雪女の男の子と一つ目傘
「……鷹村さま、『この子』とは、いったい……?」
「何仰ってますの? この子よ。足にしがみついて離れないの」
「足……、でございますか……?」
梅は眉間の皴を深くして、疑問を露わに華乃子を見る。……もしかして……。
「うめ……さん……。見えてない……?」
「なにが、……で、ございますか……?」
これは、完全に見えてない。『この子』はあやかしだったのだ。
(失敗した!)
華乃子はそう思ったが、もう遅い。梅にはごまかすように笑って見せた。
「あ……、あらやだ。草がつま先に絡みついて、動かなかっただけみたい……。叫んだりして、ごめんなさい、梅さん」
そう言って笑ってみたものの、梅の顔つきは常人の中に交じりこんだ奇人を見る眼付きのようだった。別荘に戻っていく梅の後姿を見つめながら、華乃子は足に子供をしがみつかせたままため息を吐く。
……兎に角、この子をどうにかしなければならない。親を探しているのなら、尚更の事。親に見放されることほど、子供にとって辛いことはないのだと、華乃子は自身の経験で知っていた。
『かーしゃ? かーしゃ?』
子供の手を引いて道を歩いている。子供の母親らしき人を探しているのだ。
「私はお母さんじゃないのよ……? あなたのお母さん、何処に行ったのかしらね?」
そう思いながら、昔のことを思い出す。雪のあの日、母親とはぐれたという少年におにぎりを持って行ってやったこと。あの思い出たちは雪月のおかげで多少悲観して思い返すことが少なくなってきてはいたが、先程の梅の様子を見ると、やはり自分は異端なのだと痛感する。
心に重たいものを抱えながら、両脇に樹木の立ち並ぶ道を子供の歩調に合わせてゆっくり歩くが、そろそろ日が暮れて、母親探しは難しくなってしまう。この子を別荘に連れて帰ることも出来ないし、早く母親が見つかって欲しい、と思っていたその時、背後から華乃子を呼ぶ声がした。白飛だった。
『おーい。華乃子。先生が華乃子を探してたぞ。戻ったほうが良くないか?』
「白飛、ちょうど良かったわ。この子、あやかしよね? お母さんを探してるみたいなの。分からないかな?」
華乃子の陰に隠れている子供を白飛の前に出して解を得ようとすると、白飛は、あれーと声を上げた。
『こいつはびっくりだ。こんな夏の時期に雪女かよ』
「雪女ですって? 雪なんて、何処にも無いわよ?」
華乃子の驚きに、白飛も、さもありなん、と頷いた。
『雪女は普通、現世では冬にしか活動しない。夏は涼しい山の奥に引きこもっちまってる。雪女の郷は常時雪があるって話だが、こいつはまだ子供で仲間とはぐれちまって、現世への入り口からこの郷に出てきたんだな、きっと。何かを探してるんだろうけど、これ以上は自殺行為だ。俺が郷の入り口まで送ってくるから、華乃子は屋敷に帰れ。先生が探してる』
「そうね、白飛、任せたわ。私は別荘に戻る。その子をよろしくね」
合点承知、と言って、白飛は子供を背に乗せると山の方へ飛んで行く。華乃子はその姿を見送った後、今来た道を戻ることにした。
ところが、今まで美しい夕景が広がっていたのに、急に灰色の雲が空を埋め尽くし、ぽつりぽつりと雨が降って来た。にわか雨だ。夕方でなおかつ暗くなった木立の中を別荘へ急ぐが、さらさらと降って来た雨に髪も服も濡れる。華乃子が更に道を急いで戻っていると、不意に頭上に雨を感じなくなった。木の陰に入ったのだろうか、だったらこのにわか雨の間、此処でやり過ごそうかと頭上を見上げると、其処には一つ目傘のあやかしがふわふわと浮いていた。
「ひ……っ!」
驚いて目を剥く華乃子に、一つ目傘は華乃子が雨に濡れないように降り注ぐ雨から華乃子を守ってくれた。一つしかない目を細めてにこにこと華乃子を見てくるので、悪いあやかしではないのだと分かる。
(……私に親切にしてくれているんだわ……)
どういう思いからなのかは分からないが、華乃子が最近あやかしを邪険にしなくなったからなのだろうか、一つ目傘のあやかしは、その後華乃子が別荘に帰るまで、ずっと華乃子の頭上に浮いて付いて来てくれて、華乃子がそれ以上雨に濡れることはなかった。
華乃子が別荘の玄関のアーチにたどり着くと、一つ目傘は跳ねるように何処かへ行ってしまった。遠くなって薄暗闇に紛れていくその姿を見つめて、やがて見えなくなってから、これは雪月に報告しなくては、と思った。
呼ばれていたという雪月の部屋を訪れると、華乃子は興奮気味に今あったことを伝えた。
「先生! 今、一つ目傘のあやかしが私をにわか雨から守ってくれたんです! にこにこと笑って私をこの屋敷まで送ってくれて、そして何処かへ行ってしまいました。最近、私の心掛けが変わったからでしょうか、見知らぬあやかしに親切にされたのはこれが初めてです!」
両手を握ってそう報告すると、雪月も嬉しそうに微笑んでくれた。
「人間の持ち物が姿を変えて恩を返すことは良くあることです。貴女に視えているという一反木綿、元は誰かの持ち物の大切な手ぬぐいだったかもしれない。華乃子さんが会ったという一つ目傘は、華乃子さんが大切になさっているあの日傘なのではないですか?」
そう言えばあの一つ目傘は見覚えのあるレース地だった。まさか、あの日傘が……?
「先生……、そう考えると、あやかしの存在も悪くないものだと思えます……。あの日傘は私の母の形見なのです。もし母が生きていたら、あやかしが視える私になんて言ってくれるかと考えたことがあったのですが、あの一つ目傘のあやかしに聞いてみれば良かった……」
「あやかしとの出会いは人との出会いと同じく、一期一会ですよ。そのご縁を大切になさってください」
微笑む雪月に、はい、と応える。なんだか本当の母も、華乃子があやかしを視えてしまうことを肯定してくれたような気持ちになった。
「ところで先生、なにか御用だったのですよね?」
白飛が呼びに来たことを思いだす。雪月は、そうそう、と言って、ちょっと聞きたいことがあったんです、と微笑んだ。




