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虚界少女  作者: sara
虚界呼唤
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追殺

  夕暮れ時。

  夕日の残光が依然として大地を照らし、黄金色に染め上げていた。

  遠山凛は校門の前に静かに立ち尽くしていた。夕陽の輝きが彼女の体に降り注ぎ、太陽がすでに西の空に沈もうとしているにもかかわらず、最後の温もりを地上の生き物たちに届けようとするかのように、まだほのかな熱を放っていた。

  しかし、遠山凛にはその温もりなど微塵も感じられなかった。

  「私はあなたを殺しに来たの。」

  そう告げた少女は今、遠山凛の対面に立っている。深く澄んだ瞳は夕日に照らされて一層冷たく見えたが、今はその目がじっと遠山凛を見据え、自分が冗談など言っていないことを伝えているかのようだった。

  「なぜ、私を殺さなければならないの?」

  「あなたは虚界の少女だからよ。」

  「虚界の少女……?それは何なの?」

  「あなたはかつて一度、死んだことがあるでしょう?」遠山凛はあの路地で刺されかけた光景と、今日朝に届いた「幻痛」を思い出す。「不慮の死から、ある力によって蘇った少女こそが虚界の少女。そして、私たちの運命とは、互いに相手を殺し合い、淘汰し合い、その身に宿る『印』を奪い取ることで、ただひたすら生き延びることなの。」

  彼女は右手を上げ、掌の中に遠山凛と同じ黄色い印が浮かび上がらせた。それは形こそ似ているが、一つ角が欠けている。

  「これが虚界の少女の証。印を持つ者同士だけが、お互いの印を見ることができるの。ただし、この印は時間とともに薄れていき、やがて消えれば、その時点で死を迎えることになるのよ。」

  不慮の死、蘇生、互いに殺し合う運命、そして掌の印——遠山凛はまだその情報を完全には消化しきれていないようだった。

  だが、考える間もなく、蕭珊雅は低く、難解な呪文を唱え始めた。瞬く間に周囲のすべてが歪み始め、あっという間に彼女たちは別の世界へと移動していた。そこは元の世界と何ら変わらない景色だったが、同時に異様なほど静まり返り、まるで自分の鼓動さえ聞こえるかのようだった。

  遠山凛は辺りを見回したが、目の前の学校の風景に違いはない。ただ、周囲の人々はまるで透明人間のように姿を消しており、数人の透き通った女子生徒が彼女のそばを通り過ぎ、何かを話し合っているように見えたのに、彼女自身は何も聞こえてこなかった。

  「ここが虚界よ。」蕭珊雅の声に、遠山凛は我に返った。

  「虚界……?」

  「現実世界とは異なるもう一つの空間。ここで起こることはすべて現実世界には影響を与えず、同時に、ここが私たちが戦う場所でもあるの。」蕭珊雅の声が広い空間に響き渡る。

  遠山凛は蕭珊雅の方に視線を向けると、彼女のすぐそばにはいつの間にか古風で重厚な魔法の書籍が浮かんでいた。その表紙には片方の目が埋め込まれており、その目が遠山凛をじっと見つめているのが妙に不気味で、恐怖すら感じさせた。

  蕭珊雅はゆっくりと遠山凛に近づき、手の中で次第に魔法弾を凝縮させていく。静かな空間の中、彼女の足音だけが際立って聞こえた。

  迫り来る蕭珊雅を前に、遠山凛はまるで迫り来る嵐に立ち向かうかのように、右手を握りしめて胸の前へと構え、少しずつ後ろへ下がり始める。

  すると、魔法弾が発射された。遠山凛は思わず両手で目を覆ったが、弾丸は彼女の体ではなく、その直前に地面に命中した。地面は魔法弾の衝撃で真っ黒焦げになり、煙が立ち上る。

  「これは警告よ。次はもう少し運が悪くなるかもしれないわ。」

  続けて蕭珊雅の手から再び魔法弾が生まれ、彼女は冷徹な眼差しで遠山凛を見据えた。次の攻撃は間違いなく自分を狙ってくるだろう。人間が殺されれば死ぬ——それはまるで箸を使ってご飯を食べるような、極めてシンプルで明白な理屈だった。

  しかし、今の彼女には何も持っていない。抵抗する術などないのだ。

  だが、蕭珊雅の体つきは意外に華奢に見える。もし先制攻撃で彼女を制圧できれば、勝機もあるかもしれない——そんな考えが頭をよぎった。

  そのとき、彼女は蕭珊雅の右手に渦巻く気流のようなものを感じ取った。その気流が地面に舞い落ちた枯葉を巻き込み、瞬く間に葉っぱは二つに分断された。彼女の手には確かに剣が握られているはずなのに、その剣自体は気流に隠され、迂闊に近づけばすぐにでも突き刺される危険があった。

  おそらく、ここで生き延びるための唯一の道はただ一つ。

  「逃げる!」と、遠山凛は叫んだ。体育会系の彼女は、他の能力はともかく、走ることだけなら誰にも負けない自信があった。

  蕭珊雅の魔法弾が再び放たれる。だが、遠山凛は素早く動き出し、俊敏に跳躍してその攻撃をかわした。そして、一気に後方に駆け出した。

  走りながら、彼女は時折後ろを振り返り、蕭珊雅の状況を確認していた。すると、蕭珊雅の傍らにある魔法の書籍がくるりと彼女の周りを一周し、その瞬間、彼女の体が宙に浮き、遠山凛の方へと追跡を開始した。

  遠山凛はそのまま全力で走り続け、背後に連なる黒い爆弾坑が、まるで彼女の背中を追い立てるように広がっていく。その一連の轟音が、まるで黒い足跡のように彼女の後ろに刻まれていくようだった。

  突然、遠山凛の足元が滑り、地面に転倒してしまう。その隙を突いて、蕭珊雅が猛然と迫ってきた。

  「どうやら追跡ゲームは終わりみたいね。」

  蕭珊雅は再び手の中で魔法弾を凝縮させ、ついに遠山凛を終わらせるつもりのようだった。

  「まだ体力があるなら、早く走り出しなさい。」

  そのとき、空間に異変が生じた。どこかの隅が突然裂け、時空の隙間が現れると、中から歪みゆく不気味な姿がゆっくりと這い出してきた。

  それは全身が真っ白で、鋭い牙が並ぶ巨大な口を持つ女性型の怪物だった。その口は耳の付け根まで裂けており、まるで有名な都市伝説「裂け口女」さながらの姿をしていた。さらに、怪物の頭には漆黒の鋭い角が生え、背中からは奇妙な触手が伸びて、不気味に蠢いていた。

  「ついに私が引き出したか……エ蝕刻の姫よ」

  蕭珊雅の目は怒りで血走り、無数の憎悪が宿っているかのようだった。彼女は口の中で歯をギリギリと鳴らし、追われていた遠山凛から視線を外すと、エ蝕刻の姫と名乗る怪物を睨みつけた。まるで遠山凛の存在など、すでに忘れてしまったかのようだ。

  引き出した?彼女は自分を殺そうとしていたふりをしたのか、あの怪物を誘い出すためだったのか——。

  怪物は二人の虚界の少女を見つけると、長い間獲物を探し続けてきた狩人があこがれの獲物をついに目の前に捉えたかのように、大きく口を開いた。鋭く甲高い絶叫が響き渡り、遠山凛の鼓膜を激しく揺さぶった。思わず彼女は両手で耳を覆い、痛みを堪えるしかなかった。

  絶叫が収まると、怪物は二本の触手を伸ばして遠山凛と蕭珊雅めがけて飛んできた。しかし、蕭珊雅は空中に浮かんだ体を素早く動かして、難なくそれを避けた。

  一方、もう一本の触手は遠山凛に向かって迫っていた。今すぐ行動を起こさなければ、間違いなく直撃されてしまう——!

  彼女は狭い路地で迷いすぎて一度刺し殺された経験がある。もしまた迷えば、数日以内に二度目の死を味わうことになるかもしれない。だからこそ、遠山凛は素早く体を支え、横へ転がるように逃げた。エ蝕刻の姫の攻撃は非常に強力で、彼女は辛うじて正面からの一撃を避けられたものの、触手が地面に叩きつけた衝撃波で勢い余って吹き飛ばされてしまった。

  結果、遠山凛は木の幹の下に倒れ込み、背中が激しい痛みに襲われた。

  「痛い……」

  怪物は遠山凛の弱々しさを悟ったのか、徐々に彼女のほうへ近づいてくる。今やこの怪物にとって、遠山凛は抵抗能力を持たない動物の子供のような存在に映っていた。

  遠山凛は迫り来る怪物を見つめ、胸の拳を少しずつ強く握りしめた。そして後ろに下がり始め、気づけばすでに木の幹のそばまで追い詰められ、もはや後退する場所さえなくなっていた。

  エ蝕刻の姫は一本の触手を鋭い棘状に変え、今まさに遠山凛の身体を貫こうとしていた。

  その瞬間、遠山凛はエ蝕刻の姫の背後にいる蕭珊雅の姿を目にしてしまった。彼女は今、一筋の光線銃を凝縮させているところだった。その威力は、かつて蕭珊雅が遠山凛を追いかけていたとき使った弾丸よりも遥かに強大なものに思えた。

  だが、遠山凛はふと気づいた。自分はちょうどエ蝕刻の姫と同じ一直線上に立っていて、もし蕭珊雅が光線銃を発射すれば、自分自身も巻き込まれてしまうかもしれないということを——。

  確かに、自分が木にぶつかり背中がまだズキズキと痛んでいる今、再び走り出さなければ、一緒に撃ち抜かれて死ぬことになるかもしれない。

  エ蝕刻の姫は小さな遠山凛に興味を惹かれ、完全に蕭珊雅の存在を忘れていた。一方、蕭珊雅もまたエ蝕刻の姫を一心に見つめていた。彼女の瞳には憎悪が渦巻き、目の前のエ蝕刻の姫以外、何も見えなくなっていた。

  今なら光線銃を放てば、エ蝕刻の姫を確実に仕留められる。しかし、体が動かない。まるでそれが彼女自身を止めているかのようだった。不思議に思いながらも、彼女はふとエ蝕刻の姫の背後にいる遠山凛の存在に気づいた。その少女は恐怖で固まり、木の下で微動だしなかった。

  エ蝕刻の姫は自らの本能だけで狩りをする怪物であり、自我など持っていない。ただ純粋に殺戮の命令に従っているだけなのだ。そのため、今まさに小さな遠山凛に引き寄せられ、蕭珊雅の存在にはまったく気づいていなかった。だからこそ、彼女が光線銃を発射すれば、まさにその瞬間に隙を突いて完全に仕留められるはずだった。しかし同時に、その行為は弱々しい遠山凛までも巻き込んでしまう可能性があった。

  「早く逃げろ!」

  蕭珊雅は大声で遠山凛に注意を促した。その声は同時に、エ蝕刻の姫にも届いた。彼女は自分の動きに気づき、身を翻して避ける準備を始めた。

  それでも蕭珊雅はこのチャンスを逃すまいと、光線銃の角度を微妙にずらして発射した。光線銃の速さは驚くほど早く、エ蝕刻の姫へと迫っていく。遠山凛はその余波で傷つくのを防ぐため、素早く体を動かして横へ飛び退いた。光線がエ蝕刻の姫に到達する寸前、彼女はすでに安全圏を脱出していたが、念のためにさらに数メートル先へと飛び、着地した。

  エ蝕刻の姫は、まさに全身を貫かれる運命から逃れたものの、光線銃の衝撃で半身が粉々に砕かれてしまった。地面には深い溝が刻まれ、遠山凛はその場で何度か転がり、慌てて後ろを振り返った。すると、半分の身体を失ったエ蝕刻の姫が地面を這いつくばりながら、蕭珊雅のほうへと這い進んでいくのが目に入った。たとえ半身を失っても、彼女は依然として殺戮の命令を遂行しようとしていたのだ。

  その様子を見た遠山凛は、吐き気が込み上げてくるのを感じた。一方、蕭珊雅は冷徹な表情のまま、怪物の遺骸が灰になるのをじっと見つめていた。彼女の目に宿る憎悪は、まだ消え去ってはいなかった。

  蕭珊雅はそのとき、遠山凛のそばに歩み寄ると、穏やかな眼差しに変わり、申し訳なさそうに手を差し伸べた。

  「私があなたを殺そうとしたのは、あの怪物を誘い出すためだったの?」

  「……うん。」と蕭珊雅は頷き、静かに答えた。

  「じゃあ、一体あれは何者で、どこから来たの?」

  「それはエ蝕刻の姫。虚界の少女を追う怪物なの。どこからやってきたのかは分からないけど、一度虚界の少女になってしまうと、どんな天涯孤独の果てにいても、必ずあの怪物に追われる運命にあるのよ。」

  遠山凛は一人、その場に立ち尽くし、頭の中は混乱の極みにあった。死と復活、虚界の少女、印痕、互いに殺し合う存在、そしてエ蝕刻の姫による執拗な追跡——すべてが彼女の理解を超えていた。そのあまりの非現実感に、彼女はただひたすら恐れと戸惑いに包まれていた。

  遠山凛の脳は、未だこれらの情報を完全に消化しきれておらず、茫然と座り続けている。一方、蕭珊雅の掌の印痕はいつの間にか、元通り完全に回復していた。

  そのとき、校内のどこかから、奇妙な影がゆっくりと近づいてきた。制服を着た一人の少女だった。彼女の顔色は真っ青で、目は虚ろで、まるで生きているのに魂がないかのようだった。歩く姿勢はぎこちなく、不自然に足を引きずっている。まるで映画に登場するゾンビのような動きだった。

  その少女はゆっくりと、二人の少女がいる場所へ近づき、遠山凛は慌てて立ち上がり、少女のいる方向へ駆け出した。

  少女が倒れそうになった瞬間、遠山凛はすばやく彼女を支えた。しかし、彼女が少女の目元をはっきりと見つめたとき、思わず息をのんだ。その瞳には何の輝きも宿っておらず、ただひたすらに心を震えさせるような白眼だけが広がっていたのだ。

  遠山凛は困惑しながらも、ある種の直感が胸の中に芽生えているのを感じていた。死んだ者でなければ、こんなにも虚ろで無機質な目をすることなどあり得ないのだと——。

  「おい、どうしたんだ?」と、遠山凛は現実を受け入れようとせず、必死に少女の体を揺さぶって目覚めさせようとしたが、すべてが無駄だった。

  突然、少女の体がまるで砂のように崩れ落ち、足元から始まってあっという間に頭部まで広がり、瞬く間に彼女の身体は一粒の砂塵へと姿を変えてしまった。

  遠山凛の掌からサラサラと砂粒がこぼれ落ちる。先ほどまで確かに生きていたはずの少女は、今や完全に消え去ってしまっていた。

  「カチッ……!」

  暗闇の中から、まるで細い枝が折れるような音が聞こえてきた。

  遠山凛はまだ、さっきの衝撃的な光景から抜け出せず、完全に意識を取り戻しきれていない状態だった。

  一方、蕭珊雅のそばに置いてあった魔法の書は、その異変に気づいていた。すぐに音のする方へと向きを変え、蕭珊雅もまた、そちらを見つめたものの、後ろには誰もいなかった。

  そして、次第に遠ざかる足音が響き始めたのだった。

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