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寝坊助姫、異世界から来たりし魔王を討伐しに行く  作者: 瞬々
EPⅥ かつては輝かしかった神話の影で――
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Ⅵ 戦禍の痕

 レヴィの言葉は彼女が持つ三又槍トライデントの先の如く、鋭く、その瞳は獲物を仕留める捕食動物の如く、ギラギラとした輝きを持っていた。


 この少女が何故、一目で自分を勇者の元仲間であると分かったのか、何故ここまで敵視しているのか、ヘレンには分からない。だが、彼女には他に気になることがあった。


 ある種の期待、そして恐れが心の底から湧き立ち、言葉となって口から突いて出た。


「あなた、ジェイソンに会った事があるの……? もしかして、皆、ここに――」


「あのさ、私の質問に先に答えてよ」


 レヴィの言葉にばっさりとヘレンの質問は切り捨てられてしまった。ヘレンがたじたじになっているのを見て、セレーネが助け船を出した。


「レヴィ、あんまり虐めないであげて。彼女は貴方が想像しているような不誠実な子ではないわ」


「ふん、レオ大帝国に勇者ジェイソン、どっちも結局、都合のいいことばっか言ってこの国を出て行きやがった。それで? 今度は魔王の呪いで戦線離脱ドロップアウトした筈の女戦士か」


「レヴィ、いい加減に――」


――ジェイソン達はもうここにはいないんだ。


 自分が貶されていることよりも、元の仲間達がここにいないことにヘレンは落胆した。だが、同時にある種の安堵も感じていた。レヴィの言う通り、一度は呪いのせいで勇者一行から離れた身。それがどういうつもりで、魔王退治の戦いに参加しているのか。


 彼女を案じて戦いから遠ざけたジェイソン達はいい顔をしないだろう。セレーネがレヴィを窘めるのを横目にヘレンはそんなことを思った。


「なんか知らねぇが、女! お前腹減ってんだろ! だーから苛ついてやがんだ! 卑しい奴め!」


 ガハハと豪快にペルゼィックが笑う。レヴィの刃物のような瞳は彼に向けられた。火に油を注ぐかのような言動に、ヘレンはあわあわと両者の間に割って入り――、


「ペルゼィック、そんなひどいこと言わないで……あ、えっと、レヴィ……ちゃん? これ、食べる?」


 バックから出したパンと干し肉を差しだした。血管が浮き出て、今にも頭から熱が噴き出しそうになるほどに怒りを露わにしていたレヴィだったが、震える手でヘレンの手から食料をもぎ取った。


「アンタ……施しのつもり……? 私を馬鹿にするのも……いい加減に……しなさいよ」


――でも、食べるんだ……。


 干し肉を噛み千切り、パンを一口で呑み込んで、あっという間に食べ終えるレヴィを眺め、ヘレンはすっと、山羊のミルクの入った革袋を渡す。それも一瞬で中身が無くなった。


「ふん……食料分の礼は言うわ。けど、私はアンタの事、信用はしてないから」


 ふと風が変わった。生温かい空気、そして淀んだ嫌悪感のある気配が、漂ってくる。アリエス王国とジェミニ評議界共和国は事前にキャンサー帝国の内情も知りえる限りの情報を地図に書き込んでおり、ヘレンも概ね頭に叩き込んでいる。……これは魔王軍が陣取っている方向からだ。


「はぁ……、さっきの質問は後まわし。連中が来る。拠点まで案内するから遅れないでよ」


 キャンサー帝国の印象は一言で言うなら――荒廃。


 暮らしていた家々が、耕してきた田畑が、談笑に花を咲かせた酒場が、人々の生きた証には今や引き裂かれたかのような爪痕が幾つも残っていた。そして一際目を引くのが巨大な溝だ。


 大地に引かれた一線の溝、その周囲の建物は破壊されたというよりも、意図的に崩したかのような壊れ方をしていた。溝はその幅も大きいのだが、その深さは底が見えない程だ。その溝は城壁まで続いている。


「……これ、どうやって掘ったの?」


「へー、見る目はあるんだ。これはね、私の師匠の決死の攻撃と、ゴーレム達の自爆で作った溝よ」


「おぉ……」


 レヴィの口調はどこか馬鹿にしたような感じなのだが、ヘレンはまるで気づいていない。これほどの溝を人間一人で造れるのか、と彼女は素直に驚き、横にいたペルゼィックは腕を組んで怪訝に首を傾げた。セレーネは何か絡繰りを知っているのだろう。苦笑いしていた。


「レヴィの師匠は規格外だからね」


 なにせと、セレーネは続ける。ちらっと意味深な目線にヘレンは首を傾げる。が、その先の言葉はヘレンを大いに驚かせた。


「“前魔王を倒した元勇者の仲間”だからね」


 前魔王――その名をニクス。長年に渡り大陸を支配し、人類に地獄を見せた。


 前勇者――その名をソムヌス。ニクスを倒したとされる謎多き勇者であり、ニクスを倒した直後に失踪したとされる。


 両者が消えた一か月後、魔王タナトスが台頭した。


 多くの人間はソムヌスが堕ちたのだと噂した。魔王は告げた。


――大陸全てを闇に覆い、人類の生死、運命の一切をファントムが支配する、と。


 ヘレンの故郷であるレムノスの森も魔人達の狩場となり、男はヘレンの父を残して全滅した。それを思い出すと、心から憎しみの火が漏れ出した。喉の奥から這い出て来ようとするそれを心の奥底へと押し戻す。


「勇者ってソムヌスの……?」


「誰もが知っていると思ってる―けど、皆知っているつもりなだけ。そう、師匠は言ってたわ。誰も彼の本当の姿を知らない、彼、彼こそが――」


 ヘレンの声が低くなるのを見て、レヴィは瞳を細めた。両者の間で静かな対立が起こるのを見て、ペルゼィックは「ん?」と眉を上げた。


「ソムヌスこそが、真の勇者だと」 

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