなぁ」


 あまりの嫌悪感からイズルはその顔を振り払いたい欲求に駆られるも、どうにか自制した。


「申し訳ありません、彼女は――」


「戦わせられないって? ここまで散々戦ってきただろうし、その為に連れて来たんじゃないの? 戦わせたくないんなら、そもそも連れてくるべきじゃあなかったよな?」


 ルーカはわざとらしく大きく驚いた素振りで告げた。ここまで連れてきた時点でその覚悟はしておくべきだった……そう言われれば確かにそうかもしれない。この男の口から聞いて納得できることではないが。


「俺も別にあの女――ヘレン・ワーグナーが単なる付き添いの娼婦とかだったらなーんも言わねぇよ。けどさ、力……あるんだろ? そいつを見てお前がここまで言ってきたことを信用するかの材料にするって言ってるわけ」


 選択の余地は無さそうだった。イズルは喉元まで出かかった抗議を呑み込んだ。


「分かりました……ですが、まずはヘレンに聞かないと。彼女は娼婦でも無ければ、家来でもなく――友人ですから」

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