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11 一日の終わり

 エイミーちゃんに宿の食堂まで案内してもらうと、入口の横に黒板のようなものが立てかけてあった。


 これ、メニューかな?


 軽く目を通して見るが、やっぱりなにが書いてあるかわからない。

 文字が読めないと不便なことが多いとあらためて嘆息する。


 表のうさぎの看板みたいに絵があったらいいのになぁ……。


 食堂の中に目を向けると、すでに半分くらいの席が埋まっていて、料理を食べたりお酒らしきものを飲んでいるお客さんがいる。

 大きな深皿で煮込み料理のようなものを食べている人が多い。

 反対側にはわたしが入ってきた入口とは別にもうひとつ入口があって、外からもお客さんが入ってくるようだ。


「いらっしゃい。宿泊のお客さんだね。中に入ってこっちの席にお座りよ」


 栗色の髪を結い上げた、恰幅のいい女性がわたしを見て声をかけてきた。


 この人がエイミーちゃんのお母さんかな?


 食堂の入口まで案内してくれたエイミーちゃんから、食堂にはお父さんとお母さんがいるのだと教えてもらった。

 エイミーちゃんと同じ髪の色だし、顔も似ている。きっとこの女性がエイミーちゃんのお母さんだろう。


 すすめられたカウンター席に落ち着くと、目の前に水の入ったコップが置かれる。


「さぁ、なんにするかい?」


 女性から宿泊客を対象としたメニューの説明を受けながら、どうしても確認したいと思っていたことを聞いてみることにした。


「あの、おっきい焼き鳥ってありますか?」

「……え? なんだって?」

「焼き鳥です。こーんなおっきいお肉が串にグサッ、グサッと刺さっていて、みんなガブッてかじりつくんです。きっと食べ応えがあってすっごくおいしいんです!」


 冒険者ギルドで見た焼き鳥を思い浮かべながら、こと細かに説明する。


「うーん、ごめんよ。ヤキトリってのがよくわからないんだけど、串に刺さってるといえば、マール鳥かピグルの串焼きかねぇ……。あいにく今日のメニューにはないんだよ。すまないね」

「マール鳥とピグル、ですか?」

「知らないのかい?」


 聞き返すわたしに、目を丸くする女性。

 女性の反応から察するに、この街ではだれもが知っているようなものなのかもしれない。


「はい、すみません……」

「そうなのかい。この辺りじゃ珍しいものじゃないんだけどね。見ない顔だけど、どこか遠くからきたのかい?」

「あ、はい。今日はじめてこの街にきました」

「ふぅん。お連れさんはいないのかい? 親御さんは? まさかお嬢ちゃんひとりで?」

「家族は……もういないので、わたしひとりです」


 わたしの返答に女性は表情を曇らせた。


「それは悪いことを聞いたね……。なにか困ったことがあったら、遠慮なくなんでもお言いよ?」

「はい。ありがとうございます、女将さん」

「女将さん?」


 ハンナさんはきょとんとした顔でわたしを見る。そして「あははははっ!」と豪快に笑いだした。


「女将さんはやめとくれ。ハンナでいいよ」

「ハンナさんですね。わたしはユウナです。今日からこちらでお世話になりますが、よろしくお願いします!」


 椅子から立ち上がってしっかりと頭を下げる。


「こっちこそよろしく! それでなにを食べるんだい?」

「えっと、おすすめってありますか?」

「おすすめはマール鳥の煮込みだよ」


 マール鳥ってさっきも言ってたよね?

 たしかギルドに行く前に見た兄妹も今夜はマール鳥だって言ってたし、この辺りの名物なのかも。


「じゃあ、それをお願いします!」

「あいよっ!」


 目の前に手を差しだされ、慌ててポシェットから大銅貨を1枚取りだして手渡す。

 ハンナさんはエプロンのポケットから小銅貨2枚のお釣りを取りだして返すと、「まいどっ!」と威勢よく声を上げて足早に厨房の方へ歩いていってしまった。

 厨房には大きくてたくましい体つきの男性が料理を作っているのが見える。


 あれがエイミーちゃんのお父さんかな?


 食堂内の様子を見ていると、どんどんお客さんが入ってきて、すぐにほとんどの席が埋まってしまった。

 繁盛しているお店のようで料理への期待が高まる。


 店内が混み合ってくるのにあわせて、エイミーちゃんも食堂にきて手伝いはじめた。

 くるくると店内を動きまわるハンナさんとエイミーちゃん。

 真剣な眼差しで料理に集中しているエイミーちゃんのお父さん。

 お父さんは一見、寡黙で厳しそうな人に見えるけど、ハンナさんやエイミーちゃんと息の合った連携で次々に注文を捌いていく。


 仲がよさそうな家族だなぁ……。


 ひとりでホテルや旅館に泊まったことがなかったから少し不安だったけど、宿の人たちが仲のよさそうな家族で安心した。


「お待たせしましたー!」

 

 しばらく待っていると、エイミーちゃんが料理を運んできてくれた。

 トレーには大きなお皿にアッツアツの湯気が立っている煮込み料理と、色が黒めの細長いパンがふたつ乗せられている。

 品数は少ないけど量は多めだ。


 これがマール鳥の煮込みなんだ。

 マール鳥って鶏肉みたいな味なのかな?

 白っぽいスープにお肉や野菜みたいなものが入っていて、見た目はポトフみたいだ。


 ではさっそく、いっただっきまーす!


 鳥肉らしきお肉は、スプーンで簡単に崩れるくらい柔らかく煮込まれていた。

 一口大にして口に運ぶと、お肉が口の中でほろほろとほどける。


 うん、おいしい!

 これはジャガイモかなぁ?


 いっしょに入っているジャガイモのようなものもホクホクとしていておいしい。


 スープの味つけは塩味かな?


 薄味だけど素朴な味わいで、わたしにはおいしく感じられた。


 次いで黒いパンに手を伸ばす。

 見た目は少し短めのバゲットのような形をしている。

 手で千切ろうとしたけど、思った以上に硬くてなかなか千切れない。なんとか一口大にして口の中に入れる。


 ……硬い。


 パンは一日経ったバゲットのようにカチカチで、味も匂いもあまり感じられない。

 しばらく噛んでいるとだんだんあごが疲れてきた。


 みんなどうやって食べてるんだろう?


 周りを見まわすと、ほかのお客さんたちは煮込み料理のスープにパンを浸けてから食べているようだった。


 なるほど! そうすればいいんだ。


 パンをスープに浸けてふやかしてから口に運ぶ。


 ……うん、柔らかくなってだいぶ食べやすくなった。

 スープが染みて、味もおいしくなってる。


 でも、ロールパンみたいなふわふわの柔らかいパンも食べたいなぁ。

 明日の朝食にでてきたりしないかな?




 * * *


 食事を終え、自分に与えられた部屋へと向かう。

 2階に上がって教わった部屋を見つけると、鍵を開け、薄暗い部屋の中にそっと足を踏み入れた。


「お邪魔しまーす……」


 入口の正面にカーテンがかかった大きめの窓があって、右手側にはベッドが壁に寄せて置かれている。

 反対側には机と椅子、物入れがあった。

 室内はシンプルだけど掃除が行き届いていて清潔そうだ。

 小ぢんまりとしているが、わたしひとりが滞在するには十分な広さだと思う。


 部屋の中を進み、窓辺に近寄る。

 ガラス越しにのぞき込むと、濃紺に染まる空とオレンジ色の街灯に照らされた見覚えのある道が見えた。

 さっきここにくるまでに歩いてきた道だ。

 どうやら窓は宿の表側に面しているらしい。

 外はすっかり暗くなったようだけど、街灯の明かりがあるおかげで部屋の中は真っ暗にはならなそうだ。


 ここがわたしの泊まる部屋なんだ……。

 なんだかドキドキしてきた!


 うれしくなって部屋の中をうろうろと見てまわっていると、ふとあることに気がついた。


 あれ? そういえば、おふろは?

 部屋の中にはないみたいだけど、どこかに大浴場があるのかな?

 でもエイミーちゃんはなにも言ってなかったよね。

 まさかおふろがない、なんてことは……。


 ここは魔法があって魔物が存在する世界だ。文化や風習だって日本とは違うはずだ。


 おふろがなくてもおかしくない……?!


 不安に駆られながら階下に降りると、ちょうどエイミーちゃんが食堂からでてきたところだった。


「ユウナさん、どうかしましたか?」


 エイミーちゃんがわたしに気づいて声をかけてくれる。


「あ、あの、おふろってありますか?」

「おふろでしたら、街中に公衆浴場がありますよ。ここからだとちょっと歩くことになりますけど、35メルで利用できます。行かれるなら場所をお教えしますよ」


 公衆浴場なんてあるんだ。

 銭湯にもいったことがないから、ちょっとわくわくしてくる。

 でも……。


 ちらりと入口の扉に目を向ける。

 さっき部屋の窓から見たときはもう日が落ちてしまっていた。

 公衆浴場まではそれなりに距離があるみたいだし、暗い中、知らない街中をひとりで歩くのはちょっと心細い。


 今日は森の中をいっぱい歩いたから、おふろに入ってさっぱりしたかったけど……。


「よかったらお湯をご用意しましょうか?」

「え? お湯ですか?」


 エイミーちゃんによると、宿では体を拭くためのお湯を用意してくれるサービスがあるらしい。

 必要ならタオルも売ってくれるそうだ。


 それなら今日はそれで体を拭いて、おふろは明日いけばいいよね。


 エイミーちゃんにお願いして、お湯とタオルを用意してもらいながら少し話した。

 エイミーちゃんは14歳でわたしよりひとつ歳下らしい。小さい頃から宿屋のお手伝いをしているそうだ。

 わたしが今日、冒険者登録をしたと話すと目を丸くして驚いていた。

 表情豊かな明るい子で、すごく話しやすかった。


 少し打ち解けて話すことができて楽しかった。この調子で仲良くなれたらいいなぁ。




 * * *


 お礼を言ってエイミーちゃんと別れ、お湯の入った桶を抱えて部屋に戻ると、熱いうちに体を拭こうと服のリボンに手を伸ばす。

 そこではじめて着替えを持っていないことに気がついた。

 よくよく考えると、歯ブラシや石けん、髪を梳かすためのクシもない。


 いろいろと必要なものがあるなぁ。

 明日はまず、生活用品を買いにいかなくちゃ。それに冒険者の依頼をこなすのに必要なものがあるならそれも買わないと。


 報酬の5,000メルを受け取ったときは大金だと思ったけど、必要なものをそろえたらあっという間になくなってしまいそうだ。

 ひとりで生活するのは思った以上にお金がかかるのかもしれない。


 そんなことを考えながらワンピースを脱いでいく。ワンピースの下には腰までの丈の短いスリップとドロワーズを身につけていた。

 その下にはそれぞれ下着も身につけている。

 どれも服とおそろいのデザインになっていて、とってもかわいい。


 少し薄着だけど、今日はこのままの格好で休むことにした。

 体を拭いてさっぱりすると、髪を下ろしてすぐにベッドの中にもぐりこむ。


 一時はどうなることかと思ったけど、終わってみたらすごく充実して楽しい一日だったなぁ。

 銃や図鑑なんてすごいものをもらえて、健康な体で動きまわって、いろいろな人とお話して……。

 こんなにいろいろなことをしたのって、はじめてかもしれない。

 転生させてくれた神様に感謝しなくちゃ。


 街の人もみんないい人たちばかりだった。特にルーくんにはいっぱいお世話になったよね。

 おかげでなんとかこの街で新生活をスタートさせることができそうだし、なにかお礼がしたいなぁ。


 それにはまず、ここの生活に慣れることからがんばらないと。

 明日は必要なものを買って、そのあとは冒険者ギルドにいってお金を稼いでみよう!

 メリエンダのレベルも上げたいし、新しい食材も手に入れたい。

 あ、それに公衆浴場にもいかなくちゃ!


 やりたいことがいっぱいある。

 明日も忙しくなりそうだし、ゆっくり休んでおこう。

 でも、今日は新しいことばかりだったから、興奮して寝つけないかも。


 ……なんて思っていたけれど、やっぱり体は疲れていたようで、目を閉じるとすぐに意識が遠のいていった。

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