刻一刻と迫る時間
アパートの扉が閉まった後も、金髪の男の足音はアカメの耳から離れなかった。背中をソファに預け、両手は膝の上できつく握りしめている。息はまだ整わず、期限と、いつでも差し押さえられかねない資産についての脅し文句が、壊れたテープのように頭の中で繰り返し回っていた。
彼は扉をしばらく見つめていた。まるでそこに、名前を間違えたまま馴れ馴れしく笑っていた取り立て屋の影がまだ立っているかのように。握った拳はさらに力を増し、指の関節が白くなる。心の中で、ここで立ち止まるわけにはいかないと誓う。
初のタレントとしてバイオレットを迎えられたのは、ずっと望んできた大きな一歩だった。だがそれだからこそ、このスタートアップを崩壊から救うために残された時間がどれほど少ないか、痛いほど思い知らされていた。
「――今から始めないと。」
小さくつぶやいた声は、あの男が去ってからずっと耳の奥で鳴り続ける耳鳴りに、ほとんどかき消されそうだった。
スマートフォンへ手を伸ばす。薄暗い部屋で、画面だけが眩しく灯った。頭に浮かぶのは、バイオレットが書くはずの小説だけではない。彼女がVTuberとして纏う姿――ユナ・アルテメシアのことも同時に浮かんでいた。すでに気に入っているデザインだが、彼女自身の望みにもっと寄り添えるよう、まだ手を加える必要があった。
古いメモを読み返す。花のモチーフをもっと強めること。雰囲気をより暗くすること。黒でなくてもいいが、どこかくすんだ色合いにすること。あのときバイオレットが口にした、コーンフラワーやバチェラーズ・ボタンという馴染みのない花の名前。そしてアカメ自身が提案した、バイオレットという花――彼女の名前とかけた言葉遊びでもあった。
以前作家仲間の紹介で知り合った絵師の連絡先を探し出す。呼び出し音が二回鳴り、通話が繋がった。
「もしもし、赤和女さんですか? 」
明るい声が返ってくる。鉛筆を机で転がすような、かすかな音が混じっていた。
「うん。急に連絡してごめん。」
アカメはソファから立ち上がり、狭いリビングを行ったり来たりし始めた。
「ここ数ヶ月、赤和女から電話なんて珍しいね。どうしたの? 」
窓の近くで足を止める。遠くで街灯がひとつ、また灯っていくのが見えた。
「キャラクターデザインの改稿を手伝ってほしくて。」
紙をめくるような音がして、少し間が空く。
「改稿したいキャラって? 」
アカメは、自分が最初に依頼したキャラクターの名前をそのまま口にした。
「ユナ・アルテメシアのデザイン。」
向こうで小さな声がした。何かを思い出そうとするような声だった。
「ユナ……ユナ・アルテメシアって、最初に頼んでくれたあの子? 」
アカメは一瞬黙り込んでから肯定した。
「うん、その通り。」
数秒の沈黙のあと、絵師は笑いをこらえきれなくなったようだった。
「じゃあ結局、あれを本当に女の子VTuberのふりをするために使うんだ? ふふ。」
からかうような、どこか楽しげな声だった。
「そういうことじゃなくて。」
アカメは自分の額をこすり、短くため息をついた。
「タレントはもう決まったんだ。」
しばらく間があった後、電話の向こうでため息が聞こえた。
「へえ。ちゃんとキャパもあって、しっくりくる子を見つけたんだね……」
メモをもう一度開き、素早く目を走らせる。
「まあ、そんなところ。彼女が望むデザインについて直接話し合ったんだ。ベースは気に入ってくれてるから全体を変えるつもりはないけど、花のモチーフはもっと強めて、雰囲気はもっと暗くしたい。」
タイピングの音がぴたりと止まったのがわかった。
「もっと暗く? 」
戸惑うような声に、もう少し詳しく説明することになった。
「黒じゃなくてもいい。他の暗めの色でも構わない。」
椅子がわずかに軋む音がした。絵師が座り直したような気配があった。
「ふうん……詳しく聞かせて。」
アカメがその場で向きを変える足音が響いた。
「彼女、実家が花屋をやってるから花が好きなんだ。最初はコーンフラワーとかバチェラーズ・ボタンって言ってた。俺には馴染みのない花だけど。」
絵師は一瞬黙り、design を頭の中で推測しているようだった。
「じゃあ、その花を暗い色にすればいい感じ? 」
アカメは歩みを止め、部屋の真ん中でまっすぐに立った。
「いや、そうじゃなくて。俺がバイオレットの花を提案して、彼女も同意した。今は、バイオレットの花だけを使うことで話がまとまってる。」
絵師は少し考え込むように黙った。
「面白いね。最近は突飛すぎるVTuberデザインを避ける流れがあるみたい。地味すぎず、目を引くように仕上げるよ。君のテーマに合わせて。」
口角がわずかに上がる。あの男が去ってから、初めて浮かんだ安堵の表情だった。
「本当に助かる。彼女自身の名前もバイオレットだから、それがキャラクターのアイデンティティの一部になると思ってるんだ。」
手元のメモに目を落とす。
「彼女は、あくまで小説家に見えるようにしたいらしい。配信も小説を書く話がメインになると思う。ゲーム配信でも、ラヴクラフトの作品やロアについて話したいって言ってた。」
絵師がため息をつき、椅子に座り直すような音が聞こえた。
「じゃあ、キャラクターはその子自身に合わせないといけないんだね。少なくとも、方向性ははっきりしたよ。」
アカメはキッチンへ向かい、冷蔵庫の水を口にした。緊張から少し解放されていた。
「見た目だけ整ったデザインにはしたくないんだ。本当に彼女の望みどおりのものにしたい。任せるよ。」
数秒、どちらの息づかいも聞こえないほどの静けさが続いたあと、小さな笑い声が聞こえた。
「赤和女って、意外と真面目なんだね。」
アカメは眉をわずかに寄せた。
「どういう意味? 今までの俺が、真面目に見えなかったってこと? 」
電話の向こうで小さく笑う気配がした。
「そういうんじゃなくて。」
くつろいだ声だった。
「タレントの好みをそこまで細かくメモしてるとは思わなかっただけ。」
アカメは何も答えなかった。それは当然のことだった。バイオレットはマネージャーとして自分を信じてくれた。最初のタレントの望みにすら目を向けられないようで、このスタートアップを遠くまで導いていけるはずがない。
「それで、引き受けてくれる? 」
答えを待つ間、アカメの声はわずかに強張った。
「もちろん。」
短い返事に、肩から少しだけ力が抜けた。
「値段なんだけど、この改稿の見積もりはどれくらい? 」
だがアカメが支払いの話を切り出す前に、絵師が再び口を開いた。
「いつもより安くていいよ。今回は後払いでいいから。」
宙に浮いたまま、手が止まる。
「なんで? 」
絵師は少し間を置いた。
「君のVTuberのコンセプト、前からずっと気になってたから。」
絵師は一拍置き、言葉を選ぶように間を空けた。
「小説家でもあるVTuberで、演じる本人のキャラクターと好みから組み立てられたデザイン。そこに何か可能性があると思う。」
アカメはメモをじっと見つめた。胸の鼓動がわずかに速くなる。
「可能性って? 」
少し考えるような沈黙があった。
「どこまで君がそれを伸ばせるかはわからないけど、少なくとも、適当に作られたものには見えない」
彼はしばらく黙り込んだ。手の中のペンが冷たくなり始めている。
「それなら……」
ゆっくりと息を吐き出す。
「その見積もりで、お願いするよ。」
電話の向こうで小さく息をつく音がした。
「了解。改稿のメモ送っておいて。最初のデザインも送り直してくれる? 」
通話はほどなくして終わった。スマートフォンをテーブルに置き、いつもより低く感じる天井を見上げる。
夜はさらに更け、窓の外はすでに闇に包まれていた。街灯の瞬きと、まだ灯っている隣人の窓明かりだけが辺りを照らしている。胸のざわめきはまだ収まらず、まとめておいたメモをすぐに送信した。
今夜、あとひとつだけやらなければならないことがあった。バイオレットとのトーク画面を開く。メッセージ欄に触れる前、指が少しの間だけ宙に浮いた。ここ最近、自分がどれだけ頻繁に連絡しているか、彼自身よく分かっていた。胸に絡みつく後ろめたさは消えないままだった。
【姫星さん、次にお会いできるのはいつ頃か、伺ってもよろしいでしょうか?】
やわらかい送信音とともに、メッセージが送られた。既読の印が変わるのを待つが、返ってくるのは静けさだけだった。
数分間、壁掛け時計が静かに時を刻む音だけが響く中、沈黙が続いた。まだ返信はない。長く息を吐きながら、もう一通メッセージを打ち込んだ。
【もしお時間あれば、次の打ち合わせがいつになるか確認させていただきたいです】
一秒一秒がいつもよりずっと長く感じられ、視線は時計と画面のあいだを何度も行き来したが、答えは届かない。
あの男の影が再び頭の中に現れる。まるでまだ扉の前に立っているかのように。残された時間はますます少なく感じられ、指がもう一度動いて最後のメッセージを打つ。
【何度も連絡してしまってすみません。ただ、できるだけ早くあなたと一緒に始めたいだけなんです】
送信された瞬間、膝の上に置いた手がわずかに震えた。それでも返信はない。
長い間、画面を見つめ続けた。胸の鼓動はますます速くなり、やがて親指が通話ボタンを押していた。呼び出し音が耳元で鳴る。一回、二回。鳴るたびに肩はさらに強張っていく。三回目の呼び出し音が鳴っても応答はなく、脈打つように光り続ける画面を見つめる顔は、いっそう強張っていった。
やがて通話は自然に切れ、さっきよりもずっと重たい沈黙に取って代わられる。手放すのが怖いとでもいうように、その手はまだ固く握られたままだった。
「……時間が、足りない。」
静まり返った部屋の中で、その声はほとんど聞き取れないほど小さかった。
初めてのタレントを得てから初めて、アカメは自分が手にしたばかりの成功が、決して十分ではないかもしれないと感じていた。窓の外、下の階の外廊下から聞こえていた足音が、アパートの正面玄関の真ん前で、ぴたりと止まった。そのまま数秒、彼は身動きひとつ取ることができなかった。




