我は水の御霊を宿すもの
まあ、さっきそう確認したばかりなのだけど、雪月と千雪の話が本当であれば、華乃子にも雪女の血が流れている。この雪を、操れないことは、無いのでは……?
(え……っ? 操るって、どうやって?)
雪月はどうやって華乃子をこの寒さから守ってくれていたんだろう? 何か呪文を唱えた素振りはなかったから、やっぱり念じたとか、そういうこと? 呪文も何も分からないのでは、華乃子に真似のしようがない。やり方が分からなければ、何をやっても、何もやらないのと同じでは?
自分に対して疑心暗鬼になってくると、思考も止まる。出来ないんじゃないかと思ってしまう心が、余計に『念じる』ことを難しくさせた気がした。
兎に角前向きに何かをしないと凍えてしまう。さっき雪女たちに、『これしきの雪』と言われてしまったし、華乃子はやけくその気持ちになって、腹の底から叫んだ。
「あーっ、もう! そうよ、私は人間だったわ! でも実は半分雪女だったの! だから、雪よ、止みなさいっ!!」
やけくそで叫んだら、不意に雪の威力が弱まった。……えっ、意外と言葉にすれば雪は言うことを聞くものなの?
『なんだ!? 雪の勢いが弱くなったぞ!?』
『華乃子、一体、何をしたんだ!?』
二人が驚いている中、雪の勢いが弱まって、ちらりちらりと細かい欠片が落ちて来るだけになった雪原を、此方に向かってぴょんぴょんと跳ねてくる白銀の体を見つけた。
「兎ちゃん!」
小さい体で懸命にやわらかい雪の上をはねてくる。ちりちりと鈴を鳴らして駆け寄って来た兎が華乃子の肩の上に飛び乗ってぶるぶると体を震わせた。そして体に着いた雪を払ってしまうと、飛ばされてしまってごめんなさい、とでも言うように、華乃子の頬に鼻先を擦りつけてきた。そのいじらしい様子に、華乃子も雪の中だというのに、つい心がほぐれてしまう。
「仕方ないよね、こんな小さな体ではあの強風に勝てないわ」
仕方ない、と言われたことに対して、兎はやや不満のようだった。彼(? 彼女?)がその赤い目をきらりと光らせ、きゅい、と鳴くと、ふわっと華乃子たちの周りに現世の気温が戻ってくる。華乃子たちの周りには白銀の円柱で取り囲むようにして、透き通った壁が出来ていた。
「うわあ、すごい! 全然雪原に居る気がしない!! これは兎ちゃんの力なのかしら……」
『凄い兎だな! 並々ならぬ妖力を感じるぞ!!』
『これで俺も凍らなくて済む!!』
足元をよく見ると、膝ほどもあった雪の絨毯が、溶けてほとんどなくなっている。これは……、雪月の力で作った結界みたいなものだろうか。兎に角、この兎を連れて館まで帰れば、歩いて楽に帰れそうだ。
「兎ちゃん、感謝するわ! さあ、もう、早いところ、この雪の中から脱出しよう! 遅くなると先生にも心配をかけてしまうし、急ぐわよ」
太助と白飛に声を掛けると、二人は、おう、と言って白飛が太助と華乃子を乗せようとその位置を低くした。その時。
ゴウッと雪嵐が吹きすさび、兎の作った結界がパリンと破れた。硝子が粉々に砕け散るようにして、兎の作った結界が吹き飛び、華乃子たちは再び強烈な吹雪……、いや、沙雪たちが放った吹雪よりも冷たい雪嵐に晒されて、一気に頬が凍り付いた。
『華乃子! もう一度叫んでみてはどうだ!』
『このままでは凍って死んでしまう……!』
太助と白飛にそう言われて、寒さに縮み上がる体の芯に力を籠めて、腹の底からもう一度叫ぶ。
「私は、半分だけど、雪女よ! 雪よ、止んで!!」
さっきより真剣に叫んだ。しかし今度の雪嵐はびくともしない。華乃子の力が半端だから安定しないのか何なのか、理由は分からないけど、事実、華乃子の力は効力がなく、また、雪月の守り兎もきゅうきゅうと鳴いて頑張ってくれているが、その結界も効かずではお手上げだ。館まで逃げかえるにしたって、積雪が深すぎて歩くに歩けない。
ここで沙雪たちの目論見通り、凍え死ぬのか……。そう思った時に、脳裏にやさしい気配をさせた誰かが語り掛けてきた。
「……我、は? え……っ?」
頭にこだまするその言葉を、小さな声で唱える。すると、急に雪が止んだ。
(え……っ? なにこれ? 今のって、信じていいの……?)
今ひとつ疑念が晴れないが、此処で凍え死ぬよりはやれることはやっておいた方が悔いがなくて良い。華乃子はもう一度腹に力を込めて、厳かに叫んだ。
「我は水の御霊を宿す者なり! 我が行く先に道を拓け!」
言葉が雪原の隅々まで行き渡り、驚くことに華乃子の前には降雪が拓けて屋敷まで道が出来ていた。
「えええっ!」
『おい! 華乃子! 一体何をしたんだ!?』
半信半疑で唱えた言葉に、こんな威力があるなんて信じられない。だって今の雪嵐は雪月の兎の結界だって破ってしまったほどの雪だったのに。
「……って、信じられないとか言ってる場合じゃないわ! もう早く帰ってしまわないと、本当に凍える!」
華乃子たちは雪の拓けた道を二人と一緒に大急ぎで屋敷まで帰った。
それでも屋敷の玄関では、沙雪が華乃子を蔑視するような目で見た。
「人間の分際で、凍死しなかっただけでも儲けものでしたね。雪山が温情を掛けたのでしょう。まあ、そのまま凍ってしまっても構いませんでしたが」
言うだけ言って、ふん、と屋敷の奥へ行ってしまった。
理由はどうであれ、華乃子は雪をしのいで帰って来たと言うのに、半分人間というだけで、こんなにこき下ろされなければならないなんて……。
でも、雪月の伴侶として認めてもらいたくて此処に来たのだ。なんとかして彼女たちに認めてもらわなければならない。
何をしたら認めてもらえるのだろう、と華乃子は考えた。




