的当て
「梅立商店?」
所司代の屋敷に戻る途中で葵亥が立ち止まった店の立派な看板を三木ヱ門は読み上げた。
「義巳叔父さんから頼まれた品を受け取りに寄っただけだ。すぐ終わる」
葵亥は梅立商店の店先にいた男に十夜はいるかと尋ねてみた。
以前も顔を合わせたことのある男だったので、葵亥の方から名乗らなくてもすぐに心得た様子で葵亥達を案内した。
「葵亥様。十夜さんなら奥にいるはずです。こちらへどうぞ」
男に着いて店の奥の屋敷へ向かう途中、奥の方からはどっという音が聞こえた。
通路を抜けて開けた庭を覗くと、的を狙って弓を構えている十夜がいた。
的には矢が数本刺さっていて、周りの積んだ藁にも数本刺さっている。
十夜が矢を放つと的の縁にどっという音と共に刺さるのが見えた。
あの鬼の面の女性ほどではないが、十夜もなかなかうまいものだった。
「見事」
三木ヱ門が十夜に向かってそう言うと、十夜が振り返り葵亥と三木ヱ門に気が付きお辞儀した。
「葵亥様。そしてそちらは佐治三木ヱ門様ですね。
初めまして。梅立十夜と申します」
「初めまして十夜殿」
「こちらは妹の花月です」
十夜が言ってから初めて葵亥はそこに花月がいることに気が付いた。
十夜の後方から花月があたふたと出てきてぎこちなくお辞儀した。
「こんにちは、葵亥様。
はっ初めまして、三木ヱ門様っ!」
「花月殿は以前お前が京の都へ来た時に、お前の弓の技を見てずっと心に留めているそうだ」
花月の精一杯の挨拶を見て葵亥は思わず補足していた。
とてもではないが危なっかしくて放っておけない。
「それは嬉しい限りです」
「あの、もしよろしければ三木ヱ門様が撃つところを見せていただけないでしょうか?」
花月が目をきらきらさせて聞いたので、葵亥も加勢してやった。
「せっかくだから撃たせてもらったらどうだ?
十夜殿、不都合でなければ少し弓をお借りしても良いですか?」
「もちろんです」
十夜が弓と矢筒を三木ヱ門へ渡した。
三木ヱ門は礼を言ってそれを受け取り準備する。
興味の目を向ける十夜と、その後ろで少し頬を赤く染めて憧れの眼差しを送る花月を見て、葵亥は単純に三木ヱ門を誇らしく思った。
三木ヱ門が静かに弓を構えて的を狙う。
それから矢を引いた手をすっと離すと同時にとんっと音がして矢が的の真ん中に刺さっていた。
その三木ヱ門の所作の美しさに、放った矢はまるでもともと的の真ん中にあったかのように自然にそこにあるように見えるのだった。
「す、すごい」
十夜はあっけにとられて的を見つめていた。
「以前拝見した時もとても美しい矢でしたが、その時よりもさらに矢の流れがまっすぐで速くて…
まるで矢が的に引き寄せられるように美しいです」
花月が先ほどまでのぎこちなさを忘れたように、今度はすらすらと感想を述べた。
花月のあまりにも的確な表現に葵亥は少し驚いた。
やはり三木ヱ門の大ファンだというのは本当らしい。
それから葵亥の提案で三木ヱ門が十夜に弓の指南をした後、今度は花月も指南してもらったらどうかと提案してみた。
花月は以前自分の弓は下手くそだと言っていた。
花月が試しに矢を放つと矢はぽよんと力無く飛んで行き、的から大きく外れた藁にこつんと当たって、刺さることもなく地面に落ちた。
葵亥が見たところ花月の弓は確かに上手くはなかったが、その理由の半分くらいはそばに三木ヱ門がいる緊張のせいだろうと思った。
花月の構え方を三木ヱ門が直していたが、花月は余計に緊張で肩や腕ががちがちになっていた。
その後も花月の矢は的に当たらなかったが、多分少しはましになったようだった。
「義巳殿に頼まれた品です」
三木ヱ門が花月への指導を終えた頃に十夜が布づつみを持って来た。
「ありがとうございます。長居してすみません」
葵亥と三木ヱ門が梅立商店から出て歩いていると、三木ヱ門が何やら難しそうな顔をして言った。
「先ほどの梅立商店の娘だが」
「花月殿だ」
「少し気になる」
「…」
三木ヱ門はまだ難しい顔をして何か考え込んでいるようだった。
◇◇◇
「はぁ、驚いた。まさか急に三木ヱ門様が目の前に現れるなんて」
葵亥と三木ヱ門が帰ってからも花月はまだ興奮冷めやらぬ様子でいた。
花月の言葉に十夜も頷いた。
「俺も驚いた。
でもよかったな、直接指導していただけるなんてすごい事なんだぞ」
「それはそうだけど緊張で変に力が入ってしまって矢は変な方へ飛んでいくし恥ずかしかったわ」
「それでいいんだよ」
「でも、見てて」
花月は的に向かって矢を放った。
しゅっと風を切る音がしたかと思うと、すぐにどっという音が響いた。
的のど真ん中に突き刺さる矢を確認して花月は微笑んだ。
「三木ヱ門様のご指導のおかげね」
満足気な花月の様子に十夜は苦笑した。




