↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚界少女  作者: sara
迷雾
88/102

報道

病院の室内では、遠山凛が静かにベッドにもたれかかり、テレビを眺めていた。一方、病室の向かい側では、宮野優子がつま先立ちで流し台の脇で花瓶の水を入れ替えていた。


テレビ画面では、ニュースキャスターが深刻な表情で行方不明事件に関する最新の捜査状況を伝えていた。


「東京都内ではこのところ新たに三件の失踪事件が発生しており、警察は依然として有力な手がかりをつかめていません……」


重苦しいニュースに耳を傾けながら、凛はうつむき、胸元の傷にそっと触れた。


「毎日のように人が消え続けているのに、私は今……」彼女は心の中でため息をついた。傷は早く治りつつあったが、指で押すとまだわずかな痛みが走る。


「今はこうして入院中で、行方不明者の捜索は蕭珊雅さん一人に頼るしかない。あの子ひとりで果たして持ちこたえられるのかしら」と、凛は不安でいっぱいだった。


「凛お姉さま、凛お姉さま……」幼い声が凛の考えをさえぎった。


我に返った凛が振り向くと、優子はすでに水を入れ替え終えていた。彼女はつま先立ちでスノードロップの入った花瓶を窓辺に置き、小走りでベッドのそばへやって来た。


「凛お姉さま、何を考えていたの?」優子がベッドに身を乗り出し、首をかしげて尋ねた。


凛は無理やり笑みを浮かべて答えた。「別に何も。ただ休んでいただけよ」


「見て、これ、今日お姉ちゃんが持って来てくれた花なの。希望を運んでくれるって言ってたんだよ」と優子は窓辺のスノードロップを見やりながら説明した。「スノードロップの花言葉は『逆境の中の希望』。お姉ちゃん曰く、これを見れば、きっとすべてが良くなっていくって信じられるんだって」


朝露を宿した白い小さな花をじっと見つめながら、凛の胸に温かなものが込み上げ、やさしく言った。「ありがとう、優子」


そのとき突然、何か大事なことを思い出したように優子の目が輝いた。「そうそう、凛お姉さま、今日はお姉ちゃんが最新号の『怪盗少女クロエ』を持って来てくれたの。一緒に読もうよ!」


「いいわね」と凛もにっこりと応えた。


「じゃあ、ちょっと自分の部屋に行って持ってくるから、待ってて!」優子は嬉しそうに言うなり、ぴょんぴょん跳ねながら病室を出て、自分の部屋へと駆けていった。


元気な後ろ姿を見送りながら、凛はほっとしたようにつぶやいた。「優子、随分元気そうね」


その瞬間、テレビの画面が切り替わり、さらに不気味なニュースが流れ始めた。


「報道によると、神山トンネル付近で一頭の巨大なクマの死体が発見されました。当初は二十年前に神山トンネルで起きた失踪事件の目撃談に登場するあのクマだと考えられていましたが、発見された際には四肢と頭部が引きちぎられ、現場には奇妙な臭いが残されており、体には正体不明の黒い穴がいくつも開いていました。当局は、これが未知の生物の牙による噛み跡だとみており、現在、死体は関係機関へ搬送され解剖が行われています」


司会者がぞっとするような報告を終えると、続けてこう告げた。「当番組の記者・時坂理沙が現地から最新の進展をお伝えします……」


画面は一転、取材現場へ。カメラのレンズには、防護服を着た解剖スタッフ数名とともに、時坂理沙が呆然と立ち尽くす様子が映し出されていた。驚くべきことに、トラックの荷台には巨大なクマの遺骸などはなく、床一面に細かな砂が散らばっているだけだった。


スタジオの司会者はこの異様な光景に気づき、不安げに問いかけた。「どうしたの、時坂さん?」


イヤホンから聞こえてきた声にハッと我に返った理沙は、すぐに咳払いをしてカメラに向かって語り始めた。「クマの死体は今朝、トラックで解剖室へ搬送され、解剖分析が行われる予定でした。ところが、先ほど荷台を開けてみると、クマの死体は跡形もなく消え去り、残っていたのはこの砂だけなのです」


テレビの向こうで司会者とリポーターが激しく困惑しているそのとき、ベッドに横たわる凛はその光景を見て、胸が大きく震えた。


これは、クマの死体が消えたのではない。地面に広がる細かな砂こそが、あの生き物が姿を変えたものだ。そして、それを殺したのは――蝕刻の姫だ。


彼女は、以前、自分と蕭珊雅が力を合わせて倒したはずの、恐ろしい爪と堅固な骨の盾を持ち再び姿を現したあの蝕刻の姫を思わず思い起こした。


「まさか、また復活したの……!」凛の瞳が一瞬で縮み、背中に冷や汗が滲んだ。


相手はあまりにも強大で狡猾だ。蕭珊雅一人ではとても太刀打ちできないかもしれない!


焦りながら胸元に視線を落とすと、深い傷口はまだ鈍く疼いている。今の弱った状態では、激しい戦闘など到底務まりそうになかった。


ちょうどそのとき、病室のドアが開き、優子が真新しいマンガの単行本を抱えて飛び込んできた。


テレビでは同時に司会者の締めの言葉が流れていた。「本日のニュースは以上です。神山トンネルでの巨大なクマの死体が忽然と消えた件については、引き続き注視してまいります」


「凛お姉さま、戻ってきたよ!」優子は凛の異変に気づくこともなく、嬉しそうに声をかけて『怪盗少女クロエ』を差し出した。


「一緒に読もうよ!」優子は凛に誘いをかけた。


優子を心配させまいと、凛は内心の動揺を必死で抑え、左手でマンガを受け取り、右手でリモコンを握ってそっと電源ボタンを押した。病室はたちまち静寂に包まれた。


彼女がページをめくれば、優子は慣れた手つきでベッドに上り、隣に座って物語を夢中で読み始めた。しかし、凛の視線は確かにマンガに向けられているものの、内容はまるで頭に入ってこない。ただ機械的にページを繰っているだけだ。


「あっ、凛お姉さま! 速すぎちゃうよ、まだこのページ読み終わってないのに!」と優子が唇を尖らせて文句を言った。


「あ、ごめんごめん」と我に返った凛は慌ててページを戻した。


優子は凛の心ここにあらずぶりに気づき、そっと袖を引いて心配そうに尋ねた。「凛お姉さま、どうしたの? 何か気になることでもあるの? それとも体調が悪いの?」


凛は努めて明るく振る舞いながら答えた。「大丈夫、体はもうずいぶん良くなったわ。ただ、この巻の話題が出るのが遅すぎて、前の話を思い出していたのよ」


「もうだいぶ思い出してきたから、続きを読もう。今度はあなたがめくって、私が見るから、いい?」


「わかった」と、元気を取り戻した優子も納得した。


凛はすかさずマンガを優子に渡し、彼女は小さな手で丁寧にページをめくっていく。その夢中な様子を眺めながら、凛の焦りも少しずつ和らいでいった。


気がつけば、時間は静かに過ぎていた。優子のページをめくる手つきは次第にゆっくりになり、まぶたも重くなってきて、小さく欠伸まで漏らした。


「優子、眠くなったの?」と凛がやさしく問いかけると、「うん……ちょっと……」とぼんやりと答え、手で目元をこすった。


凛は優子をベッドに寝かせ、丁寧に毛布をかけてやりながら言った。「じゃあ、ここで少し寝てて。ちょうど私も起き上がって少し動こうと思ってたから」


「うん」と優子はうなずき、そっと目を閉じると、ほどなく規則正しい寝息を立てて夢の中へと入り込んだ。


凛は読みかけのマンガを閉じてナイトテーブルに置き、優子の安らかな横顔を静かに見つめた。


しばらくすると、担当看護師の青木紗綾が、印刷したばかりの検査結果を手にして病室へ入ってきた。熟睡する優子に気づき、足音を忍ばせて凛のそばへ寄り、小さな声で囁いた。


「遠山さま、検査の結果、傷はほぼ完治しております。近いうちに抜糸をして退院できると思いますが、念のため、退院後は激しい運動を避け、傷が再び裂けてしまわないようご注意ください」


「ありがとうございます、青木さん」と凛は礼儀正しく答えた。


会話の音に、そばで眠っていた優子が小さく鼻を鳴らし、うっすらと目を開けてぼんやりとつぶやいた。「凛お姉さま、もうすぐ退院しちゃうの?」


凛は手を伸ばして優子の額をそっと撫で、優しく答えた。「そうね、お姉さんは学校もあるし」


「じゃあ……じゃあ、また来てね!」と優子が少し寂しそうに言うと、「もちろんよ、優子も看護師さんの言うことを聞いて、しっかり食べて、ちゃんと寝てね。キャンパス見学に行く約束、忘れてないでしょう?」と凛は笑顔で念を押した。


その約束に、優子もぱっと顔を輝かせ、小さな指を差し出して言った。「うん、指切り!」


凛もにっこりと指を伸ばし、優子の指とそっと絡めた。


二人のほのぼのとしたやりとりを眺めながら、青木紗綾も優子のそばに歩み寄り、そっと身をかがめてこう告げた。「優子さんの治療に効果的な新薬が開発済みで、臨床試験中です。来月には実用化される見込みなので、優子さんももうすぐ退院して回復できるはずです!」


「本当? じゃあ、もうすぐ凛お姉さまと一緒に桜を見に行けるの?」


「もちろんよ。お姉さんは嘘なんてつかないもの。だから、ここでの治療にもしっかり協力してね」と青木は優子の髪を優しく撫で、穏やかに微笑んだ。


「うん、わかった!」


そのとき、優子専属の看護師が病室のドアの外で呼びかけた。「優子、自由時間の終わりよ。そろそろ病室に戻りましょう」


「わかった」と優子が答えると、看護師は優子をそっとベッドに抱き上げ、スリッパを履かせ、小さな手を引いて病室へと案内し始めた。優子は名残惜しそうに凛を振り返り、小さな声で「じゃあ、先に病室に戻るね。凛お姉さま、またね」と告げた。


凛はにっこりと手を振って、優子に別れを告げた。


優子と看護師が去ったあと、青木紗綾が凛に向き直り、こう告げた。「それでは遠山さま、お着替えをして、お薬の交換を始めましょう」


「はい」と凛が従い、病衣の上着のボタンを外すと、青木は手際よく傷口の清拭と包帯交換を素早く済ませた。作業を終えると、彼女は医療用ワゴンを押しながらドアへと歩み寄り、「それでは失礼いたします。もし何か不快な症状があれば、いつでもナースコールでお知らせください」と言い残した。


「ありがとうございます、青木さん」


青木が病室を去ると、室内は再び静寂に包まれた。凛は服を整え直し、ベッドにもたれて、深く考え込んだ。


テレビで見た、奇妙に消えたクマの死体――そしてトラックの荷台に残されていた砂の塊。これらは間違いなく、蝕刻の姫と関係があるに違いない。


「あの蝕刻の姫がまた復活しているなら、蕭珊雅さん一人ではとても危険だ」と、凛は強い不安に襲われた。医師からは、傷はほぼ治っているものの、激しい運動をすれば再び裂けるリスクが高いと忠告されていた。それでも、あの強大で残忍な敵と、どこかで独り向き合っているかもしれない蕭珊雅のことが頭から離れず、凛は落ち着かなかった。


「一刻も早く退院しなければ、ただ手をこまねいているわけにはいかない」と心に決めた彼女は、そばのナースコールを勢いよく押した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。