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虚界少女  作者: sara
復生の影
57/69

印记

  青木紗綾は重い体を引きずるようにして病院のエレベーターから出た。彼女はほとんど一睡もせず、目は血走っていた。昨夜の交通事故の爆音、まばゆい炎、そして友人が血だまりに倒れている光景が、今も彼女の脳裏で繰り返し再生されていた。


  彼女はナースステーションへ向かい、中にはすでにたくさんの人が集まっており、朝の定例申し送りが始まろうとしていた。


  紗綾はあくびをしながら背伸びをし、少しでも頭をすっきりさせようと努め、それからナースステーションのドアを開けた。


  「おはよう、紗綾。」見知った研修看護師が彼女に声をかけた。


  「こんにちは。」紗綾はさらりと答えた。


  「あれ?花音さんは?」その看護師は不思議そうに周囲を見回した。「いつも早いのに、まだ姿が見えないわね。」


  その質問はまるで針のように、青木紗綾の脆い神経を鋭く刺した。


  「彼女は……」紗綾は口を開いたが、どう答えればいいのか分からなかった。


  その時、看護師長が交班記録簿を手に、険しい表情で入ってきた。「さあ、全員揃ったようだ。朝礼を始めよう。」


  「あの、看護師長、」先ほどの研修看護師が手を挙げた。「緒方花音さんはまだ来ていません。」


  看護師長の表情は微動だにせず、ただ記録簿を開き、事務的な口調で告げた。「緒方花音さんは、ちょっとした事情があって、長期休暇を取っています。」


  「え?長期休暇?」


  「何があったの?」


  看護師たちがひそひそと話し始めた。


  「静かに!朝礼を始める。」看護師長は厳しく一瞥を投げ、静かにするよう促した。


  看護師長はいつものように今日の業務を指示し始めたが、青木紗綾は一言も耳に入ってこなかった。


  彼女の頭の中は、「長期休暇」という四文字でいっぱいだった。これは病院上層部が真相を隠すための言い訳にすぎない。花音は交通事故に遭い、昨日緊急搬送されて命をかけて救われたのだ。それが本当のところだ。


  「まさか、花音は助からなかったんじゃないの!」青木紗綾はなぜかそんな考えが浮かんでしまった。


  彼女は頭を振り、その考えを追い払おうとした。


  「以上が本日の要点です。朝礼はこれで終わり、解散!」


  看護師長の一声で、看護師たちはそれぞれの職場へ散っていった。青木紗綾もぼんやりと立ち去ろうとしたが、看護師長が彼女の肩を軽く叩き、目配せで残るよう合図した。


  やがてナースステーションには青木紗綾と看護師長だけが残された。


  「看護師長、私になんか用ですか?」紗綾は緊張しながら尋ねた。


  看護師長は咳払いをして、複雑な表情を見せた。彼女は低い声で言った。「緒方花音さんのことよ。」


  紗綾の心臓がぎゅっと締めつけられた。「花音は……彼女はどうなったんですか?」


  「天城先生は本当に奇跡の人ね。」看護師長は深く息を吸い込んだ。「緒方花音さんは、天城先生が徹夜で救ってくれたおかげで、ずいぶん状態が良くなったわ。」


  「彼女はもう目を覚まして、ベッドから起き上がれるほどよ。」看護師長は続けた。


  「本当ですか?彼女が目を覚ましたんですか?それは良かった!」この知らせに彼女は一気に元気を取り戻し、自分の耳を疑うほどだった。


  「でもね、」看護師長は話題を変え、表情を引き締めた。「一つだけ奇妙なことがあるの。」


  「あなたが彼女を運んできた昨夜の状況は、私たちみんな見てたでしょう。あれだけの重症の交通事故で、内臓損傷に内出血、それに重度の頭部外傷……普通なら、どんなに腕の良い天城先生でも、こんなに早く回復するはずがないのよ。」


  紗綾はすぐに気づいた。看護師長が自分を残したのは、「緒方花音さんは大丈夫」という報告だけではない。


  「緒方花音さんの体の状態があまりにも異常で、今の医学では理解できないから、」看護師長は真剣な顔で言った。「彼女は今、最上階の特別ケア室で、24時間体制の厳重な管理下にあるの。」


  「この件は現在、最高機密よ。あなたは昨夜の第一発見者で、緒方花音さんを運んできた人だから、院の方針として、やはりあなたに伝えておくべきだと判断したの。」


  「ということは、どういうことですか?」


  「緒方花音さんのケアはあなたが引き継ぐことになるし、天童瑞穂さんの今後のケアもすべてあなたに任せるわ。このことは他の看護師には知らせるわけにはいかないから、分かってるでしょうね?」看護師長は彼女の目をじっと見つめ、秘密を守るよう暗に示していた。


  「分かりました、看護師長。必ず任務を果たします!」


  青木紗綾は複雑な気持ちを抱えながら、専用エレベーターで地下の特別ケア室へ向かった。ここは通常の病室とは比べ物にならないほど警備が厳重で、廊下は自分の心臓の音が聞こえるほど静かだった。


  彼女は特製の鍵カードで重厚な扉をスライドさせ、ゆっくりと中へ入った。


  明るい病室内にはさまざまな精密なモニタリング機器が並んでいたが、ほとんどが静まり返っていた。緒方花音は広々とした青白いストライプの病衣を着て、特別ケア室のベッドに一人で静かに横たわっていた。


  彼女の頭には厚い包帯が巻かれ、顔色は青白く、虚ろな目で天井をじっと見つめていた。


  「花音!」


  青木紗綾は我慢できず、緒方花音の前に駆け寄り、無我夢中で彼女を強く抱きしめた。涙が友人の病衣を濡らした。「よかった……花音、本当に無事で……私は……もう二度と会えないんじゃないかと思った……」


  しかし、彼女が予想していた反応は返ってこなかった。


  抱きしめた体はどこか硬く、しばらくすると冷たい両手が彼女をそっと押し離した。


  「あの……」緒方花音は目の前の泣きじゃくる見知らぬ少女をきょとんと見つめ、「あの、あなた誰ですか?」と尋ねた。


  彼女の声は少し掠れていて、どこか他人行儀だった。


  「それから……花音って誰?知らないわ。」


  青木紗綾の泣き声がぴたりと止まった。彼女は信じられない思いで友人を見つめた。「花音?あなた……何言ってるの?私は青木紗綾よ!」


  「私、紗綾よ!あなたの一番の親友だよ!」彼女は友人の肩をつかんで、大きな声で叫んだ。


  緒方花音は彼女の行動に驚いて後ずさり、必死にその名前を思い出そうとしたが、何も浮かんでこなかった。


  彼女は正直に首を振って、淡々とした口調で言った。「覚えてないわ。青木紗綾なんて友達、いないもの。」


  「そんなわけないでしょ!」紗綾は完全に崩れ落ちた。「嘘つかないで!絶対嘘ついてるでしょ!昨日も一緒にいとこの家に行く約束してたじゃない!」


  「あっ!」緒方花音は激しく揺さぶられて突然頭が痛くなり、激しい吐き気が喉元までこみ上げてきた。彼女は激しくむせ返り始めた。


  「花音!」青木紗綾はその様子を見て、ようやく感情の崩壊から我に返った。彼女は緒方花音の頭に巻かれた厚い包帯を見て、何が起こっているのか理解した。


  交通事故に加えて頭部外傷……彼女は記憶喪失になったのかもしれない!


  紗綾はすぐに手を放し、自分を落ち着かせようと努めた。彼女は看護師の立場に戻り、慌てて友人を支えて、背中を優しくさすり、呼吸を整えてあげた。


  「ごめんね、ごめんね。」彼女の声はまだ震えていたが、相手を落ち着かせるよう必死だった。「ちょっと興奮しちゃったみたい。」


  彼女は弱々しい緒方花音をベッドに寝かせ、丁寧に毛布をかけてやった。


  「あの……」青木紗綾は深く息を吸い込み、すべての悲しみを胸の奥に押し込め、泣き笑いのような苦しい笑顔を作った。「私はあなたの担当看護師、青木紗綾です。」


  「ごめんなさい、あなたが私の友人に似ていたから、間違えちゃったみたい。」


  緒方花音の呼吸が落ち着き、彼女は口を開いた。「そうだったんですね。お世話になります、看護師さん。」


  記憶喪失という事実を受け入れたものの、「看護師さん」という呼びかけに、青木紗綾の心はまた一瞬痛んだ。


  「それじゃあ……何かあったら、このナースコールで呼んでくださいね。」彼女はベッドサイドのボタンを指差した。


  「はい。」


  「じゃあ、特に用事もないし、先に失礼しますね。」青木紗綾は一秒でも長くそこにいるのが怖かった。また感情が暴走してしまうかもしれない。


  彼女は足早に病室を出て、ドアが閉まる瞬間に力なく壁にもたれかかり、顔を覆って泣き出した。


  病室内では、緒方花音が一人でベッドに横たわっていた。彼女はわずかに痛む頭を抱え、さっきのことをじっくりと思い返していた。


  「青木紗綾。」


  彼女はその名前をつぶやいた。なぜ、この名前を聞くだけで胸が苦しくなるのだろう?なぜあの看護師さんが泣いているのを見ると、自分まで涙が出そうになるのだろう?


  彼女は一体誰で、自分は何者なのだろう?


  混乱した思考に沈んでいると、突然、右手の掌に焼けるような痛みが走った。彼女は不思議に思いながら右手を広げると、白い掌の中央には、いつの間にか現れた複雑で不気味な黄色い印があった。


  その印はまるで生きているかのように、不吉な光を放っていた。


  これは一体何だろう?入れ墨?でも、自分は幼い頃から素直でしっかりした子供だったのに、こんなものを入れるはずがない。


  彼女はベッドサイドの棚に置いてあったウェットティッシュを取り出し、一枚抜いて、掌を力強く拭いたが、黄色い印はびくともせず、まるで肌に深く焼きついたかのようだった。


  彼女は意地になって上体を起こし、驚いたことに、頭が少し重い以外は体に何の痛みも感じないことに気づいた。彼女はケア室にある独立した洗面台へ行き、その印を水道でしっかり洗い流そうとした。


  彼女は蛇口をひねった。


  しかし、そこから出てきたのは澄んだ水ではなく、乾いた細かな砂だった!


  「サラサラ」


  金色の砂が次々と蛇口から流れ出し、白い陶器のシンクに降り注いだ。緒方花音はこの奇妙な光景に呆然と立ち尽くした。


  さらに恐ろしいことに、その砂はすぐに排水管へ流れていかず、シンクの底で集まり、うごめきながらまるで生き物のように、ゆっくりと一つの文字を形作っていった。


  「死」


  その漢字はシンクの中央に三秒間留まり、最後に「ザーッ」と音を立てて排水管へ流れ、跡形もなく消えていった。


  そしてようやく、蛇口からは正常な水が流れ出した。


  緒方花音はよろけて二歩後退り、空っぽになったシンクと、まだ熱く灼ける黄色い印が残る自分の掌を恐ろしげに見つめた。彼女は何も覚えていないのに、この瞬間だけは、巨大で冷たい殺意が自分を包み込んでいることをはっきりと感じていた。



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