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律と欲望の夜  作者: 冷泉 伽夜
第三夜 静寂と沈黙の雨
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自衛と猜疑



 事務所のデスクに座る優希は、PC画面を真剣に見つめながらマウスを操作している。その後ろに立つ律が腕を組み、同じ画面を見下ろしていた。


 玄関のドアが開く音に続き、若い男の声が響く。


「お疲れさまでーす」


 送迎担当のミズキがリビングに顔を出した。律と同じようなスーツ姿に、黒ぶちメガネ、前髪に金のメッシュを入れている。


「ユノさんがもうあがりなんですが」


「お疲れさまです、社長!」


 ミズキの後ろから、ユノがぱっと飛び出した。ひざ丈の白いワンピースを着て、髪をハーフアップにした清楚な女性だ。


「見て見て、社長。これ、期間限定の特別製なの~」


 細い腕で抱きかかえているのは、大きなぬいぐるみ。メガネをかけた黄色い謎の生物。子どもや若い女性に人気のあるアニメキャラクターだ。着せられているドレスからして、確かに特別仕様のようだった。


 ユノは興奮しながら人形を持ち上げ、満面の笑みを見せている。


「指名のお客様からいただいたの! ずっとほしかったんだぁ。私予約取れなかったから」


「……そう。よかったね」


 朗らかなユノに反して、律を含めたスタッフたちのあいだには神妙な空気が漂う。


 ミズキと優希を交互に見た律は、ユノに近づき両手を差し出した。


「ちょっと、見せてくれる?」


 いつもとは違う真剣な声色に、ユノは不穏な空気を察しながらも「いいですよ」とぬいぐるみを渡す。


 律はぬいぐるみについているタグを確認した。そこに印字されているのは、有名テーマパークのロゴと製造番号だ。


 ぬいぐるみをゆっくりと回し、すみずみまで観察していく。振ったり、耳に当てたりを繰り返した。それだけにとどまらず、ぬいぐるみの体を手のひらで押しつぶしていく。手や足の部分まで念入りに握りつぶした。


 ユノは「あっ」と声を上げるが、真剣に作業を続ける律を見守るしかない。


「うん、まあ、大丈夫、かな」


 切れ目もなくほつれもない。目の部分は精巧な刺繍で、中に何かを入れた痕跡はない。触り心地に違和感を覚えることもなかった。


 律はぬいぐるみの形を整え、ユノに差し出す。


「ごめんね、ユノちゃん。最近、盗撮が問題になってるみたいだからさ。心配で……」


 受け取ったぬいぐるみを抱きしめるユノは、困ったように眉を下げた。


「私のお客さん、リピーターだし、そんなことしないよ」


「そうだよね。ごめんね」


「ここを利用するお客さまってみんないい人たちばかりだし、変なことするような人ってそもそもいないでしょ?」


「そうだね。でも、万が一のことが起きて、ユノちゃんが傷つくようなことになってほしくないんだ。人間、裏でなに考えてるかなんてわかんないもんだしね」


 律の視線が、ミズキに移る。


「ユノちゃん、もうあがりなんだよね? 会計は終わらせた?」


「いえ、まだです」


「じゃあ、ここで済ませとこうか」


 ユノの業務内容を優希に確認し、それに伴った金額を請求する。差し出したキャッシュトレーに、提示した額がのせられた。


 客に渡された料金から、事務所の取り分を差し引いて残る額がユノの給料だ。オプション料金も合わせれば、激安店で得られる額を優に超えていた。


「今回は純粋な好意でいただいたんだろうけど、今後もなにかいただくときは気を付けるようにしてね。今度からはこうやって、スタッフに確認させてくれたらうれしいな」


「も~……ほんと、心配性だなぁ、社長は」


「そりゃ心配するよ。ここにいる女の子たちのこと、大事にしてるんだから」


「え~?」


 財布をしまったユノは、照れたようにはにかみながら律に手を振り、リビングを出ていった。後に続こうとしたミズキを呼び止める。


「つれてきてくれてありがとな」


 振り返ったミズキに、社長らしい威厳のある笑みを浮かべた。


「今度からはミズキがさっきみたいに確認してやって」


「はい」


 しっかりと頭を下げたミズキは、その場を後にする。


 玄関が閉まる音と同時に、律の顔から笑みが消えた。受け取った金をキャッシュボックスの中に入れ、優希の元へと戻る。


「近澤さんがわざわざ送ってきたのもわかりますね」


 マウスを動かす優希は、画面を見つめながら苦々しく顔をゆがめた。


「ほんと、最悪っすよ、これ」


 そこに表示されているのは、デリヘルのレポートをのせている個人サイトだ。


 女性の容姿やサービスといった一般的な内容から、本番報告、デリヘル嬢の悪口まで好き勝手に書かれている。隠し撮りの画像や、本番行為の動画ものせられていた。


 女の子に許可を取っていると説明している文章に、優希がいやいやと片手を振る。


「んなわけないじゃん。女の子がこんなの許可するわけない。この動画とか、絶対隠し撮りですよ」


「いや、百パーセントないとも言い切れないから難しいんだ」


 優希が座るイスの背もたれに手を置き、にらみつけるように画面を見据えた。


「デリヘルによっては撮影OKのところもある。自分から本番交渉持ちかける女の子だっていないわけじゃない。激安店の子とか、あまり売れてないような子は特にな。……女の子の写真見る限り、あえてそういう子を狙ってるみたいだし」


「ざっと確認しましたけど、うちの子たちはいないようです」


「当然だろ。うちのお客様はそんなことしない。するにしても、デメリットの方が大きいことをよくわかってらっしゃる。……俺たちが、黙ってないってこともな」


 サイトのアーカイブを見るに、さまざまなデリヘルの女性たちが餌食になっているようだ。しかもかなりの頻度で更新されている。


「近澤さんがわざわざ送ってきたサイトだ。うちには関係なかったとしても、今後もようす見といてくれ」


「わかりました」



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