1.病室
鈴木才華は四人部屋の病室に入ると、妹のベッドの横へ向かった。室内には消毒液の香りが漂っていた。父親の鈴木隆史がテレビのチャンネルを変えている。
「才華、今日は早いな」隆史がそう呟くと、母親の鈴木綾が花瓶に新しい花を飾っていた。
「部活は?」母親が尋ねる。
「今日は休んで来た」才華は妹の鈴木夢佳に小さな熊のキーホルダーを渡した。
「熊、可愛いね」夢佳はキーホルダーをくるくると回しながら、部屋の外を眺めている。空はあいにくの雨模様だった。
「今日は顔色が良いみたい」才華はベッドの横の椅子に座った。
「でも、無理は駄目だからね、夢佳」
「お父さん、クラウドファンディングの方はどうなっているの?」
「集まってはいるんだが、三百万円じゃ何もできない」父親は肩を落とした。
「待つしかないわよ」母親が宥めた。
「具体的にいくら必要なの?」才華が父親に尋ねた。
「少なくとも三億五千万円は必要だ。アメリカで心臓移植を受けるからな」
「ほかにもいろいろと金が掛かるよ」父親はため息をついた。
「ちょっと、夢佳の前で話すことじゃないでしょう」母親がうんざりした顔で二人を咎めた。
「みんな、喧嘩しないで」夢佳が泣きそうな声で言った。
「夢佳、大事な話なんだ。喧嘩なんてしてないよ」父親が優しく話しかけた。
「でも、みんな怖いよ」
「大丈夫だよ」才華が夢佳を宥めた。
「今日の夜ご飯は何が出るの?」才華は話題を変えた。
「今日はね、カレーライスだよ」
「夢佳はカレーライスが好きだもんね」才華は優しく笑いかけた。
「そうだよ。でも、ラーメンの方がもっと好き」
「今度、カップラーメンを持って来ようかな」才華はおどけて見せた。
二人が話をしていると、主治医の先生が後ろから声を掛けた。
「夢佳ちゃん、具合はどうかな」
「先生、今日は具合が良いよ」夢佳は恥ずかしそうに答えた。
「うん、良い感じだね」先生は笑顔になった。
「鈴木さん、お話があります」先生は父親と母親に向かって言った。
「廊下に出てもらえますか」先生は才華に軽く挨拶をして、廊下へ出た。
「鈴木さん、夢佳ちゃんの体力も考慮すると、あと半年がリミットですね」
「アメリカの移植ブローカーにも連絡を取ってありますので、あとはお金の問題だけです」先生は二人を見つめた。
「まだ、三百万円しか集まってないんです、先生」隆史は下を向いた。病院の廊下は少し寒かった。
「そうですか。早く集まってくれると良いですね。信じて待ちましょう」先生は隆史の肩を軽く叩いた。
「では、私はこれで失礼します」先生は廊下の奥へと姿を消した。
病室で夢佳と才華はテレビを見ながら会話をしていた。だが、突然、夢佳が泣き出した。
「お姉ちゃん、夢佳は死ぬのかな」夢佳は大きな瞳に大粒の涙を浮かべた。
「夢佳は絶対に死なないよ。お姉ちゃんが何とかしてみせる」才華は夢佳の手を強く握りしめた。
少し薄暗い病室の中、外は小雨から大雨へと変わっていた。三階の病室から下を眺めると、傘を差した人々が歩いている。降り続く雨のように、才華の思考は次から次へと巡る。一体、何をすべきなのかを。
>>登場人物
鈴木才華17歳
鈴木夢佳12歳
鈴木隆史45歳
鈴木綾42歳
>>設定資料
重症心不全。鈴木夢佳の病気名。心臓のポンプ機能が著しく低下する。海外での心臓移植が必要。
クラウドファンディング。ネットを通じて不特定多数の人々から資金を調達する仕組み。




