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律と欲望の夜  作者: 冷泉 伽夜
第三夜 静寂と沈黙の雨
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仮面の微笑 2


 ――この際売り上げは二の次だ。この時期に膨大な額は期待できない。それなら営業の対象と、方法を変える。


 優先すべきは、指名数だ。「constellationコンステレーション groupグループ」では売り上げだけでなく、指名数も総合ランキングに反映されていた。


 最後に律がついた女性は、この時間なのに帽子、サングラス、マスクといった重装備。席についてもまったくしゃべらず、律が作った水割りすら飲まない。ただひたすらに律がしゃべり倒すのを、黙って聞いていた。


 閉店間際に見送った後、律はすぐさま厨房に向かい、ポットの水をコップに注いでがぶ飲みする。飲み干した瞬間、盛大に息をついた。


 ほどなくして「Aquarius(アクエリアス)」はこの日の営業を終了する。流れていたBGMは消され、照明はひときわ明るく調節された。


 とにかく疲れ切った律は、すみの卓席で横になる。仰向けになり、片腕で自身の目元を覆った。


 一時間ごとに客が入れ替わり、ドリンクも出ない中接客をやり通したのだ。その神経はだいぶすり減っている。


 次の職場であるデリヘル事務所に向かうまで、少しでも回復していたい。


「この調子じゃ来週以降やばいぞおまえら」


 終礼が始まり、店長の厳しい声が耳に入ってくる。


 店の中央にあるシャンデリアを囲むようU字型に並べられたソファに、出勤していたホストたちが全員座っていた。


「|executiveエグゼくティブ playerプレイヤー」という特殊な役職である律は、このような終礼やミーティングに出なくても文句は言われない。


「おまえら、わかってんな?」


 シャンデリアの下に立っている店長が、ホストたちを見渡し声を張り上げる。


「ここ最近たるんでるぞ! 危機感を持て! 今日は律のおかげでのりきったようなもんだぞ! 給料もらってんだから客を呼ぶ努力をしろ! 金を使おうが使わなかろうが関係ない。とりあえず店に呼べ! ノーゲスだけは絶対に避けろ!」


 店長の鼓舞に、体育会系の勢いある返事が一斉に反響した。


 終礼を済ませたホストたちはそれぞれ、掃除や役職ミーティング、アフターの連絡などでせわしなく過ごす。


 卓席で上体を起こす律のもとに、背が低く、子犬のようなかわいらしさを振りまくホストが近づいてきた。「Aquarius(アクエリアス)」で売り上げ二位を誇る、部長の志乃だ。


 口を開けば、顔に似合わず小ばかにするような声を出す。


「おまえさ~、初回で連絡先もらった相手、全員と連絡とってんの?」


 まだ疲労の抜けていない律は、返事をせず、気だるげにスマホを見始める。


「連絡とるだけで来ちゃくんない女だっているだろ?」


「ああ、そりゃもちろん」


 疲れを隠そうともせず、低い声で吐息まじりに返した。


「もう来ないだろうなって人だったら切るよ。少しでも見込みがあるならとり続けてる」


「はー……よくやるよ。最後の客とか絶対地獄じゃん。俺だったらブチぎれてんね」


「あの人はね、ネット弁慶ってやつ。ほら、今トーク欄大変なことになってる」


 律がスマホの画面を見せると、トーク欄は相手から送られる短文メッセージでびっしりと埋まっていた。志乃が見ているその間もぽんぽんとメッセージがついていく。


 あきれた笑みを浮かべる志乃をよそに、律はこの日来てくれた女の子たちへ、お礼のメッセージをせっせと送り続けた。


 ひととおり終えた律はスマホをジャケットにしまい、腕を上げて背を伸ばす。一息ついて立ち上がり、スーツのまま出入口へと向かった。そのあとを、志乃がなんとなしに追う。


「ぎゃああああああ! またやられたああああ!」


 出入り口前のキャッシャーから放たれる叫び声。立ち止まる二人は、カウンターに寄りかかる男を冷めた目で見すえた。


 声の主は、すでに着替えを終え、アフターに行く気満々の拓海だ。役職は幹部補佐。カウンターの中で売り上げの計算をしていた女性スタッフに、スマホを見ながら嘆く。


「ねえ、またベッド写真載せられてんだけどぉ? なんでぇ? 俺が女の子を見る目がないのか女の子の性格が悪いのか……」


「うーん、どっちもじゃない?」


 スタッフに冷たくあしらわれている拓海に、志乃が鼻を鳴らす。


「もうネタに変えれば?」


「そこまでホストとして落ちてねえっす」


「いや落ちてるだろ」


 志乃はいたずらっぽく笑ってとなりを見た。反応するのも面倒とばかりに目をそらしていた律を、肘でこづく。


「ナンバーワンの律さんはどう思います?」


「しんど……。俺に振るなよ」


「律さんはアフターも枕もせずに一位ですからね~。ぜひアドバイスしたってくださいよ」


「こいつにするようなアドバイスなんてねえだろ。同じこと繰り返してなんも学ばないようなやつ」


 売り上げも指名数も到底かなわない律に、拓海はぐうの音も出ない。


「公私混同で客を抱いてるんじゃ世話ねえよ。どうせこのあともホテル行く予定なんだろうし? おまえの場合、体でかろうじて女の子つなぎとめてるだけだろ。結局のところ、ただのコミュニケーション不足」


 一言一言が容赦なく拓海を突き刺す。満身創痍の拓海はなんとか言い返した。


「律さんだって、客の中にも好みくらいいるでしょ。お持ち帰りの感覚でやりてえなと思うでしょうが!」


「思わねえよ。まずそこが間違いなんだっつうの」


「うそだあ! それこそ、ツバキちゃんなんてめちゃくちゃ美人でしょ。あれだけ金出してもらってんなら、やることやってんじゃないすか?」


 とたん、拓海はびくりと縮こまる。律は何も返さず、不機嫌に細めた目で拓海をにらみつけていた。一瞬で張り詰めた空気の中、志乃も口を挟めない。


 律は拓海に近づき、持っているスマホの画面を指さした。


「こういうことを起こさないコツは、こういうとこでこういう話をペラペラしゃべらないことだ。覚えとけ」


 身をひるがえし、律は店を後にした。急いで階段を駆け上がる音がキャッシャーにまで聞こえてくる。


 残された拓海に、志乃は苦笑した。


「おまえ、相変わらず律を怒らせるのだけはうまいな」


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